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結ばれた手と手
掲げられたもの・16
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「人間も、魔族も、動物とは違うやろ!考える頭がある……相手を思いやれる心があるやんかッ!」
「動物ニモ、アル。言葉ニ出来ナイダケ、ソノ境界ハドコニアル?」
ユウは言葉に詰まった。その問いに対する明確な答えを彼女は持たない。当然だ。哲学者が生涯をかけて研究するような命題を齢十四の少女が簡単に答えられるものか。
「そ、れは……分からんけど……少なくとも、今うちと話をしている貴女は……!」
「もういいだろう、ユウ!」
聞いていられないと、苛立ちを込めて騎士が言った。
「魔族と和解などありえない!人間が動物を狩るようにこいつらは生きている限り人間を襲う!だから俺達は殺されないようにこいつらを殺す!それが俺達とこいつらの、人間と魔族との関係性だ!それ以上でも以下でもない!多少言葉を話そうが、中身は動物よりも性質の悪いけだものだ!これ以上言葉を交わすなッ!これ以上……俺を失望させないでくれ……」
最後には懇願すら込めてレイは言った。
勇者としての力があるかどうか、そういった次元の話ではない。ユウがこんな調子なら、例えその力があったとしても戦力になどなるものか。
勇者召喚は失敗だ。彼女はその器ではない。騎士はそう断ずる他なかった。
騎士がさらに前に出てその長剣を振り上げた時、周囲の草むらがガサリと音を立てた。
「……探す手間が省けた」
無慈悲に、レイが呟く。草むらから姿を現したのは逃げたはずの小鬼族達だった。
意外だったのは、それを見てもっとも驚いたのは年老いた母だったということだ。その皺が深い顔にさらに深い皺を寄せて唸る。
「ナゼ……戻ッタ……」
人間と言葉を交わしたのは、時間稼ぎだった。彼らが逃げる時間を稼ぐための。しかし、年老いた母が命を賭して稼いだその時間は水泡に帰してしまった。
小鬼族達は棍棒を手に、騎士に迫った。例え三方から囲ったとして敵わないだろうことは承知だろうに。それでもジリジリと距離を詰める。
跳びかかろうとする彼らを制したのは、他ならぬ年老いた母だった。彼らの言葉で一言呟くと小鬼族達の動きが止まる。
そして母は騎士のその後ろ、ユウの方を見ながら言った。その表情には確かな葛藤と、縋るような懇願があった。
「人間」
明らかにこちらへ向けられた呼びかけにユウが再び彼女と向き直る。
「オ前ニ従ガエバ、人間ヲ襲ウノヲ止メレバ、我ラハ生キラレルノカ」
「耳を貸すな。こいつらが言う事を聞くわけがない。自分の命が惜しくなっただけだ」
レイがそう断じるのも無理はない。先ほどまでの態度とはまるで反対の発言だ。いよいよ殺されるとなって思ってもいないことを口走っているのだと考えるのが当然だろう。
「私ノ命ナド、惜シクハナイ。殺シタケレバ、殺スガイイ」
しかし年老いた母が口にしたは自身の命乞いではなかった。
「私ハ逃ゲタ。モウ、耐エラレナカッタカラ」
視線をユウから逸らす。その視線の先には、血溜まりに沈む首のない小鬼族の死体が転がっている。
その瞳に映っているのは紛れもない悲しみだ。
「――モウコレ以上、我ガ子ガ死ンデイクノハ、耐エラレナイ。ドウカ、我ガ子ヲ、モウ殺サナイデクレ……」
そう呟くと、瞼を閉じて項垂れた。
年老いた母は長く生きることによって人間と変わらない高い知能を持つ。その過程で本来余計な感情までも、不必要な感情までも獲得することがある。不必要で、不自然で、不可解な、まるで人間のような感情をも。
多産で数を増やすことによって種の存続を図ってきた小鬼族にとって個体ごとの命などあまり重要ではない。故に彼らは個体を表す名前を持たない。だと言うのに、ごく稀にこういった個体が発生する。そういった個体が魔族領を逃亡するのだ。
子へと愛情という、小鬼族としては限りなく不適切な感情を持ってしまった者、それがこの年老いた母だった。
そして彼女によって育てられた小鬼族もまた、通常よりも仲間意識が強かった。故に年老いた母の窮地に、自身らの命はないと分かっていても戻ってきてしまった。年老いた母の魔族としての矜持を折り、人間に懇願させたのは他ならぬ彼らの存在だった。
ポツリと、大地に点が浮かんだ。点はあっという間に数を増やし、大地を濡らしていく。
雨が降ってきた。まるで泣くことを知らない小鬼族と、泣くことを忘れてしまった異世界からやってきた少女の代わりに天が泣いているかのように。
「動物ニモ、アル。言葉ニ出来ナイダケ、ソノ境界ハドコニアル?」
ユウは言葉に詰まった。その問いに対する明確な答えを彼女は持たない。当然だ。哲学者が生涯をかけて研究するような命題を齢十四の少女が簡単に答えられるものか。
「そ、れは……分からんけど……少なくとも、今うちと話をしている貴女は……!」
「もういいだろう、ユウ!」
聞いていられないと、苛立ちを込めて騎士が言った。
「魔族と和解などありえない!人間が動物を狩るようにこいつらは生きている限り人間を襲う!だから俺達は殺されないようにこいつらを殺す!それが俺達とこいつらの、人間と魔族との関係性だ!それ以上でも以下でもない!多少言葉を話そうが、中身は動物よりも性質の悪いけだものだ!これ以上言葉を交わすなッ!これ以上……俺を失望させないでくれ……」
最後には懇願すら込めてレイは言った。
勇者としての力があるかどうか、そういった次元の話ではない。ユウがこんな調子なら、例えその力があったとしても戦力になどなるものか。
勇者召喚は失敗だ。彼女はその器ではない。騎士はそう断ずる他なかった。
騎士がさらに前に出てその長剣を振り上げた時、周囲の草むらがガサリと音を立てた。
「……探す手間が省けた」
無慈悲に、レイが呟く。草むらから姿を現したのは逃げたはずの小鬼族達だった。
意外だったのは、それを見てもっとも驚いたのは年老いた母だったということだ。その皺が深い顔にさらに深い皺を寄せて唸る。
「ナゼ……戻ッタ……」
人間と言葉を交わしたのは、時間稼ぎだった。彼らが逃げる時間を稼ぐための。しかし、年老いた母が命を賭して稼いだその時間は水泡に帰してしまった。
小鬼族達は棍棒を手に、騎士に迫った。例え三方から囲ったとして敵わないだろうことは承知だろうに。それでもジリジリと距離を詰める。
跳びかかろうとする彼らを制したのは、他ならぬ年老いた母だった。彼らの言葉で一言呟くと小鬼族達の動きが止まる。
そして母は騎士のその後ろ、ユウの方を見ながら言った。その表情には確かな葛藤と、縋るような懇願があった。
「人間」
明らかにこちらへ向けられた呼びかけにユウが再び彼女と向き直る。
「オ前ニ従ガエバ、人間ヲ襲ウノヲ止メレバ、我ラハ生キラレルノカ」
「耳を貸すな。こいつらが言う事を聞くわけがない。自分の命が惜しくなっただけだ」
レイがそう断じるのも無理はない。先ほどまでの態度とはまるで反対の発言だ。いよいよ殺されるとなって思ってもいないことを口走っているのだと考えるのが当然だろう。
「私ノ命ナド、惜シクハナイ。殺シタケレバ、殺スガイイ」
しかし年老いた母が口にしたは自身の命乞いではなかった。
「私ハ逃ゲタ。モウ、耐エラレナカッタカラ」
視線をユウから逸らす。その視線の先には、血溜まりに沈む首のない小鬼族の死体が転がっている。
その瞳に映っているのは紛れもない悲しみだ。
「――モウコレ以上、我ガ子ガ死ンデイクノハ、耐エラレナイ。ドウカ、我ガ子ヲ、モウ殺サナイデクレ……」
そう呟くと、瞼を閉じて項垂れた。
年老いた母は長く生きることによって人間と変わらない高い知能を持つ。その過程で本来余計な感情までも、不必要な感情までも獲得することがある。不必要で、不自然で、不可解な、まるで人間のような感情をも。
多産で数を増やすことによって種の存続を図ってきた小鬼族にとって個体ごとの命などあまり重要ではない。故に彼らは個体を表す名前を持たない。だと言うのに、ごく稀にこういった個体が発生する。そういった個体が魔族領を逃亡するのだ。
子へと愛情という、小鬼族としては限りなく不適切な感情を持ってしまった者、それがこの年老いた母だった。
そして彼女によって育てられた小鬼族もまた、通常よりも仲間意識が強かった。故に年老いた母の窮地に、自身らの命はないと分かっていても戻ってきてしまった。年老いた母の魔族としての矜持を折り、人間に懇願させたのは他ならぬ彼らの存在だった。
ポツリと、大地に点が浮かんだ。点はあっという間に数を増やし、大地を濡らしていく。
雨が降ってきた。まるで泣くことを知らない小鬼族と、泣くことを忘れてしまった異世界からやってきた少女の代わりに天が泣いているかのように。
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