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74.母親
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「誰か! 誰かぁーっ!」
つんざくような叫びが響き渡った。
ステファニアもバルトロも、何が起こったのかわからずに呆然としてしまう。その叫びが、口が不自由なはずの庭師から出ているということに気づくまで、少しばかりの時間を要してしまった。
叫びを聞き、口が不自由な庭師が発したという驚きだけではなく、何かが無性にステファニアの心をかきむしる。
助けを求める叫びをあげ続けたまま、庭師はバルトロに向かって突進していき、身体全体でぶつかる。
予想外の出来事に怯んだのか、バルトロは庭師の体当たりを受けてよろめき、ステファニアから身を離した。庭師はそのままバルトロの脚にしがみつき、動きを止めようとする。
「逃げて! 早く逃げて!」
必死の叫びを聞きながら、床に転がったままのステファニアは、縛られた身体をよじって、どうにか起き上がろうとする。ところが、なかなかうまくいかない。乱れたドレスが絡みつき、足ももつれてしまう。
「なっ……離せ、この端女が!」
バルトロは庭師を引き剥がそうとするが、庭師は小さな身体のどこにそのような力があるのだというほど、がっしりとバルトロの脚にしがみついて離さない。
業を煮やしたバルトロが拳を振り下ろしても、庭師は石のように動かなかった。ただ、助けを呼ぶ声を張り上げ続ける。
やがてどうにかステファニアが俯きながらも上半身を起こしかけたところ、隣の部屋から慌てたような物音が響いてきた。
リナを始めとした侍女たちが、蒼白になりながら駆け込んでくる。
殴られ続けた庭師が床に放り出され、ぐったりと倒れこむのと同時だった。
「ちっ……だが、我が身の破滅を招こうとも、汚れた血を王家に入れるわけにはいかない。仕方がない……そなたには死んでもらおう」
焦った様子のバルトロが、短剣を取り出した。鈍く光る刃が、ステファニアに向けられる。
侍女たちの悲鳴があがる中、ステファニアは震えながら後ずさりするが、ようやく身を起こした程度の体勢では、逃げられるはずがない。
狂気に満ちた笑みを浮かべながら、バルトロの短剣が振り下ろされ、ステファニアはぎゅっと目を閉じた。
ところが、いつまで経ってもステファニアの身には何も起こらない。
おそるおそるステファニアが目を開けてみると、そこには腕を捻り上げられたバルトロの姿があった。ステファニアに向けられていた短剣が取り上げられる。
バルトロの後ろにいる姿を見て、ステファニアは今度こそ助かったのだと、溶けるような安堵感の中に落ちていく。
険しい顔をしたアドリアンが、バルトロを捕えていたのだ。
「ステファニア様!」
恐慌状態から立ち直ったらしいリナが、ステファニアに駆け寄って、口に詰められた布切れを取り、縄を解いていく。
ようやくステファニアは解放され、ほっと息をついた。
今度はバルトロがアドリアンによって縛り上げられ、抵抗できない状態にされる。
「……あ……あなた……大丈夫……?」
自由になったステファニアは、床に倒れたままの庭師に寄り添い、そっとフードを上げた。
そこに表れたのは、やや腫れているものの、醜い傷跡などない、中年の女性の顔だった。その顔を見た途端、ステファニアはまるで先ほどの短剣で刺されたかのような衝撃を受ける。
「そ……そんな……まさか……」
意味を成さない言葉がステファニアの口からこぼれてくる。
ステファニアの声が聞こえたのか、庭師はゆっくりと目を開けた。ステファニアと同じく蒼い、焦点の定まらない目をさまよわせる。
「鐘の音……? ああ……祈りを……サラ……私のかわいい娘に、声を……」
意識が朦朧としているようで、乾いた唇からはうわ言のような言葉がもれる。
「お……おかあ、さま……? え……お母様……し……しっかりして……!」
懐かしい顔、懐かしい声、まぎれもない母親の姿が、ステファニアの目の前にあった。
押し寄せてくる感情の波に混乱しながら、ステファニアは声を張り上げる。涙がぼろぼろとあふれてくるが、自分が泣いていることすら気づかないほど、ステファニアは動揺していた。
激情に突き動かされるまま、ぐったりと倒れこむ母親を揺さぶろうとする。
「落ち着け。下手に動かさないほうがいい」
しかし、アドリアンがステファニアを抱きすくめて、動きを止めさせる。
錯乱状態にあるステファニアに代わり、アドリアンがリナに医師を呼んでくれと指示を出す。リナはすぐに頷いて、医師を呼びにいった。
アドリアンの温もりに、少しずつ落ち着きを取り戻しながら、ステファニアはじっと母親を見つめていた。
つんざくような叫びが響き渡った。
ステファニアもバルトロも、何が起こったのかわからずに呆然としてしまう。その叫びが、口が不自由なはずの庭師から出ているということに気づくまで、少しばかりの時間を要してしまった。
叫びを聞き、口が不自由な庭師が発したという驚きだけではなく、何かが無性にステファニアの心をかきむしる。
助けを求める叫びをあげ続けたまま、庭師はバルトロに向かって突進していき、身体全体でぶつかる。
予想外の出来事に怯んだのか、バルトロは庭師の体当たりを受けてよろめき、ステファニアから身を離した。庭師はそのままバルトロの脚にしがみつき、動きを止めようとする。
「逃げて! 早く逃げて!」
必死の叫びを聞きながら、床に転がったままのステファニアは、縛られた身体をよじって、どうにか起き上がろうとする。ところが、なかなかうまくいかない。乱れたドレスが絡みつき、足ももつれてしまう。
「なっ……離せ、この端女が!」
バルトロは庭師を引き剥がそうとするが、庭師は小さな身体のどこにそのような力があるのだというほど、がっしりとバルトロの脚にしがみついて離さない。
業を煮やしたバルトロが拳を振り下ろしても、庭師は石のように動かなかった。ただ、助けを呼ぶ声を張り上げ続ける。
やがてどうにかステファニアが俯きながらも上半身を起こしかけたところ、隣の部屋から慌てたような物音が響いてきた。
リナを始めとした侍女たちが、蒼白になりながら駆け込んでくる。
殴られ続けた庭師が床に放り出され、ぐったりと倒れこむのと同時だった。
「ちっ……だが、我が身の破滅を招こうとも、汚れた血を王家に入れるわけにはいかない。仕方がない……そなたには死んでもらおう」
焦った様子のバルトロが、短剣を取り出した。鈍く光る刃が、ステファニアに向けられる。
侍女たちの悲鳴があがる中、ステファニアは震えながら後ずさりするが、ようやく身を起こした程度の体勢では、逃げられるはずがない。
狂気に満ちた笑みを浮かべながら、バルトロの短剣が振り下ろされ、ステファニアはぎゅっと目を閉じた。
ところが、いつまで経ってもステファニアの身には何も起こらない。
おそるおそるステファニアが目を開けてみると、そこには腕を捻り上げられたバルトロの姿があった。ステファニアに向けられていた短剣が取り上げられる。
バルトロの後ろにいる姿を見て、ステファニアは今度こそ助かったのだと、溶けるような安堵感の中に落ちていく。
険しい顔をしたアドリアンが、バルトロを捕えていたのだ。
「ステファニア様!」
恐慌状態から立ち直ったらしいリナが、ステファニアに駆け寄って、口に詰められた布切れを取り、縄を解いていく。
ようやくステファニアは解放され、ほっと息をついた。
今度はバルトロがアドリアンによって縛り上げられ、抵抗できない状態にされる。
「……あ……あなた……大丈夫……?」
自由になったステファニアは、床に倒れたままの庭師に寄り添い、そっとフードを上げた。
そこに表れたのは、やや腫れているものの、醜い傷跡などない、中年の女性の顔だった。その顔を見た途端、ステファニアはまるで先ほどの短剣で刺されたかのような衝撃を受ける。
「そ……そんな……まさか……」
意味を成さない言葉がステファニアの口からこぼれてくる。
ステファニアの声が聞こえたのか、庭師はゆっくりと目を開けた。ステファニアと同じく蒼い、焦点の定まらない目をさまよわせる。
「鐘の音……? ああ……祈りを……サラ……私のかわいい娘に、声を……」
意識が朦朧としているようで、乾いた唇からはうわ言のような言葉がもれる。
「お……おかあ、さま……? え……お母様……し……しっかりして……!」
懐かしい顔、懐かしい声、まぎれもない母親の姿が、ステファニアの目の前にあった。
押し寄せてくる感情の波に混乱しながら、ステファニアは声を張り上げる。涙がぼろぼろとあふれてくるが、自分が泣いていることすら気づかないほど、ステファニアは動揺していた。
激情に突き動かされるまま、ぐったりと倒れこむ母親を揺さぶろうとする。
「落ち着け。下手に動かさないほうがいい」
しかし、アドリアンがステファニアを抱きすくめて、動きを止めさせる。
錯乱状態にあるステファニアに代わり、アドリアンがリナに医師を呼んでくれと指示を出す。リナはすぐに頷いて、医師を呼びにいった。
アドリアンの温もりに、少しずつ落ち着きを取り戻しながら、ステファニアはじっと母親を見つめていた。
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