過労死したので来世は平穏に暮らしたい。なのに、うっかり英雄になってしまい、東では国を救った元悪役令嬢が俺の噂をしていた。

Gaku

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第四部:偽りの英雄と本物の絆

第四十九話:筋肉と知性の合同対策会議

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事態を重く見たソフィアは、即座に行動を起こした。ユグドラシルとの連携は不可欠。そう判断した彼女は、王国最強の剣と、最高の頭脳を、使節として西の果てへと派遣した。
カエルスとアレクシスを乗せた馬車が、ユグドラシルの城門をくぐった時、季節は盛夏。じりじりと肌を焼く太陽の下、むわりとした熱気が、様々な種族が発する未知の匂いと混じり合い、二人を包み込んだ。

「……なんだ、この街は」

カエルスが、眉間に深い渓谷のようなシワを寄せて呟いた。
彼の目に映る光景は、秩序と規律を重んじる騎士の常識を、根底から覆すものだった。ドワーフ族が叩き上げたであろう、質実剛健だが無骨極まりない石造りの城壁に、まるで後から思い出したかのように、エルフ族が彫り込んだであろう優美で繊細な植物の文様が絡みついている。そのアンバランスな城壁の下では、屈強な獣人たちが威勢のいい声で串焼き肉を売りさばき、その隣では、手のひらサイズのピクシーたちが、きらきらと光る粉を振りまきながら、小さな果実を売っていた。建築様式、文化、生活様式、その全てが統一感なくごちゃ混ぜになり、しかし、不思議な活気とエネルギーに満ちている。

「素晴らしい! なんて素晴らしいんだ!」

カエルスの隣で、アレクシスが恍惚の表情を浮かべていた。彼の目は、未知の古代遺跡を発見した探検家のように、ギラギラと輝いている。

「見ろ、カエルス君! 異なる文化、異なる価値観を持つエージェントが、明確なトップダウンの設計なしに、相互作用を繰り返すことで、予測不能な秩序を自己組織化している! この街は、それ自体が巨大な『生きた実験場』だ! ああ、滞在許可を取って、定点観測を……住民の行動パターンの記録を……」

「黙れ、もやし。仕事をしに来たんだ、俺たちは」

フィールドワークを開始しようと馬車から飛び降りかけたアレクシスの首根っこを、カエルスが無言で掴んで引き戻す。二人のあまりに対照的な反応は、この国の本質を、ある意味で正確に捉えていた。

城内に案内され、通された会議室は、その街のカオスをそのまま凝縮したような空間だった。壁には、竜族が持ち込んだであろう金銀財宝が惜しげもなく飾られているかと思えば、その隣には、ドワーフが作った無骨な戦斧が立てかけてある。そして、部屋の隅の壁一面には、リリアが書き殴ったのであろう、常人には解読不可能な数式が、黒板よろしくびっしりと埋め尽くされていた。

その異様な空間で、ユグドラシルの気弱な宰相アーサーが、胃を押さえながら二人を出迎えた。その顔色は、使い古した羊皮紙のように土気色だった。

「よ、ようこそお越しくださいました、ロゼンベルグ王国使節団の皆様……。ええと、その、誠に申し訳ないのですが、我が国の王は、その……」
アーサーは必死で言葉を探し、そして、絞り出した。
「……非常に、重要な、『瞑想の時間』に入られておりまして……」

その、誰がどう聞いてもバレバレの嘘に、カエルスのこめかみの血管が、ぶちり、と音を立てて浮き出た。

「瞑想、だと……? この大陸全体を揺るがす一大事に、王が瞑想だと! ふざけているのか!」
カエルスの怒声が、部屋全体を震わせる。その怒りの矛先は、ユウキ本人ではなく、その護衛であるべき騎士団長ガンツに向けられた。
「貴国の王のそのやる気のなさは、護衛である貴様の責任でもあるぞ! 主君を諌めるのも、騎士の務めであろうが!」
その言葉に、それまで黙って控えていたガンツが、カッと目を見開いた。
「黙れ! 我が王の、あの深遠なるお考えが、貴様のような筋肉ダルマに理解できるものか! あれは瞑想などではない! おそらく、この世界の因果律そのものにアクセスし、問題の根源を断ち切るための、精神的な深淵へのダイブなのだ!」
「何を意味の分からんことを!」
「貴様こそ、我が王への忠誠心が足りん!」

売り言葉に買い言葉。ヒートアップした二人の騎士は、ついにテーブルを挟んで睨み合った。そして、ガンツが叫んだ。
「ならば言葉は不要! どちらの主君への忠誠心が、より熱く、より強固か! この筋肉で! 語り合おうではないか!」

次の瞬間、二人はおもむろに床に突っ伏し、腕立て伏せ競争を開始していた。

「うおおおおっ! 我が王女の、民を想う気高き魂のために! 一っ! 二っ!」
「ぬううううっ! 我が王の、安らかなる安眠を守るために! 一っ! 二っ!」

意味不明な掛け声と共に、二人の筋肉の塊が、凄まじい速度で上下運動を繰り返す。そのあまりの気迫に、ドワーフ製の頑丈な床板が、ミシミシと悲鳴を上げていた。流れ落ちる汗が、あっという間に床に水たまりを作っていく。
アーサーは、もう何度目か分からない胃痛に顔を歪め、その場で崩れ落ちそうになった。

その狂気の沙汰を、アレクシスは冷ややかな目で見下ろしていた。
「やれやれ、だから脳まで筋肉でできている奴は……。さて、リリア殿。我々は、理性的にこの問題の解決策を探るとしましょう」
アレクシスが、ユグドラシルのマッドサイエンティスト、リリアに向き直って切り出すと、リリアは鼻で笑った。
「あら、いいわよ。でも、あなた方が持ってきたそのプロパガンダの拡散モデル、拝見したけど、あまりに古典的で退屈だわ。全てが予定調和で進むなんて、決定論的すぎるのよ」
「なにぃ!」
アレクシスの眼鏡が、カッと光る。
「君こそ、この現象における、民衆の集合的無意識が引き起こすカオス理論的側面を、完全に無視しているではないか! 予測不能なバタフライ効果こそが、この問題の本質だ!」
「あら面白い。そのあなたの言うカオス理論、数学的な証明は可能なのかしら? 私の十一次元情報伝達モデルによれば、あなたの理論は、三次元空間の常識に囚われた、ただのポエムに過ぎないわ」
「上等だ! ならば、今ここで、君のそのトンデモ理論を、論理の力で粉砕してくれる!」

議論は、瞬く間に、誰も理解できない超次元の学術バトルへと発展していた。二人の間を、常人には見えない数式と概念の弾丸が、火花を散らしながら飛び交っている。
会議室は、完全に二つの戦場に分断された。
片や、汗と雄叫びが支配する、極めて物理的な戦場。
片や、数式と専門用語が支配する、極めて知性的な戦場。
そして、そのどちらもが、本来の会議の目的から、光年単位でかけ離れていることだけは、確かだった。

この混沌が頂点に達した、その時だった。
会議室の扉が、ゆっくりと、しかし荘厳な音を立てて開かれた。そこに立っていたのは、竜族の料理長イグニス。その手には、湯気を立てる巨大な寸胴鍋が、軽々と抱えられていた。

「まあ、待て。腹が減っては、戦も議論もできんだろう?」

彼の登場は、まるで地獄に現れた救世主のようだった。しかし、彼がもたらしたものは、救いなどではなく、さらなる混沌への招待状だった。

「新作の、『友情深まる灼otic地獄味噌ラーメン』だ。遠慮なく、食ってくれ」

どん、とテーブルの中央に置かれた鍋から立ち上るのは、食欲をそそる味噌の香りと、なぜか、嗅いだだけで鼻の粘膜が焼けるような、暴力的な唐辛子の香りだった。
そのあまりの香りに、まず筋肉組が動きを止めた。
「む……なんだ、この香りは……」
「我が王も、これほどの刺激物は……」
そして、知性組も、熱を帯びた議論を中断した。
「……むむ、このスパイスの配合、私の知らない化学反応が……」
「興味深いわね。カプサイシンが、脳の思考中枢に与える影響は……」

結局、四人は、それぞれの動機で、その悪魔的なラーメンに手を伸ばしてしまった。
そして、一口すすった瞬間。

「「「「ぐはぁあああああああああっ!!!」」」」

四人の絶叫が、完璧なハーモニーとなって会議室に響き渡った。
それは、もはや「辛い」という言葉で表現できる代物ではなかった。味覚ではない。痛みだ。舌の上で、活火山が噴火したかのような、純粋な暴力。脳が痺れ、理性が溶け、思考が停止する。
「み、水……!」
カエルスが呻くと、天井近くを飛んでいたピクシーが、小さな樽を抱えて、ニヤリと笑った。
「へっへっへ。水なんざ、生温いもんはねえぜ。こいつを飲みな。妖精郷の秘酒、『理性の忘れ水』だ!」

ピクシーが樽の栓を抜くと、芳醇で、しかしアルコール度数が天元突破していそうな香りが、部屋中に広がった。
もはや、まともな判断能力を失った四人は、その樽に、まるで砂漠でオアシスを見つけた旅人のように、殺到した。

数十分後。
会議室の床には、四人の猛者たちが、屍のように転がっていた。
カエルスとガンツは、肩を組み、「やはり、筋肉こそが、世界を救うのだ……」と、意味不明な寝言を繰り返している。
アレクシスとリリアは、互いの服に数式を書き殴りながら、「……つまり、宇宙とは、巨大な、味噌ラーメン……そのもの、なの、かも、しれん……」と、哲学的な結論に達していた。
アーサーは、その光景を遠い目で見つめながら、静かに、白目を剥いて気絶した。

カオスが極まり、そして静寂が訪れたその時、鍛冶場から戻ってきたドワーフのリーダー、ボルガが、部屋の惨状を見て、ガシガシと頭を掻いた。そして、酔っ払ったカエルスの胸ぐらを掴んで揺さぶりながら、叫んだ。

「ごちゃごちゃ言ってねえで! 俺たちの王と、あんたんとこの王女様を馬鹿にする奴らは! まとめて、ぶっ飛ばせば、いいんだろぉが!」

その、全ての議論と理屈を、根源的な暴力で解決しようという、あまりにも単純明快で、あまりにもドワーフらしい結論。
その言葉に、意識の淵をさまよっていたカエルスとガンツとアレクシスとリリアが、まるで天啓を受けたかのように、同時に、うっすらと目を開けた。
そして、四つの声が、一つの、弱々しいが、しかし確かな意志を持った呟きとなって、重なり合った。

「「「「……おおーっ……」」」」

こうして、ロゼンベルグとユグドラシルの、国境を越えた最初の合同会議は、歴史上、最もカオスで、最も生産性がなく、そして、最も強固な(?)謎の結束を生み出して、その幕を閉じたのであった。
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