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第四部:偽りの英雄と本物の絆
第五十四話:『奇跡』の解体ショー
しおりを挟むロゼンベルグ王城の大ホールは、かつてないほどの熱気と緊張感に包まれていた。
高い天井から吊るされた巨大なシャンデリアが放つ光は、磨き上げられた大理石の床に反射し、ホール全体を昼間のように明るく照らしている。壁際に並ぶステンドグラスは、差し込む光を七色に変え、荘厳な雰囲気を醸し出していた。
しかし、その荘厳さとは裏腹に、集まった人々の間には、これから何が始まるのかという期待と、得体の知れない不安が渦巻いていた。大陸中の王侯貴族、有力商人、そして、この歴史的な瞬間を大陸全土に伝えるべく集まった「報道ギルド」の者たち。彼らが持つ「魔法水晶」が放つ淡い光が、あちこちで明滅し、記録用の羽根ペンが羊皮紙の上を走るカリカリという音が、ざわめきの中に混じっている。
全ての視線は、ホール正面に設えられた壇上に注がれていた。
やがて、壇上の袖から二人の人物が姿を現すと、会場のざわめきは一層大きくなった。
一人は、ロゼンベルグの頭脳と謳われる天才学者、アレクシス。もう一人は、ユグドラシルからの客人である、謎多き魔導士、リリア。
彼らの姿は、お世辞にも晴れやかなものとは言えなかった。二人とも、目の下には徹夜の痕跡である深いクマが刻まれ、髪は乱れ、その顔色は明らかに不健康だった。
しかし、そのやつれた表情とは対照的に、二人の瞳だけは、常軌を逸した光を宿していた。それは、長年追い求めた真理をついにその手に掴んだ研究者の、恍惚と狂気が入り混じった輝きだった。
「おい、あの二人、大丈夫なのか…?」
「数日間、研究室に籠りきりだったと聞くが…」
聴衆の間から、そんな囁きが聞こえてくる。
彼らの背後には、この日のために用意された巨大な白いスクリーンが設置されており、これから始まるであろう前代未聞の発表会への期待と不安を、さらに煽っていた。
やがて、アレクシスが、ふらり、と一歩前に出た。彼はマイク代わりに設置された拡声の魔道具に向かって、まるで世紀の大発見を発表する科学者のように、高らかに、そしてどこか芝居がかった口調で宣言した。
「皆様!ご静粛に!そして、心して、お聞きいただきたい!神話の時代は、本日、この瞬間をもって、終わりを告げます!」
その大仰な第一声に、ホールは水を打ったように静まり返った。
アレクシスは、恍惚とした笑みを浮かべながら、プレゼンテーションを開始した。
「まず、皆様の記憶にも新しい、ユグドラシルの王、ユウキ殿による『聖剣粉砕事件』。あの一件の後、我々はソフィア様の特命を受け、聖教会が『奇跡』と呼ぶ現象の、科学的かつ論理的な分析に着手いたしました」
彼は、事の始まりを簡潔に説明する。
「その第一歩として、我々はどうしても、聖教会の奇跡の源泉と謳われる『聖なる泉』の水のサンプルを必要としました。しかし、かの地はご存知の通り、鉄壁の要塞。そこで、かのユウキ殿に、特別に『おつかい』を依頼した次第であります」
会場が、「あのデコピンの王が水汲みを…?」「なんと畏れ多い…」とざわつく。アレクシスは、そのざわめきを心地よさそうに聞きながら、スクリーンを指し示した。
「そして!これが、ユウキ殿が命懸けで(本人は散歩のついでと言っていたが)採取してくださった、貴重な『聖水』の成分分析結果であります!」
スクリーンに、魔法の光によって二つの複雑な波形グラフが映し出された。片方には『聖なる泉の水』、もう片方には『比較対象:ロゼンベルグ城内の井戸水』と記されている。
聴衆は固唾を飲んで、その二つのグラフを見比べた。そして、次の瞬間、ホール全体が、信じられないといったどよめきに包まれた。
二つの波形は、素人目に見ても、完全に、寸分違わず、一致していたのだ。
「そ、そんな…ただの水だと…!?」
「待て、俺が病気の母親のために、なけなしの金貨をはたいて買ったあの聖水は、ただの井戸水だったというのか…!?」
「詐欺だ!」
怒号と失望の声が、あちこちから上がり始める。アレクシスは、その反応に満足げに頷くと、隣のリリアに目配せをした。
バトンタッチを受けたリリアは、嬉々として一歩前に進み出た。
「皆様、ご安心ください。夢も希望もない現実は、まだ始まったばかりですわ」
彼女の可憐な見た目とは裏腹の、無慈悲な一言に、会場が再び静まる。
「次に、多くの信者が目撃したという『天使の降臨』現象について、ご説明いたしますわ。スクリーンをご覧くださいまし」
スクリーンに、リリアの研究室で撮影された再現映像が映し出された。
そこには、精巧に作られた大聖堂のミニチュア模型が置かれている。
「まず、古代の文献に残されていた、ある特殊な苔を燃やします。この煙には、ごく微量の、しかし極めて強力な幻覚作用がございますの」
映像の中で、模型から白い煙が立ち上る。
「次に、大聖堂のステンドグラスと同じ材質のガラスと、特殊な水晶を組み合わせ、特定の角度から魔力の光を照射しますと…」
スクリーンの中で、煙の中に、ぼんやりと光り輝く、翼を持つ人型のシルエットが浮かび上がった。
「仕上げに、詠唱と偽って、人間の脳に直接作用する特殊な低周波音を流します。そうしますと、ほら、この通り」
映像の中のミニチュアの天使は、実にそれっぽく、ふわふわと宙を舞い、神々しい光を放っているように見えた。チープだが、薄暗い場所で、熱心な信者たちが集団でこれを見れば、本物の奇跡と信じ込んでしまうであろうことは、容易に想像できた。
「おお…」
「なんと…」
会場からは、感嘆とも、失望ともつかない、複雑な声が漏れた。
リリアは、まるで手品の種明かしをするマジシャンのように、楽しげに続けた。
「ちなみに『癒やしの光』は、この光の投影技術の応用ですわね。『聖者の囁き』は、先ほどの音響魔法を応用すれば、誰の声でも、どこにでも響かせることが可能ですのよ?」
そこへ、再びアレクシスが割って入る。
「補足しますと!『聖者の遺骸』から放たれるという神聖なオーラは、遺骸に塗布された、微弱な魔力に反応して発光する特殊な塗料によるもの!『触れるだけで病が治る』と言われた聖布は、麻痺作用のある薬草を染み込ませた、ただの布でした!」
アレクシスとリリアの掛け合いは、まるで通販番組の司会者のようだった。軽快なテンポで、しかし、何百年もの間、人々が信じてきた神聖な奇跡を、一つ、また一つと、夢も希望もなく、無慈悲に「ネタばらし」していく。
聴衆は、もはや怒る気力も、失望する気力も失い始めていた。ただ、呆然と、自分たちが信じてきた世界の土台が、ガラガラと崩れ落ちていく音を、心の中で聞いているだけだった。
会場が、虚無感と、騙されていたことへの静かな怒りに満ち、騒然となり始めた、その時だった。
ソフィアが、静かに壇上の中央へと進み出た。
彼女の凛とした佇まいと、その瞳に宿る真摯な光に、誰もが思わず口を噤み、視線を向けた。ホールは、再び静寂を取り戻す。
「皆様」
彼女の、澄んだ、しかし力強い声が、拡声の魔道具を通して、ホールの隅々まで響き渡った。
「私たちは、奇跡を、そして、皆様の信仰そのものを、否定するために、今日この場を設けたのではありません」
その意外な一言に、聴衆は息を呑んだ。
「信じる心は、尊いものです。それは時に、人に絶望を乗り越える力を与え、明日を生きる希望となります。ですが、その尊い心が、誰かの作り上げた偽りの物語によって、都合よく利用されていいはずがありません」
ソフィアは、ゆっくりと会場を見渡し、一人ひとりの顔を見つめながら、語りかけた。
「真の奇跡とは、一体何でしょう。誰かから与えられる、都合の良い見世物のことでしょうか。私は、そうは思いません」
彼女の声に、熱がこもり始める。
「圧政に苦しめられていた民が、自らの手で未来を掴むために立ち上がった、その勇気。かつていがみ合っていた異なる種族が、互いを認め、手を取り合って、一つの国を築き上げた、その信頼。それらは、奇跡ではないのでしょうか」
彼女の言葉は、ロゼンベルグの民の、そしてユグドラシルの民の、心に深く突き刺さった。
「そして、より良い明日が来ると信じて、たとえ今日がどんなに苦しくとも、懸命に働き、家族を愛し、隣人を助け、一日を生き抜く、名もなき一人ひとりの人間の、その尊い意志。それこそが、私たちが守り、育むべき、本物の奇跡だと、私は、固く、信じています」
彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。しかし、その表情は、どこまでも強く、美しかった。
「誰かに与えられる偽りの物語に、私たちの未来を委ねるのは、もう、終わりにしましょう。私たち自身の、手で、足で、心で、私たちの物語を、今日、ここから、始めるのです!」
演説が終わった後、一瞬の、完全な静寂がホールを支配した。
次の瞬間、誰からともなく始まった一つの拍手が、瞬く間に、ホール全体を揺るがす地鳴りのような大喝采へと変わっていった。
それは、偽りの神からの解放を祝う、人間の、人間による、高らかな凱歌だった。
壇上の隅で、この歴史的瞬間を記録していた聖教会の代表者たちは、顔面蒼白のまま、その場にへたり込んだ。魔法水晶を通じて、この光景は、大陸の隅々にまで、リアルタイムで届けられている。
もはや、取り返しはつかない。
民衆の、英雄レオへの熱狂は、作り物の偶像への失望と、それを裏で操っていた者たちへの、冷たい怒りへと急速に変わっていくだろう。アルバ公爵が築き上げた、壮大な物語という名の砂上の楼閣が、音を立てて崩れ落ちていく。
ソフィアは、万雷の拍手の中、民衆の目に、もはや盲目的な信仰の色はなく、自らの意志で未来を選び取ろうとする、強く、理知的な光が戻ってきたのを、確かに見て取った。
彼女は静かに頷くと、新しい時代の夜明けを、その瞳に確かに焼き付けるのだった。
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