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結ばれた手と手
結ばれた手と手・4
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「……ケイネス。勇者召喚を行ってから、私は何度溜息を吐いた?」
「数え切れぬほどです。王よ」
金属の甲高い音を立てて長剣が執務室の床に転がった。その音にレイが目を開けると、この部屋に入室した時のように、椅子に座って頭を抱えるエルガス王の姿があった。
「思えば、勇者を召喚すれば全てが上手くいくと思っていたことが間違いだったのやもしれぬ。あるいは、召喚された勇者があのような小娘であった時点で失敗したと見切りをつけるべきだった。旅になど出させず、リンシアの専属侍女にでもしておけばよかった。そうすれば、ここまで頭を悩ますこともなかった」
トントン、と。王が指で机を叩く。それがかの王の癖だと傍らの側近だけが知っている。
「ケイネス。勇者の願いを可能な範囲で叶えてやれ。対外的に問題がないように、な。仔細は任せる」
「よろしいので?」
「よろしいもなにもあるか」
ふんっと王が鼻を鳴らす。
「このまま勇者の願いを突っぱねればあの小娘が何をしでかすか分からん。魔族を連れて他国にでも行かれれば外交問題に発展しかねん。かといって首を刎ねれば、儂がリンシアに首を刎ねられる」
そして付け加えるように勇者の軟禁を解いた後、それをリンシアに伝えるようにも言った。
指示を受けて、ケイネスは慇懃に一礼したあと立ち尽くすレイの横を通り過ぎて執務室を後にする。通り過ぎたその横顔には苦笑が浮かんでいた。こうなることを、宰相は予想していたのかもしれない。
執務室に二人きりとなったレイは、困惑した。
「よいの、ですか……?」
「二度同じ事を聞くな 」
そう突っぱねたエルガス王だが、レイが腑に落ちない様子なので仕方なく言葉を続けた。
「……儂も若い頃は騎士王などと呼ばれた身、故に貴様の目を見て分かった。貴様が己が騎士道を貫かんがために命を賭けてここにいるのだとな。騎士に値せんと言った言葉は取り消してやる」
それに――と、かつての騎士王は皮肉げに片頬を上げた。
「儂も武器を持たぬ者を斬る剣は持たぬのでな」
笑っていいものかどうなのかレイが決めかねて複雑な表情を浮かべたのを見て王は肩を竦めた。
「ともかく、だ。貴様は言ったな。魔族が自ら武器を捨てるところを見たと。それを勇者が為させたというのならば、魔族をことごとく討ち果たす以外の方法で平和を勝ち取る方法もあり得るのやもしれぬ」
あの時、ユウが声を上げなければ、年老いた母も人間と言葉を交わそうなどとは思わなかったろう。同様に、ユウがいなければレイは全ての小鬼族を一瞬にして斃していた。命乞いをする暇さえ与えずに。
ユウがいなくてはこのような事態は絶対に起こりえなかった。
「――風がな、吹いていたのだ」
唐突に脈絡のないことを言う王が呟いた。
「勇者召喚の時、どこから来たのかもしれない強い風が吹いていた。あの勇者は風なのかもしれぬ。我らの澱み停滞した価値観を吹き飛ばす風だ。もしかしたら、我らの意識が変わればそれだけで世界は変わるのやもしれぬ。もっとも、そう簡単に魔族と宥和などせんがな」
武王と名高いエルガス王とて、好き好んで戦争を行っているわけではない。
襲われるから護る戦いをし、襲われそうだから先手をとるために攻める戦いをする。人間が領土欲しさに魔族領に侵攻することはほぼない。魔族領のある北方は寒さが厳しく土地はあっても田畑を作ることは難しいからだ。全ては人間が生きるため、魔族が人間を襲うことをやめれば、人間も必要以上に魔族と戦うこともなくなる。争いのない関係などあまりにも現実離れが過ぎるが、少なくとも人間の国家同士程度の関係性にはなりうる。それもまた、現状では夢物語以上の何物でもないが。
「第一、数匹の小鬼族に居場所を与えた程度で何になる?やつらは魔族階級で最下位の下っ端だ。そいつらに優しくしたのを見て他の魔族が態度を変えるわけもない」
エルガス王の言葉は正しい。そのうえその小鬼族達は魔族領からの逃亡者、他の魔族からすれば裏切者に等しい。そんな彼らに人質的価値など皆無だ。寧ろ優先的に攻撃されかねない。
当然レイもそう思っている。だがレイには、否、レイとセラはユウの考えに賛同した最大の理由があった。
それは理由ともいえないようなただの期待かもしれないのだが、一度見た光景だからこそ可能性はゼロではないと二人は思ったのだ。
「王よ」
レイはあの時の光景を思い出していた。
大量のスライムが、ユウに懐いたスライムが現れたことによって逃げていく様を。
今この瞬間もユウの足元にいるだろうあの薄桃色のスライムをきっかけに、たくさんのスライムが救われたのだ。
あの街道での偶然の出会いとユウの愛情が為した奇跡。
「些細なきっかけが、いずれ大きな波を起こすこともあります。私はこの短い旅の間でそれを知りました。できうる範囲でいい、勇者を信じ、力を貸してみませんか。そうすれば、あの小さな勇者が世界を変えるほど大きな波を起こすやもしれません。我らはそうあって欲しいと勇者を召喚したはずです」
スライムを逃がした時にユウから発せられた見えざる波。
あれがまた起きるのではないか。そんな予感。それが一体何を意味するものなのかすら分からない。しかしそれがセラの言うように優しいものであらば、きっと何かしら言いことが起こるに違いない。
そんなあまりにも不確かで、曖昧で、どうしようもなく楽観的な考え。にも関わらずレイがここまでできたのは、レイもまた、あの波を身に受けたときに漠然と感じた感覚があったからだ。
あまりにも荒唐無稽過ぎて、このことは誰にも話していない。しかし、おそらくセラも同じ感覚を感じたはずだ。だからこそ彼女もともにユウに賭ける決心をしたはずだ。
見えざる波紋が世界全土へと広がって、浸透し、あの瞬間に世界が変わったのだという確信に似た感覚を。
「数え切れぬほどです。王よ」
金属の甲高い音を立てて長剣が執務室の床に転がった。その音にレイが目を開けると、この部屋に入室した時のように、椅子に座って頭を抱えるエルガス王の姿があった。
「思えば、勇者を召喚すれば全てが上手くいくと思っていたことが間違いだったのやもしれぬ。あるいは、召喚された勇者があのような小娘であった時点で失敗したと見切りをつけるべきだった。旅になど出させず、リンシアの専属侍女にでもしておけばよかった。そうすれば、ここまで頭を悩ますこともなかった」
トントン、と。王が指で机を叩く。それがかの王の癖だと傍らの側近だけが知っている。
「ケイネス。勇者の願いを可能な範囲で叶えてやれ。対外的に問題がないように、な。仔細は任せる」
「よろしいので?」
「よろしいもなにもあるか」
ふんっと王が鼻を鳴らす。
「このまま勇者の願いを突っぱねればあの小娘が何をしでかすか分からん。魔族を連れて他国にでも行かれれば外交問題に発展しかねん。かといって首を刎ねれば、儂がリンシアに首を刎ねられる」
そして付け加えるように勇者の軟禁を解いた後、それをリンシアに伝えるようにも言った。
指示を受けて、ケイネスは慇懃に一礼したあと立ち尽くすレイの横を通り過ぎて執務室を後にする。通り過ぎたその横顔には苦笑が浮かんでいた。こうなることを、宰相は予想していたのかもしれない。
執務室に二人きりとなったレイは、困惑した。
「よいの、ですか……?」
「二度同じ事を聞くな 」
そう突っぱねたエルガス王だが、レイが腑に落ちない様子なので仕方なく言葉を続けた。
「……儂も若い頃は騎士王などと呼ばれた身、故に貴様の目を見て分かった。貴様が己が騎士道を貫かんがために命を賭けてここにいるのだとな。騎士に値せんと言った言葉は取り消してやる」
それに――と、かつての騎士王は皮肉げに片頬を上げた。
「儂も武器を持たぬ者を斬る剣は持たぬのでな」
笑っていいものかどうなのかレイが決めかねて複雑な表情を浮かべたのを見て王は肩を竦めた。
「ともかく、だ。貴様は言ったな。魔族が自ら武器を捨てるところを見たと。それを勇者が為させたというのならば、魔族をことごとく討ち果たす以外の方法で平和を勝ち取る方法もあり得るのやもしれぬ」
あの時、ユウが声を上げなければ、年老いた母も人間と言葉を交わそうなどとは思わなかったろう。同様に、ユウがいなければレイは全ての小鬼族を一瞬にして斃していた。命乞いをする暇さえ与えずに。
ユウがいなくてはこのような事態は絶対に起こりえなかった。
「――風がな、吹いていたのだ」
唐突に脈絡のないことを言う王が呟いた。
「勇者召喚の時、どこから来たのかもしれない強い風が吹いていた。あの勇者は風なのかもしれぬ。我らの澱み停滞した価値観を吹き飛ばす風だ。もしかしたら、我らの意識が変わればそれだけで世界は変わるのやもしれぬ。もっとも、そう簡単に魔族と宥和などせんがな」
武王と名高いエルガス王とて、好き好んで戦争を行っているわけではない。
襲われるから護る戦いをし、襲われそうだから先手をとるために攻める戦いをする。人間が領土欲しさに魔族領に侵攻することはほぼない。魔族領のある北方は寒さが厳しく土地はあっても田畑を作ることは難しいからだ。全ては人間が生きるため、魔族が人間を襲うことをやめれば、人間も必要以上に魔族と戦うこともなくなる。争いのない関係などあまりにも現実離れが過ぎるが、少なくとも人間の国家同士程度の関係性にはなりうる。それもまた、現状では夢物語以上の何物でもないが。
「第一、数匹の小鬼族に居場所を与えた程度で何になる?やつらは魔族階級で最下位の下っ端だ。そいつらに優しくしたのを見て他の魔族が態度を変えるわけもない」
エルガス王の言葉は正しい。そのうえその小鬼族達は魔族領からの逃亡者、他の魔族からすれば裏切者に等しい。そんな彼らに人質的価値など皆無だ。寧ろ優先的に攻撃されかねない。
当然レイもそう思っている。だがレイには、否、レイとセラはユウの考えに賛同した最大の理由があった。
それは理由ともいえないようなただの期待かもしれないのだが、一度見た光景だからこそ可能性はゼロではないと二人は思ったのだ。
「王よ」
レイはあの時の光景を思い出していた。
大量のスライムが、ユウに懐いたスライムが現れたことによって逃げていく様を。
今この瞬間もユウの足元にいるだろうあの薄桃色のスライムをきっかけに、たくさんのスライムが救われたのだ。
あの街道での偶然の出会いとユウの愛情が為した奇跡。
「些細なきっかけが、いずれ大きな波を起こすこともあります。私はこの短い旅の間でそれを知りました。できうる範囲でいい、勇者を信じ、力を貸してみませんか。そうすれば、あの小さな勇者が世界を変えるほど大きな波を起こすやもしれません。我らはそうあって欲しいと勇者を召喚したはずです」
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そんなあまりにも不確かで、曖昧で、どうしようもなく楽観的な考え。にも関わらずレイがここまでできたのは、レイもまた、あの波を身に受けたときに漠然と感じた感覚があったからだ。
あまりにも荒唐無稽過ぎて、このことは誰にも話していない。しかし、おそらくセラも同じ感覚を感じたはずだ。だからこそ彼女もともにユウに賭ける決心をしたはずだ。
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