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40.見てくれない人
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薬草をもらったとき、ルチアは徐々に改善していくと言っていた。即効性はないのだろうとわかってはいたが、やはりステファニアは様子の変わらなかったアドリアンに落胆を覚えてしまう。
中庭のあずまやでため息を漏らしながら、ステファニアはぼんやりと庭に咲く花を眺めた。
穏やかな日差しに照らされる色とりどりの花々は、心を和ませてくれる。ルチアの庭に咲く薔薇は見事だったと思い起こしていると、騒がしい声が聞こえてきた。
「ドロテア様! お身体に障ります!」
「落ち着いてくださいませ、ドロテア様!」
憤りもあらわに、ドロテアが大きく足を踏み鳴らしながらステファニアのいる中庭に迫ってくる。後ろではドロテアの侍女たちがどうにか引きとめようとしているが、ドロテアは貴婦人らしからぬ粗野な仕草で振り払いながら、中庭に足を踏み込んできた。
「どうして! どうしてあなたばかり!」
目じりを険しく吊り上げ、ドロテアが吼える。
ステファニアはドロテアの剣幕に押され、あずまやの入り口で立ち尽くす。
「お子を授かったのに、どうして陛下はわたくしを見てくださらないの!? どうして、どうしてあなたの部屋にばかり渡って、わたくしの部屋に来てくださらないの!? ねえ、どうして!」
ドロテアはステファニアを見据えながら叫ぶ。唇は怒りにぷるぷると震え、ステファニアを睨みつける目には涙が光っていた。
荒々しい息遣いは、次第にしゃくりあげるような響きを帯びていき、頬を幾筋もの涙が伝っていった。涙を隠すこともなく、ドロテアはあずまやの前でステファニアと対峙し続ける。
ドロテアの怒り、悲しみがステファニアに伝わってくる。恐れや憐れみの感情よりも先に、ステファニアの心がドロテアに共鳴した。
どうして自分を見てくれないのかは、まさにステファニアが抱えている悩みそのものである。どうして、とはステファニアも問いたい。アドリアンに思いのたけをぶつけ、叫びたかった。
身体は繋げても、心は少しも交わらない。それでも快楽に流され、はしたない声で悦ぶ自分の浅ましさが、ステファニアの心を苛む。
「ど……どうして、あなたが泣くのよ! あなたは、陛下に愛されているくせに!」
訝しそうに声を張り上げるドロテアの言葉で、ステファニアは自分が涙を流していることを知った。
頬を伝う生ぬるいものを指でぬぐい、ステファニアはドロテアを見つめる。
「……違うわ、私は陛下に愛されてなんかいないのよ……ただの、都合のよい人形なの……」
そう、自分は愛されてなどいない。
ゴドフレードは、自分の望み、復讐のためにステファニアを選んだに過ぎないのだ。
だからといって、ステファニアは自らを非のない完璧な被害者とは思えなかった。心には常に国王以外の男を抱き、想いを打ち消せないなど、寵姫失格だろう。
国王に寵愛される寵姫は騎士を心に抱き、心を喪った騎士に夜毎、抱かれる。国王を慕う寵姫は省みられず、他の男の子を宿した。
どこで、こうも歯車が狂ってしまったのだろうか。
「な……なによ、それ……」
当初の勢いは削がれ、ドロテアは弱々しく呟く。
本当は、すべて吐き出してしまいたかった。現状をすべて喚き散らし、省みられていないのは自分も同じだと、叫びたかった。
だが、そうしてしまうとドロテアを苦しめるだろう真実にも触れてしまう。腹の子が、実は愛しい相手の子ではないなど、耐えられるとは思えない。
きゅっと唇を引き結び、ステファニアは言葉を飲み込んで耐える。
「だから……どうして、あなたが泣くのよ……」
ドロテアはステファニアの態度に何かを感じ取ったのか、怒りを引っ込めて戸惑いを浮かべる。掴みかからんばかりの殺気は鳴りを潜め、困惑したようにステファニアを見つめるだけだ。
「……泣いていいのは、わたくしですのに……」
ぽつりと呟くと、ドロテアの瞳からも涙がこぼれる。
怒りと共に流した大粒の涙ではなく、頬をそっと伝っていく静かな涙だ。
あずまやの入り口で、二人は向かい合ったまま、涙を流した。
晴れていた空はすっかり曇り、二人の嘆きを悼むかのように、ぽつぽつと雫が落ちてきた。
中庭のあずまやでため息を漏らしながら、ステファニアはぼんやりと庭に咲く花を眺めた。
穏やかな日差しに照らされる色とりどりの花々は、心を和ませてくれる。ルチアの庭に咲く薔薇は見事だったと思い起こしていると、騒がしい声が聞こえてきた。
「ドロテア様! お身体に障ります!」
「落ち着いてくださいませ、ドロテア様!」
憤りもあらわに、ドロテアが大きく足を踏み鳴らしながらステファニアのいる中庭に迫ってくる。後ろではドロテアの侍女たちがどうにか引きとめようとしているが、ドロテアは貴婦人らしからぬ粗野な仕草で振り払いながら、中庭に足を踏み込んできた。
「どうして! どうしてあなたばかり!」
目じりを険しく吊り上げ、ドロテアが吼える。
ステファニアはドロテアの剣幕に押され、あずまやの入り口で立ち尽くす。
「お子を授かったのに、どうして陛下はわたくしを見てくださらないの!? どうして、どうしてあなたの部屋にばかり渡って、わたくしの部屋に来てくださらないの!? ねえ、どうして!」
ドロテアはステファニアを見据えながら叫ぶ。唇は怒りにぷるぷると震え、ステファニアを睨みつける目には涙が光っていた。
荒々しい息遣いは、次第にしゃくりあげるような響きを帯びていき、頬を幾筋もの涙が伝っていった。涙を隠すこともなく、ドロテアはあずまやの前でステファニアと対峙し続ける。
ドロテアの怒り、悲しみがステファニアに伝わってくる。恐れや憐れみの感情よりも先に、ステファニアの心がドロテアに共鳴した。
どうして自分を見てくれないのかは、まさにステファニアが抱えている悩みそのものである。どうして、とはステファニアも問いたい。アドリアンに思いのたけをぶつけ、叫びたかった。
身体は繋げても、心は少しも交わらない。それでも快楽に流され、はしたない声で悦ぶ自分の浅ましさが、ステファニアの心を苛む。
「ど……どうして、あなたが泣くのよ! あなたは、陛下に愛されているくせに!」
訝しそうに声を張り上げるドロテアの言葉で、ステファニアは自分が涙を流していることを知った。
頬を伝う生ぬるいものを指でぬぐい、ステファニアはドロテアを見つめる。
「……違うわ、私は陛下に愛されてなんかいないのよ……ただの、都合のよい人形なの……」
そう、自分は愛されてなどいない。
ゴドフレードは、自分の望み、復讐のためにステファニアを選んだに過ぎないのだ。
だからといって、ステファニアは自らを非のない完璧な被害者とは思えなかった。心には常に国王以外の男を抱き、想いを打ち消せないなど、寵姫失格だろう。
国王に寵愛される寵姫は騎士を心に抱き、心を喪った騎士に夜毎、抱かれる。国王を慕う寵姫は省みられず、他の男の子を宿した。
どこで、こうも歯車が狂ってしまったのだろうか。
「な……なによ、それ……」
当初の勢いは削がれ、ドロテアは弱々しく呟く。
本当は、すべて吐き出してしまいたかった。現状をすべて喚き散らし、省みられていないのは自分も同じだと、叫びたかった。
だが、そうしてしまうとドロテアを苦しめるだろう真実にも触れてしまう。腹の子が、実は愛しい相手の子ではないなど、耐えられるとは思えない。
きゅっと唇を引き結び、ステファニアは言葉を飲み込んで耐える。
「だから……どうして、あなたが泣くのよ……」
ドロテアはステファニアの態度に何かを感じ取ったのか、怒りを引っ込めて戸惑いを浮かべる。掴みかからんばかりの殺気は鳴りを潜め、困惑したようにステファニアを見つめるだけだ。
「……泣いていいのは、わたくしですのに……」
ぽつりと呟くと、ドロテアの瞳からも涙がこぼれる。
怒りと共に流した大粒の涙ではなく、頬をそっと伝っていく静かな涙だ。
あずまやの入り口で、二人は向かい合ったまま、涙を流した。
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