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結ばれた手と手
掲げられたもの・4
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装備を整えて、街道を走りしばし。日の入りまでもう時間がない。街道が朱に染まりつつある。
デマリの一帯は自然が多い場所である。街道の両脇には森が、というよりもこの街道は森を貫く形で整備されているのである。整備といっても草木と小石が取り除かれた大地を、通行する者が何度も踏み固めることによってできた道であり、その道幅はあまり広くない。
故に、一頭立ての幌馬車が横転したことによって、その道は完全に閉ざされていた。
その全容が見えた段階で、先頭を行くレイは一旦停止、後方の二人にもそう指示を出す。
長剣と盾を携え、ゆっくりと距離を詰めていく。刀身に夕日が映り込み、鈍く朱に染まっていた。セラとユウもそれに続く。セラは特に装備らしい装備はないが、魔法師に装備は必要ない。ユウはちょっとした手荷物と護身用に持っておけと言われたレイピアの鞘を腰に差している。抜いたところでいかほどの意味があるのかは疑問だが。さくらもちは流石に宿に置いてきた。
(馬がいない……)
横転してレイ達の方に腹を見せる馬車を引いていたはずの馬の姿がなかった。逃げたのだろうか、という推測がレイの頭を過るが、すぐにそうではなさそうだと訂正する。
馬車の前方に大きな血溜まりが広がっていた。馬の物と見て間違いないだろう。赤から黒に変わりつつある命の残滓が森の奥へと線を引いているのが見えた。
小鬼族が持ち去った、というわけではあるまい。彼らの膂力では馬の死骸を運ぶのは難しい。であるならば、最初に馬を押し倒したという何かの仕業だ。
ガタンッと物音がした。音の発生源は馬車の幌の中。何かが荷物を漁っている。
「ユウ、こいつが魔族、小鬼族だ」
騎士の声に気づき、荷物を漁っていたそれが姿を現した。
身長はユウよりも一回り小さい。人型だが、骨格的なものであろう前傾姿勢。ボロボロの衣服とも呼べないような布地を身体に纏い、手には木を削っただけの粗末な棍棒を持っている。ぎょろりと動く大きな目、突き出た鼻、耳、くすんだ灰褐色の肌の身体は痩せぎすで、栄養失調の子供を彷彿とさせる。
レイにとってはもっとも見慣れた魔族。ユウにとっては初めての魔族との邂逅。
この不気味な小人が小鬼族と呼ばれる魔族であった。
「これが魔族……」
ユウが反芻するように呟いた。そこに怯えは感じられなかったが、かつてないほどの衝撃は見てとれた。
その姿は彼女のいた世界に存在した生物とはあまりにかけ離れていた。スライムのような無機物的で人にもよるが可愛げのある容姿ではなく、もっと生々しい生物としての特徴を揃えた異様。この世界の住人ですら、初めてその姿を見た日は夢でうなされることもある醜悪な見た目なのだ。
小鬼族は突然現れた人間に警戒して、身構えた。一方でレイは周囲に気を配った。魔族としてはもっとも貧弱な小鬼族が単独で行動することはほぼない。仲間がどこかにいるはずなのだ。
だが小鬼族が襲い掛かってくる様子はない。寧ろ警戒しつつレイ達と距離を取ろうとしている素振りすらある。
「……なるほど、他の仲間はもうねぐらに帰った後か」
レイが一歩前に出ると、小鬼族がビクンと怯えて一歩下がる。
魔族には夜目が効くものが多いが、それでも夜の間は活動を控えるものがほとんどだ。小鬼族も例外ではなく、夜はねぐらで睡眠をとる。おそらく他の小鬼族達は馬車を襲撃後、目ぼしい荷物を奪い、すでにねぐらへと戻ったのだ。この一匹はなかなか目ぼしいものが見つからず探索を続けていたのだろう。階級制度の厳しい魔族のことだ、狩りの報酬をもっとも後回しにされるということは若い個体なのかもしれない。
「ねぐらの場所は血の後を辿れば分かる。だからこいつを生かしておく必要はない」
再びレイが一歩踏み出す。しかし今度は小鬼族は動かなかった。
厳密には、動けなかった、という方が正しい。まだレイと小鬼族の距離は離れており、長剣の届く間合いではない。だが、小鬼族の生物的な本能が激しい警鐘を鳴らしていた。
動けば斬られる。まるで距離など存在しないかのような、喉元に刃を突き付けられている感覚。生まれてから初めて感じる無慈悲な殺しの意思。実際にレイは瞬きの間に距離を詰め、小鬼族が斬られたと思うより速くその首を落すことができる。
厳然たる力量の差は無駄な争いを生まないものだ。ただ気迫のみでその差を理解してしまった小鬼族は抵抗する意思を奪われてしまった。
あるいは、それは魔族のカーストの最下位であり常に虐げられてきた彼らの本能なのかもしれない。相手が自分より強いと分かれば抵抗しない。ただ粛々と命に従い、殉じるのみ。それが弱い彼らが種として存続するための一番の方法だからだ。
そしてレイが宣言通りに長剣を振るおうとした刹那、その脇から黒い影が躍り出た。
「待って!ちょっとうちに話をさせて!」
今まさに斬りかからんとしていた騎士の前に立ち塞がった勇者を見て、後方に控えていた魔法師は小さく嘆息した。薄々こうなるのではないかと分かっていたらしい。
それは騎士も同じらしく、さして驚いたふうでもなく目を細めた。
「ユウ、そこをどけ」
デマリの一帯は自然が多い場所である。街道の両脇には森が、というよりもこの街道は森を貫く形で整備されているのである。整備といっても草木と小石が取り除かれた大地を、通行する者が何度も踏み固めることによってできた道であり、その道幅はあまり広くない。
故に、一頭立ての幌馬車が横転したことによって、その道は完全に閉ざされていた。
その全容が見えた段階で、先頭を行くレイは一旦停止、後方の二人にもそう指示を出す。
長剣と盾を携え、ゆっくりと距離を詰めていく。刀身に夕日が映り込み、鈍く朱に染まっていた。セラとユウもそれに続く。セラは特に装備らしい装備はないが、魔法師に装備は必要ない。ユウはちょっとした手荷物と護身用に持っておけと言われたレイピアの鞘を腰に差している。抜いたところでいかほどの意味があるのかは疑問だが。さくらもちは流石に宿に置いてきた。
(馬がいない……)
横転してレイ達の方に腹を見せる馬車を引いていたはずの馬の姿がなかった。逃げたのだろうか、という推測がレイの頭を過るが、すぐにそうではなさそうだと訂正する。
馬車の前方に大きな血溜まりが広がっていた。馬の物と見て間違いないだろう。赤から黒に変わりつつある命の残滓が森の奥へと線を引いているのが見えた。
小鬼族が持ち去った、というわけではあるまい。彼らの膂力では馬の死骸を運ぶのは難しい。であるならば、最初に馬を押し倒したという何かの仕業だ。
ガタンッと物音がした。音の発生源は馬車の幌の中。何かが荷物を漁っている。
「ユウ、こいつが魔族、小鬼族だ」
騎士の声に気づき、荷物を漁っていたそれが姿を現した。
身長はユウよりも一回り小さい。人型だが、骨格的なものであろう前傾姿勢。ボロボロの衣服とも呼べないような布地を身体に纏い、手には木を削っただけの粗末な棍棒を持っている。ぎょろりと動く大きな目、突き出た鼻、耳、くすんだ灰褐色の肌の身体は痩せぎすで、栄養失調の子供を彷彿とさせる。
レイにとってはもっとも見慣れた魔族。ユウにとっては初めての魔族との邂逅。
この不気味な小人が小鬼族と呼ばれる魔族であった。
「これが魔族……」
ユウが反芻するように呟いた。そこに怯えは感じられなかったが、かつてないほどの衝撃は見てとれた。
その姿は彼女のいた世界に存在した生物とはあまりにかけ離れていた。スライムのような無機物的で人にもよるが可愛げのある容姿ではなく、もっと生々しい生物としての特徴を揃えた異様。この世界の住人ですら、初めてその姿を見た日は夢でうなされることもある醜悪な見た目なのだ。
小鬼族は突然現れた人間に警戒して、身構えた。一方でレイは周囲に気を配った。魔族としてはもっとも貧弱な小鬼族が単独で行動することはほぼない。仲間がどこかにいるはずなのだ。
だが小鬼族が襲い掛かってくる様子はない。寧ろ警戒しつつレイ達と距離を取ろうとしている素振りすらある。
「……なるほど、他の仲間はもうねぐらに帰った後か」
レイが一歩前に出ると、小鬼族がビクンと怯えて一歩下がる。
魔族には夜目が効くものが多いが、それでも夜の間は活動を控えるものがほとんどだ。小鬼族も例外ではなく、夜はねぐらで睡眠をとる。おそらく他の小鬼族達は馬車を襲撃後、目ぼしい荷物を奪い、すでにねぐらへと戻ったのだ。この一匹はなかなか目ぼしいものが見つからず探索を続けていたのだろう。階級制度の厳しい魔族のことだ、狩りの報酬をもっとも後回しにされるということは若い個体なのかもしれない。
「ねぐらの場所は血の後を辿れば分かる。だからこいつを生かしておく必要はない」
再びレイが一歩踏み出す。しかし今度は小鬼族は動かなかった。
厳密には、動けなかった、という方が正しい。まだレイと小鬼族の距離は離れており、長剣の届く間合いではない。だが、小鬼族の生物的な本能が激しい警鐘を鳴らしていた。
動けば斬られる。まるで距離など存在しないかのような、喉元に刃を突き付けられている感覚。生まれてから初めて感じる無慈悲な殺しの意思。実際にレイは瞬きの間に距離を詰め、小鬼族が斬られたと思うより速くその首を落すことができる。
厳然たる力量の差は無駄な争いを生まないものだ。ただ気迫のみでその差を理解してしまった小鬼族は抵抗する意思を奪われてしまった。
あるいは、それは魔族のカーストの最下位であり常に虐げられてきた彼らの本能なのかもしれない。相手が自分より強いと分かれば抵抗しない。ただ粛々と命に従い、殉じるのみ。それが弱い彼らが種として存続するための一番の方法だからだ。
そしてレイが宣言通りに長剣を振るおうとした刹那、その脇から黒い影が躍り出た。
「待って!ちょっとうちに話をさせて!」
今まさに斬りかからんとしていた騎士の前に立ち塞がった勇者を見て、後方に控えていた魔法師は小さく嘆息した。薄々こうなるのではないかと分かっていたらしい。
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