12 / 21
11話.現実逃避をする
しおりを挟む自分の扱いに若干の不安を感じつつ、現実逃避を終えた俺は、漸く周囲に目を向けることにした。
一番後ろにある席で、俺の横──左隣の窓際に座っているのは、爽やかワンコくんだ。白いタンクトップの上にカラフルなハワイアンシャツを羽織り、黒いショートパンツという、見るからに海を全力で楽しむ気満々なスタイルだ。
その前の席には左側にぶりっ子くん、右側に一条。そして助手席には鬼畜眼鏡くんが座っている。運転席で黙ってハンドルを動かしているのは、見たこともないスーツ姿の男性だ。きっと四人の保護者兼世話係なんだろう。
そんで、俺の顔面クッションとなってくれた、もぞもぞと動いてるお布団の塊は……。
「んー! んんっ!」
布団で簀巻きにされた時雨だった。ご丁寧にも口には白い布が巻かれ、完全に動けない状態で爽やかワンコくんの膝に頭を乗せられている。なんともシュールな光景だ。
どうやら俺が倒れ込んだのは、時雨の体の上だったらしい。これで一条が言っていた連絡や、ぶりっ子くんが時雨のスマホを持っていた理由が分かったな。
再び現実逃避したくなって、窓の外へと視線を向けた。住宅街を抜けて、車は広い道路を走ってる。澄んだ青空に、白い雲がポツポツと浮かんでいて、文句無しの海日和だね、タノシミー……とか心の中で明るく言ってみても、全然テンション上がらん。
観念して体を起こし、簀巻き状態の時雨をぽんぽんと軽く叩いた。
「……時雨、大丈夫か? なんでこんな漫画でしか見たことない状態になってんの?」
「ん~! んっんっんー!」
何かを必死で訴えているが、当然言葉なんて分からない。この状態を見る限り、無理やり拉致されたのは明白だけど。
俺が憐れみの目を向けると、時雨は暴れるのを止め、ガクリと力を抜いた。目が虚ろだ、可哀想に……。
「あの、さわや……じゃなくて。えーと……三ノ宮様。窮屈そうなので、時雨の拘束を解いてあげてもいいですか?」
でれっとした顔で時雨の頭を撫でている爽やかワンコくんに、俺は恐る恐る尋ねた。
「ん? あぁ……まぁ、もう逃げられそうにないっすからね。いいっすよ」
「あ、ありがとうございます……。時雨、解いてやるから、ちょっとだけ待っててな」
「んー……」
お許しが出たので、俺は手前にあった時雨の足元から紐を解き始めた。拘束を緩め、手が自由になった時雨は、爽やかワンコくんの「もうちょっとだけ、このままでいさせてもらいたいっす!」という未練たっぷりな声をスルーして起き上がる。口元の布を外し、深々と息を吐くその顔には、疲労感しかなかった。
「なんで葉まで捕まってるんだ。逃げろってメッセージ送ったのに……」
恨めしそうな顔を向けてくる時雨は、灰色のパーカー、白いTシャツ、紺色チェックのハーフパンツという部屋着姿だった。
もしかして、起きて早々着替える間もなく連れてこられた系か?
「そうは言っても『に』だけじゃ分かんないでしょ。俺だって逃げられるもんならとっくに逃げてるし、平和な夏休みを過ごしたかったよ」
「ああ、変換ミスったか……くそっ……」
頭をガリガリとかきながら、時雨は再び深い溜め息を吐いた。
「所でさ、何で俺まで拉致られたの?」
「それは──」
「時雨がお前と一緒じゃなきゃ遊びに行かないって言い張ったからだよ!」
俺の疑問に、一条が前の席から振り返りながら苛立ち混じりで答えた。
「俺様は嫌で気乗りしなかったが……そうしなけりゃ俺様たちとは遊ばないどころか、今後は口も利かないと言うんで、仕方なく貴様を連れてきてやったんだ。でなければ、誰が俺様の恋路を邪魔するヤツを誘うかっての!」
ですよね! 時雨が絡んでなけりゃ、俺なんて絶対誘わないだろうし。俺を連れ出した理由も分かってスッキリした。
ぐちぐちと一条は愚痴を垂れ流しているが、俺は無視して時雨に目を向けた。彼はげんなりしつつも、切なげな表情でこちらを見つめてくる。
はいはい、分かったよ。付き合えばいいんだろ。どうせこの状況じゃ逃げられないしね。
こくりと俺が頷くと、時雨はホッとしたようだった。お互い協力しながら頑張って、今日一日を乗り越えような!
「あ、でもさ、お前バイトは大丈夫なのか? 今日は休み?」
「いや、午後からシフトが入ってたけど……」
「ボクが時雨ちゃんの代わりにねぇ、親衛隊の子ブタちゃんたちを使って穴埋めしておいたから大丈夫だよぉ。えへへ~、気が利くでしょ? 誉めて誉めてぇ」
一条の隣に座るぶりっ子くんが、時雨に向かってピースをしながら、自慢げに笑顔を浮かべる。
なるほど、時雨は本来休みでもないのに、レガフォーが海で遊ぶために拉致されたのか。その穴埋めとして別の労働者を送り込まれた訳だが、その分稼ぐ筈だった時雨の給料は一体どうなるんだろう。
「いや……うん、それはありがたいけどさ。急に知らない人が俺の代わりでシフトに入るなんて、バイト先に迷惑かけたことには変わりないだろ?」
時雨が困ったように嗜めると、爽やかワンコくんが横からにこやかに口を挟んできた。
「時雨さん、ホント優しいっすよね。でも心配いらないっすよ! あそこ、オレん家のホテル系列なんで、責任者呼んだら『全然問題ない』って感じでOKもらえたんで!」
さらっと告げる爽やかワンコくんに、俺と時雨は顔を見合わせた。
まぁ、お偉いさんの坊っちゃんがそう言うなら、問題あっても大丈夫と答えるしかないだろうなぁ。ホテルのスタッフ一同も可哀想に……。
「そういう訳だから、貴様は時雨の優しさに感謝しとけよ! 平凡で貧乏人な貴様が、普通なら一生縁のねぇプライベートビーチを満喫できるんだからな!」
「正しくは『私のプライベートビーチを』です。勿論、タダで使わせるつもりはありませんからね。後でみっちり働いてもらいますよ」
「ハハッ! 働け働け!」
助手席に座る鬼畜眼鏡くんが淡々と補足し、一条は満足げに高笑いを上げる。俺に向けられた鬼畜眼鏡くんの薄い笑みが、どうにも嫌な予感がする。
まさか、夏休み中まで俺は鬼畜眼鏡くんにこき使われるのか? やだーっ!
時雨に助けを求めようと隣を見るが、あっちの状況もなかなかに悲惨だった。
ぶりっ子くんには無理矢理ポッキーをくわえさせられ、爽やかワンコくんには腕をがっしり組まれた挙げ句、肩にもたれ掛かった頭を撫でさせられている。完全に諦めの境地に入っているのか、時雨の表情は……虚無だ。可哀想!
「おい、貴様らずるいだろ! 特に三ノ宮だ! 今すぐそこを替われ。その席を俺様に譲れって!!」
その様子に気付いた一条が、噛みつくような勢いで声を上げる。
「へへっ、ダメっすよ、一条さん。さっきの ジャンケン勝負ではオレが勝ったんで、今はオレのターンっす!」
「そうだよ、一条ぉ。次のサービスエリアまでのガマンガマン。でもぉ、次はきっとボクが勝つと思うけどね~」
「次もジャンケンっすね。オレ、負ける気ないっすから!」
「なんだと? 次こそは俺様が勝って、時雨と優雅な時間を過ごしてやる!」
車内はジャンケンの勝敗を巡る争いで一気に騒がしくなった。一条、爽やかワンコくん、ぶりっ子くんの三人がヒートアップする中、俺はちょっとドン引きしていた。
なんなんだよ、この状況は……。
「まったく……騒がしいですね。少しは落ち着きなさい。長谷川、次のサービスエリアまではあとどれ位かかりますか?」
鬼畜眼鏡くんが冷ややかな声で三人を一喝し、運転席へと視線を送る。運転手の顔はよく見えないが、低く落ち着いた声で答えが返ってきた。
「あと一時間ほどで到着致します」
「……だそうです。それまでは大人しく座っていなさい」
そう鬼畜眼鏡くんが一同に告げると、三人はそれぞれ異なる反応を見せる。
「くっ……あと一時間か。長いったらありゃしねぇ」
「ちぇっ、一時間って意外と短いっすね。でもその間に時雨さんをしっかり堪能しとくっすよ! ハァハァ……なんかめっちゃいい匂いする……」
「なら、もうちょっとの我慢か~。ねぇねぇ、時雨ちゃん。次は何食べたい? 飴とチョコもあるから、好きなの食べさせてあげるからねぇ」
「……いらない」
一条が悔しそうに呟き、爽やかワンコくんは頬を赤らめながら時雨の服を嗅ぎ、ぶりっ子くんは笑顔でお菓子袋を揺らしてアピールしている。
うわぁ……とドン引きしながら横目で時雨を見ると『助けて』と視線で訴えてきた気がしたが、俺にはどうすることも出来ない。
それに目的地に着いたら、俺は鬼畜眼鏡くんに強制労働をさせられる運命。今は出来るだけ体力を温存しておきたいんだよ。一応、車内だから貞操の危機はない筈だし、ヤバそうになったら割り込むからさ。許せ、時雨。
俺がそう心の中で言い訳をして顔を窓際に向けると、左手をぎゅっと握られる感触を感じたが、振り返らなかった。
ワー、オソト……トッテモキレイダナー。
118
あなたにおすすめの小説
【完結】ハーレムラブコメの主人公が最後に選んだのは友人キャラのオレだった。
或波夏
BL
ハーレムラブコメが大好きな男子高校生、有真 瑛。
自分は、主人公の背中を押す友人キャラになって、特等席で恋模様を見たい!
そんな瑛には、様々なラブコメテンプレ展開に巻き込まれている酒神 昴という友人がいる。
瑛は昴に《友人》として、自分を取り巻く恋愛事情について相談を持ちかけられる。
圧倒的主人公感を持つ昴からの提案に、『友人キャラになれるチャンス』を見出した瑛は、二つ返事で承諾するが、昴には別の思惑があって……
̶ラ̶ブ̶コ̶メ̶の̶主̶人̶公̶×̶友̶人̶キ̶ャ̶ラ̶
【一途な不器用オタク×ラブコメ大好き陽キャ】が織り成す勘違いすれ違いラブ
番外編、牛歩更新です🙇♀️
※物語の特性上、女性キャラクターが数人出てきますが、主CPに挟まることはありません。
少しですが百合要素があります。
☆第1回 青春BLカップ30位、応援ありがとうございました!
第13回BL大賞にエントリーさせていただいています!もし良ければ投票していただけると大変嬉しいです!
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜
キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」
(いえ、ただの生存戦略です!!)
【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】
生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。
ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。
のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。
「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。
「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。
「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」
なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!?
勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。
捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!?
「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」
ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます!
元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!
先輩たちの心の声に翻弄されています!
七瀬
BL
人と関わるのが少し苦手な高校1年生・綾瀬遙真(あやせとうま)。
ある日、食堂へ向かう人混みの中で先輩にぶつかった瞬間──彼は「触れた相手の心の声」が聞こえるようになった。
最初に声を拾ってしまったのは、対照的な二人の先輩。
乱暴そうな俺様ヤンキー・不破春樹(ふわはるき)と、爽やかで優しい王子様・橘司(たちばなつかさ)。
見せる顔と心の声の落差に戸惑う遙真。けれど、彼らはなぜか遙真に強い関心を示しはじめる。
****
三作目の投稿になります。三角関係の学園BLですが、なるべくみんなを幸せにして終わりますのでご安心ください。
ご感想・ご指摘など気軽にコメントいただけると嬉しいです‼️
アイドルくん、俺の前では生活能力ゼロの甘えん坊でした。~俺の住み込みバイト先は後輩の高校生アイドルくんでした。
天音ねる(旧:えんとっぷ)
BL
家計を助けるため、住み込み家政婦バイトを始めた高校生・桜井智也。豪邸の家主は、寝癖頭によれよれTシャツの青年…と思いきや、その正体は学校の後輩でキラキラ王子様アイドル・橘圭吾だった!?
学校では完璧、家では生活能力ゼロ。そんな圭吾のギャップに振り回されながらも、世話を焼く日々にやりがいを感じる智也。
ステージの上では完璧な王子様なのに、家ではカップ麺すら作れない究極のポンコツ男子。
智也の作る温かい手料理に胃袋を掴まれた圭吾は、次第に心を許し、子犬のように懐いてくる。
「先輩、お腹すいた」「どこにも行かないで」
無防備な素顔と時折見せる寂しげな表情に、智也の心は絆されていく。
住む世界が違うはずの二人。秘密の契約から始まる、甘くて美味しい青春ラブストーリー!
【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます
猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」
「いや、するわけないだろ!」
相川優也(25)
主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。自称博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。
「絶対に僕の方が美形なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ!」
「スバル、お前なにいってんの……?」
冗談?本気?二人の結末は?
美形病みホス×平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。
※現在、続編連載再開に向けて、超大幅加筆修正中です。読んでくださっていた皆様にはご迷惑をおかけします。追加シーンがたくさんあるので、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
ある日、人気俳優の弟になりました。
雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。
聞いてた話と何か違う!
きのこのこのこ
BL
春、新しい出会いに胸が高鳴る中、千紘はすべてを思い出した。俺様生徒会長、腹黒副会長、チャラ男会計にワンコな書記、庶務は双子の愉快な生徒会メンバーと送るドキドキな日常――前世で大人気だったBLゲームを。そしてそのゲームの舞台こそ、千紘が今日入学した名門鷹耀学院であった。
生徒会メンバーは変態ばかり!?ゲームには登場しない人気グループ!?
聞いてた話と何か違うんですけど!
※主人公総受けで過激な描写もありますが、固定カプで着地します。
他のサイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる