6 / 77
06.母の裏切り
しおりを挟む
サラは、侯爵に連れられて懐かしい実家のある町へとやってきた。
どうしても母の言い分に納得のいかないサラに、侯爵が実際に会って確かめてみるとよいと、連れてきてくれたのだ。
二頭立ての馬車のなかから、サラはかつて見慣れた街並みを眺める。
母が自分を捨てようとしていることなど何かの間違いだ、早く母に会って確認したい、と気ははやり、久しぶりの故郷を懐かしむ余裕もない。ゆっくりと進む馬車の速度を苛立たしく思いながら、サラは両手をがっちりと組み合わせて窓の外を見つめる。
馬車は広場にさしかかり、さらに速度は低下した。忌々しく思いながら、噴水に目をやったところで、サラは目を見開く。
「……え!?」
信じられない光景がサラの目に入ってきたのだ。思わず組み合わせていた両手が崩れ、力なく膝の上に落ちる。
「どうした、サラ? ……止まれ!」
サラの様子を訝しんだ侯爵が、御者に命令を放つ。もともとのんびりと進んでいた馬車は、たいした衝撃もなく、すぐに止まった。
「あ……あれは……お母様……?」
侯爵が何か言ったことも、馬車が止まったことも、サラのなかでは認識できていなかった。ただ、窓から見える光景に心を奪われる。
そこには、噴水の前でサラの見知らぬ青年と楽しそうに話す母の姿があった。しかも、青年の手はそっと母の手に添えられ、母は頬を染めているように見える。
もはやそれはサラの母ではなく、見知らぬ女のようにサラの目に映った。
「お……か……あさ……ま……」
力ない声がサラの口から漏れ、瞳からはぼろぼろと涙がこぼれてくる。
母は、サラよりもあの青年を取ったのだ。彼が、新しい夫なのだろう。二人の新生活に、サラは邪魔者というわけなのだ。
裏切られた、という思いがサラの心を支配する。
あそこにいるのは、もうサラの母ではない。男と寄り添い、媚を売る、単なる一人の女だ。
彼女はサラとは無関係の、他人になってしまった。母はこの世から消えてしまったのだ。
「サラ……帰ろう……これからは私のことを父と呼ぶがよい」
侯爵はサラの頭を優しく撫で、帰還を促す。しゃくりあげ、声にならぬ呻きを漏らしながら、サラは首を縦に振った。
しばしの間広場に止まっていた馬車が、再び動き出す。今までと逆方向に向かっていく馬車のことを気に留める者は、広場には誰もいなかった。
「よしよし……泣くがよい。泣いて、忘れてしまうのだ……」
穏やかな声をかけながら、サラを見つめる侯爵の瞳には、満足そうな光が宿っていた。
どうしても母の言い分に納得のいかないサラに、侯爵が実際に会って確かめてみるとよいと、連れてきてくれたのだ。
二頭立ての馬車のなかから、サラはかつて見慣れた街並みを眺める。
母が自分を捨てようとしていることなど何かの間違いだ、早く母に会って確認したい、と気ははやり、久しぶりの故郷を懐かしむ余裕もない。ゆっくりと進む馬車の速度を苛立たしく思いながら、サラは両手をがっちりと組み合わせて窓の外を見つめる。
馬車は広場にさしかかり、さらに速度は低下した。忌々しく思いながら、噴水に目をやったところで、サラは目を見開く。
「……え!?」
信じられない光景がサラの目に入ってきたのだ。思わず組み合わせていた両手が崩れ、力なく膝の上に落ちる。
「どうした、サラ? ……止まれ!」
サラの様子を訝しんだ侯爵が、御者に命令を放つ。もともとのんびりと進んでいた馬車は、たいした衝撃もなく、すぐに止まった。
「あ……あれは……お母様……?」
侯爵が何か言ったことも、馬車が止まったことも、サラのなかでは認識できていなかった。ただ、窓から見える光景に心を奪われる。
そこには、噴水の前でサラの見知らぬ青年と楽しそうに話す母の姿があった。しかも、青年の手はそっと母の手に添えられ、母は頬を染めているように見える。
もはやそれはサラの母ではなく、見知らぬ女のようにサラの目に映った。
「お……か……あさ……ま……」
力ない声がサラの口から漏れ、瞳からはぼろぼろと涙がこぼれてくる。
母は、サラよりもあの青年を取ったのだ。彼が、新しい夫なのだろう。二人の新生活に、サラは邪魔者というわけなのだ。
裏切られた、という思いがサラの心を支配する。
あそこにいるのは、もうサラの母ではない。男と寄り添い、媚を売る、単なる一人の女だ。
彼女はサラとは無関係の、他人になってしまった。母はこの世から消えてしまったのだ。
「サラ……帰ろう……これからは私のことを父と呼ぶがよい」
侯爵はサラの頭を優しく撫で、帰還を促す。しゃくりあげ、声にならぬ呻きを漏らしながら、サラは首を縦に振った。
しばしの間広場に止まっていた馬車が、再び動き出す。今までと逆方向に向かっていく馬車のことを気に留める者は、広場には誰もいなかった。
「よしよし……泣くがよい。泣いて、忘れてしまうのだ……」
穏やかな声をかけながら、サラを見つめる侯爵の瞳には、満足そうな光が宿っていた。
0
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~
双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。
なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。
※小説家になろうでも掲載中。
※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
離宮に隠されるお妃様
agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか?
侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。
「何故呼ばれたか・・・わかるな?」
「何故・・・理由は存じませんが」
「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」
ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。
『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』
愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる