過労死したので来世は平穏に暮らしたい。なのに、うっかり英雄になってしまい、東では国を救った元悪役令嬢が俺の噂をしていた。

Gaku

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3部

第四十話:夕暮れの誓い(仮)

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大陸諸国会議の会場であった、中立都市リベルシュタットの大ホールは、今、人類の歴史上、最も、シュールで、静かで、そして、途方もなく、間抜けな空間と化していた。
ホールの奥では、かつて、壮麗な大理石の柱があったはずの場所が、ただ、きらきらと、光る、砂の山になっている。
玉座の上では、大陸の覇者であるはずの、グランツ帝国皇帝ジークハルトが、白目を剥いて、幸せそうに(?)気絶している。
その周りでは、各国の王侯貴族たちが、開いた口が、塞がらない、という、故事成語を、忠実に、再現したまま、化石のように、固まっていた。
誰も、動かない。誰も、喋らない。
ただ、千の蝋燭が燃える、シャンデリアの、ぱち、ぱち、という、小さな音だけが、この、悪夢のような、現実を、肯定していた。

その、静寂を、最初に、破ったのは、ユウキだった。
「……で、終わりで、いいんだよね? 俺、もう、帰って、いい?」
彼は、この、歴史的な、大事件を、引き起こした、張本人である、という、自覚が、完全に、欠落した、のんきな声で、隣にいた、ソフィアに、尋ねた。
ソフィアは、その、問いに、答えることが、できなかった。
彼女は、目の前の、現実離れした、光景と、その、原因である、この、男の、顔を、交互に、見つめ、ただ、こめかみを、ひくひく、と、痙攣させることしか、できなかった。
(……終わった。何もかも、終わったわ。大陸の、パワーバランスも、国際的な、秩序も、そして、わたくしの、常識も、何もかも……)
彼女の、完璧な、はずだった、外交戦略は、この、男の、たった一発の、デコピンによって、木っ端微塵に、粉砕されたのだ。
「よし、じゃあ、そういうことで! 解散!」
ユウキは、勝手に、そう、宣言すると、さっさと、この、面倒くさい、場所から、立ち去ろうと、踵を、返した。
「あ、兄貴! すげえ! 今の、すげかったぜ! あの、いけ好かねえ、柱、一発じゃねえか!」
ボルガが、目を、きらきらと、輝かせながら、駆け寄ってくる。
「あなたねえ……。少しは、手加減というものを……。あれでは、ただの、脅迫じゃないの……」
シルフィが、呆れ果てた、顔で、ため息を、つく。
「素晴らしい! 実に、効率的な、交渉術ですわ! 言語による、コミュニケーションの、限界を、物理的に、提示する! ああ、この、予測不能な、行動パターン! サンプルとして、最高ですわ!」
リリアが、興奮で、鼻血を、出しながら、何事かを、書きつけている。
その、カオスな、一行が、ホールから、退出しようとした、その時だった。
「お、お待ちください!」
か細い、しかし、芯の、通った、声が、彼らを、引き止めた。
振り返ると、そこにいたのは、聖アークライト王国の、聖女セレスティーナだった。彼女は、気絶している、ジークハルト皇帝の、代わりに、この、場の、収拾を、図ろうと、必死に、震える、足を、踏ん張っていた。
「ユウキ様! そして、ソフィア様! こ、今回の、会議の結果、両国の、主張は、全面的に、認められました! つきましては、その、正式な、調印式を、後日、改めて……」
「やだ」
ユウキは、食い気味に、即答した。
「調印式? ハンコ押したり、握手したりする、あれ? やだ、面倒くさい。もう、決まったんでしょ? じゃあ、いいじゃん、それで」
「そ、そういう、わけには……! これは、歴史的な、決定で……!」
「じゃあ、ソフィアちゃんが、やっといて。俺の分の、ハンコも、押しといていいから。じゃ、お疲れー」
そう言うと、ユウキは、今度こそ、本当に、この、面倒の、塊のような、場所から、逃げ出すために、猛ダッシュで、走り出した。
「あ、こら、待ちなさい、あなた!」
ソフィアが、慌てて、その後を、追いかける。
「兄貴ー! 待ってくれよー!」
「陛下ー! お待ちをー!」
「サンプルー! 待ってくださーい!」
ボルガ、ガンツ、リリアも、その後を、追い、ホールは、一転して、壮大な、鬼ごっこの、様相を、呈し始めた。
残された、各国の、王侯貴族たちは、その、あまりの、展開に、もはや、思考を、放棄し、ただ、呆然と、その、光景を、見送るだけだった。

中立都市リベルシュタットの、迷路のように、入り組んだ、路地裏。
ユウキは、前世で、営業の外回りを、サボるために、培った、完璧な、サボタージュスキルを、駆使し、追跡してくる、仲間たち(という名の、面倒事)を、見事に、振り切っていた。
「……はあ、はあ。ったく、どいつも、こいつも、しつこいんだよな……」
彼は、薄暗い、路地裏で、息を、整えながら、悪態を、ついた。
「――全くですわね。本当に、手間のかかる、方たち」
不意に、背後から、声がして、ユウキは、ぎょっとして、飛び上がった。
振り返ると、そこにいたのは、ソフィアだった。彼女もまた、カエルスや、アレクシスを、巧みに、撒いてきたらしかった。
「うわっ! なんだ、君か。びっくりさせんなよな」
「それは、こちらの、セリフですわ。あなたという方は、どうして、そう、次から、次へと、問題ばかり、起こすのです?」
ソフィアは、呆れたように、ため息を、ついた。
二人の間に、気まずい、沈黙が、流れる。
会議での、大事件。その、張本人たちが、今、二人きりで、薄汚い、路地裏に、いる。あまりにも、シュールな、光景だった。
「……とりあえず、ここから、出ない?」
ユウキが、提案した。
「……ええ。賛成ですわ」
ソフィアが、頷いた。
二人は、どちらからともなく、歩き出した。目的も、当ても、ない。ただ、あの、息の詰まるような、会議場と、やかましい、仲間たちから、少しでも、遠くへ、離れたかった。

やがて、二人が、たどり着いたのは、街の、外れにある、小高い、丘の上だった。
そこは、まるで、世界の、喧騒から、切り離されたかのような、静かな、場所だった。
季節は、晩秋。
空は、燃えるような、茜色に、染まっていた。太陽は、もう、西の、山の、稜線に、その、姿を、隠そうとしており、その、最後の、名残の光が、世界を、優しく、そして、どこか、切なく、照らし出している。
眼下には、リベルシュタットの、街並みが、広がり、家々の窓に、ぽつり、ぽつりと、温かい、灯りが、灯り始めていた。それは、まるで、地上に、散りばめられた、宝石のようだった。
ひんやりとした、秋の、風が、丘を、吹き抜けていく。その風は、乾いた、草の匂いと、遠い、森の、木の葉の匂いを、運んできた。
二人は、しばらく、何も、言わずに、ただ、その、美しい、光景を、眺めていた。
先に、口を、開いたのは、ソフィアだった。
「……あなた、一体、何者なのですか?」
その問いは、ずっと、彼女の、胸の内に、あった、根源的な、疑問だった。
山を、消し、柱を、砂に変える、神のような、力。
それなのに、その、力に、全く、驕ることなく、ただ、ひたすらに、平穏を、求め、面倒事を、嫌う、その、無欲さ。
為政者として、数多の、権力者たちの、欲望の、渦を、見てきた、彼女にとって、ユウキという、存在は、理解の、範疇を、完全に、超えていた。
ユウキは、彼女の、真剣な、問いに、夜景から、目を、離さずに、答えた。
「……ただの、スローライフを、愛する、隠居だよ」
それは、いつもの、ふざけた、答えだった。
だが、その、声には、いつものような、やる気のなさは、なく、どこか、遠い、目を、した、静かな、響きが、あった。
「隠居、ですって? あなたのような、方が?」
「そうだよ。前は、馬車馬のように、働いてたからね。もう、こりごりなんだ。会議も、書類も、責任も。俺は、ただ、美味い飯、食って、ふかふかの、ベッドで、昼寝して、それで、満足なんだよ」
その、言葉に、嘘は、なかった。
ソフィアは、彼の、横顔を、見つめた。
夕日に、照らされた、その、横顔は、王の、威厳も、英雄の、輝きも、なかった。ただ、全てに、疲れ果て、それでも、ささやかな、安らぎを、求める、一人の、男の、顔が、そこには、あった。
彼女は、気づいていた。
この男は、自分とは、全く、違う、生き物だ。
自分は、責任を、背負い、システムを、構築し、未来を、作ることで、平穏を、得ようとする。
この男は、責任を、放棄し、システムを、破壊し、今、この、瞬間の、安らぎだけを、求める。
正反対。
それなのに。
なぜか、彼の、言葉は、不思議と、彼女の、心の、一番、深い、場所に、すとん、と、落ちてきた。
王女として、常に、完璧で、あらねばならない。民の、期待に、応えねば、ならない。その、重圧に、押しつぶされそうになっていた、自分自身の、魂が、彼の、その、究極の、怠惰さを、どこかで、羨んでいることに、彼女は、気づいてしまったのだ。
ユウキもまた、隣に立つ、少女を、見ていた。
いつも、気丈で、理路整然として、完璧な、鎧を、着込んでいる、彼女。
だが、今、夕日を、浴びて、たたずむ、その、小さな、背中は、ひどく、か弱く、そして、どこか、寂しげに、見えた。
彼は、彼女が、背負っている、ものの、重さを、正確に、理解することは、できない。
だが、前世で、理不尽な、ノルマと、責任に、押しつぶされた、社畜だった、彼には、その、痛みの、種類だけは、わかった。
(……大変だな、この子も)
それは、同情でも、憐憫でも、なかった。
ただ、同じ、世界で、全く、違う、やり方で、必死に、戦っている、一人の、人間への、静かな、共感だった。
「……あなたの、国」
ソフィアが、ぽつり、と、呟いた。
「一度、正式に、訪れてみたいですわ。あなたの、言う、その、スローライフとやらが、どんなものなのか、この目で、見てみたい」
その、言葉に、ユウキは、少しだけ、驚いて、彼女を、見た。
そして、いつものように、面倒くさそうに、頭を、掻きながら、しかし、その、口元には、かすかな、笑みを、浮かべて、言った。
「……まあ、気が、向いたら、な。歓迎くらいは、してやるよ」
それは、恋とも、友情とも、つかない、不思議な、感情の、始まりだった。
互いに、転生者である、という、最大の、秘密は、知らないまま。
ただ、魂の、深い、場所で、互いが、この、広大な、世界で、唯一、自分と、同じ、孤独の、匂いを、持つ、存在であることに、気づき始めていた。
燃えるような、夕日が、完全に、沈み、世界は、星々の、瞬く、夜の、静寂に、包まれた。
二人の、間に、言葉は、もう、なかった。
ただ、心地よい、秋の、風だけが、まるで、二人の、未来を、祝福するかのように、静かに、丘を、吹き抜けていった。
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