剣が振れなくても世界を救えますか?~勇者として召喚されたのは非力な女の子でした~

noyuki

文字の大きさ
29 / 115
結ばれた手と手

掲げられたもの・17

しおりを挟む
「レイ君……」

 勇者が口を開いた。

「確かに、魔族と和解するんは、難しいと思う。この人と話して、うちがどんだけ無茶なこと言っとるか、分かった。でも……」

 生まれ持った価値観の違いはそう簡単には覆らない。それでも。

「魔族と和解すんのは難しくても、この人と、その子供達とは、和解できると思う」

 今は全てでなくても構わない。ただ、目の前の彼女らとなら手を繋げるはずだ。

「こいつらは馬車を襲った。幸い死者は出なかったが、ここに至るまでにも人を襲っているだろう。それで誰も殺していないとは思えない。そんなやつらと和解できると?」

「うちらも殺した。それに、やられたからやり返す。そんなことを繰り返してたら、いつまでも争いはなくならん。誰かが、どちらか一方がまず相手を殴る手を止めなあかん。その手に持った武器を降ろさなあかん。怒りをぐっと抑えて、もうええよって言わな、争いはなくならん……」

 怒りを飲み込むこと、憎しみを忘れること。言葉にするのは簡単でも、それがどれほど難しいことか。人間同士でさえままならないというのに、元いた世界でもそれはよく分かっていただろうに、それでも彼女はそれを口にする。

 全ては争いは善くないことだと信じているが故。そのためならば自分の命すら惜しくない。人の命を奪うことは善くないことだと言いながら自身の命は省みない、屈折した平和主義。

 それがユウという少女。心に大きな傷を負った、恐怖を失った勇者。

 年老いた母オールドゴブリンが、その身体を支えていた杖を手放してひざまずいた。ともすれば雨の音でかき消されそうな小さな声で何事か呟く。

 雨音の中に、三つ音が響いた。小鬼族ゴブリン達が手にしていた粗悪な棍棒を手放した音だった。

 武器を持った人間の前で、魔族が自ら進んで武器を捨てる。そのあり得ざる光景にレイは息を飲んだ。

 いまだその手の長剣ロングソードは高く掲げられている。振り下ろせば枯れ木のような年老いた母の首など簡単に身体と分かたれるだろう。うつむいて跪いている姿は自ら進んで首を差し出しているようにすら見える。

 だと言うのに、なぜ。その手を振り下ろせない。

 自分の魔族へと恨みはこんなものだったのか。こんな少しばかり魔族が人間らしい情愛を見せただけで刃が鈍るほどのものだったのか。人間と魔族との隔たりはこんな些末な出来事でなくなるようなものなのか。

 レイは葛藤した。今さら魔族に情けをかけるなど、そんなことが許されるわけがない。今までいったいどれほどの魔族の首を落したのかもはや分からないというのに。

 ――どちらか一方がまず相手を殴る手を止めなあかん。その手に持った武器を降ろさなあかん。怒りをぐっと抑えて、もうええよって言わな、争いはなくならん……。

 先ほどユウが言った言葉が頭を過る。小鬼族達は先に武器を降ろした。目の前で仲間が殺されているのにも関わらず、その怒りを収めた。

 ――結局、振り上げられた長剣は、そのまま背中の鞘へと納められた。一の騎士団ナイツ・オブ・ザ・ワンを退団することになるかもしれないとレイは思った。

「……一月、ここで待て。その間、近くの人間にはこの一帯に近づかないように言っておく。再び俺達が戻ってくるまでに、人間を襲ったり、ここから逃げたのなら、必ず見つけ出してその首を落す」

「――感謝スル」

 そして騎士はきびすを返した。魔族に感謝された者を人間にとって対魔族の象徴である騎士と呼んでいいのかは疑問だが。

 しかし、レイの信じる騎士道では、武器を持たない者は斬らない。少なくとも彼の信じる騎士道は貫かれた。

「ありがとう……レイ君……」

 そう呟いて安堵したユウは、またあの微笑みを浮かべた。緊張感の欠片もない、あのとろんとした笑顔を。

「セッちゃんも、ありがとう。ごめんなぁ、何も言わずに出てきてしまって」

 脱力したユウの身体を支えていたセラは、その笑顔を、その壊れた笑顔を直視することができなかった。

 華奢きゃしゃな身体を抱きしめる。雨で濡れた少女の身体を温めるように。

「どうして……どうしてこんなことをするの……!私達が間に合わなかったら、殺されていた……」

「ごめん……でも、大丈夫やったから……」

「今回は大丈夫だったけど、次はこうはいかないわ……。相手がもっと危険な魔族だったら?一瞬で殺されるか、最悪、なぶり殺されるかもしれない……」

 魔族の中には人間を痛めつけることをたのしむような連中も少なくない。そういった手合いに捕まった人間の末路は悲惨だ。殺してくれと自分から懇願するようなことになる。

 それがどうしようもない現実だ。

「自分の命が大切に思えないなら、私達の事を思い出して。貴女が死ねば、私とレイはあの御姫様に首を刎ねられるのよ……!」

 彼女らしい言い方だった。本当は自分達の首が刎ねられることなど何も心配していない。心配しているのはユウのその身だけ。震える声がそれを雄弁に物語っている。人の感情の機微に敏感なユウがそれに気付かないわけがない。

「お願いだから……貴女を心配する人がいることを忘れないで……!お願いだから、もっと自分を大切にして……ッ」

 痛いほど、ユウの身体が強く抱きしめられる。ユウは抵抗せずに彼女が離すまでジッとしていた。

「……ごめんな、セッちゃん。ごめん……」

 ユウは、自分の肩に雨ではない物が染み込んでいくのを感じていた。

 温かなそれが、ユウの内面へと染み込んでいく。彼女の心の傷へと入り込んでいく。それが染みて、もう痛みを感じなくなっていたはずの傷がずきずきと脈打った。それでも自身からそれが溢れることはなかった。

 その痛みは決して不快なものではなく、むしろ心地よいとさえ思った。

 流された雫が一滴一滴、彼女の天秤の上皿へと溜まっていく。いまだその天秤は彼女の命を高く掲げていたが、それがほんの少し、下がった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

処理中です...