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天に吠える狼少女
第一章 深窓の才妃・9
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その後、一階の食堂で一流の料理人が作る味と健康に気を使った食事に舌鼓を打った一同は再び二階の応接室へ。同じく食事を終えた親子と様々なことを話した。
とりわけセルフィリアが関心を示したのはユウの元いた世界についてだった。気候や地形、人々の生活水準、ユウの分かる範囲ではあるが政治のことや生きている動植物のことについても。
一つ質問を投げかけた後は、ユウの話をセルフィリアはあれこれ口を挟まずに静かに聴いていた。ユウがどう説明したものか思案している場面でも決して急かそうとはせず、柔らかな微笑を口元に湛えて続きを待っている。そしてユウがその事柄について一通り話終えると次の問いを投げかける。母の隣に腰掛けていたリンシアも最初は興味深げにユウの話を聞いていたが、途中からは退屈そうに窓の外に視線を向けたりしていた。
どれほどの問いがなされたか、ユウ達の前に置かれた紅茶のカップがすっかり空になって冷めた頃。緊張も解け、ユウから初めてセルフィリアに質問が投げかけられた。
「あの……セルフィリアさんはすごい魔法師って聞いたんやけど……その、なんでっていうか、なんというか……この世界では王族の人は魔法が使えるもんなんですか?」
「いいえ。魔法を修めている王族や貴族はほとんどいないでしょうね。そんな技術よりも、我々には交渉術や社交術の方がよっぽど有用ですから」
侍女がカップを下げる。おかわりの用意をセルフィリアが手で制した。
「私は幼い時分からあまり身体が丈夫ではなく、社交界にもあまり顔を出せませんでした。その分、空いた時間はずっと本を読んでいました。そして世の中には知識によって研鑽される技術があると知り、のめり込んだのです。それが魔法でした」
碧い瞳が過去を思い出すように細められる。
「ですが、皆が言うほど私は大層な魔法師ではありませんよ。内包している魔力量もたいした量ではありませんし、そちらの戦術魔法師の方がよほど優秀ですよ」
ユウの斜め後ろに佇むセラに視線が向く。その魔法師はいつもの物憂げな瞳に本心からの尊敬を込めて、目礼。
「……ご謙遜を。王妃殿下の魔法式の知識、そしてそれを構築する技術の高さは魔法師協会内でも右に並ぶ者などおりません」
セラの言う通り、深窓の才妃の魔法師としての技量の高さはそこにある。
魔硝石と呼ばれる魔力に大きな反応を示す鉱石、それを砕いた粉末を混ぜた塗料で特定の紋様を描き、魔法発動の補助とする。それが魔法式という技術だ。描くという前準備が必要な分、即効性に欠けるが魔硝石に含まれる魔力が魔法の発動を補助するので、少ない魔力で大きな結果を出せる。が、描くということは魔法とは別のセンスが必要であり、かつ、狙った効果を発生させるためにはどの紋様がどのように作用するのかを完全に把握していなければならない。基本的には熟練の魔法師でも、用いる際は参考書片手にすでに考案済のものを模写するのが普通だ。
驚くべき点は、ラドカルミアに出回っているその参考書のほとんどが目の前の貴婦人によって書かれたものであるということだ。
「うちが召喚された時の魔法式は、セルフィリアさんが考えはったんですよね?」
「ええ」
「やったら……」
ユウが意を決したように訊く。
「うちの勇者の力がなんなのか、わかりませんか?」
〈世界を救う者〉を召喚する勇者召喚という魔法。その運命に作用する界律魔法の式を考案したのがこの淑やかな大魔法師であるならば、あるいは。
ユウはこの世界に来てから自分の身に起きたことを事細かに説明した。足元のさくらもちと出会ったこと、年老いた母と和解したこと……時折、レイやセラも説明を補足し、あのユウを中心に起きた見えざる波についても詳しく話した。
さくらもちを抱いた時と、年老いた母と手を結んだ時に起きた脈動のような波。
どこか優しい、そして世界全体に広がっていったあの波動について。
深窓の才妃は黙したまま、耳を傾けていた。ユウが話終えた後もしばらく瞑想するように閉じていた瞳が開く。
「その波、というのは“界脈”と呼ばれる現象で間違いないでしょう」
とりわけセルフィリアが関心を示したのはユウの元いた世界についてだった。気候や地形、人々の生活水準、ユウの分かる範囲ではあるが政治のことや生きている動植物のことについても。
一つ質問を投げかけた後は、ユウの話をセルフィリアはあれこれ口を挟まずに静かに聴いていた。ユウがどう説明したものか思案している場面でも決して急かそうとはせず、柔らかな微笑を口元に湛えて続きを待っている。そしてユウがその事柄について一通り話終えると次の問いを投げかける。母の隣に腰掛けていたリンシアも最初は興味深げにユウの話を聞いていたが、途中からは退屈そうに窓の外に視線を向けたりしていた。
どれほどの問いがなされたか、ユウ達の前に置かれた紅茶のカップがすっかり空になって冷めた頃。緊張も解け、ユウから初めてセルフィリアに質問が投げかけられた。
「あの……セルフィリアさんはすごい魔法師って聞いたんやけど……その、なんでっていうか、なんというか……この世界では王族の人は魔法が使えるもんなんですか?」
「いいえ。魔法を修めている王族や貴族はほとんどいないでしょうね。そんな技術よりも、我々には交渉術や社交術の方がよっぽど有用ですから」
侍女がカップを下げる。おかわりの用意をセルフィリアが手で制した。
「私は幼い時分からあまり身体が丈夫ではなく、社交界にもあまり顔を出せませんでした。その分、空いた時間はずっと本を読んでいました。そして世の中には知識によって研鑽される技術があると知り、のめり込んだのです。それが魔法でした」
碧い瞳が過去を思い出すように細められる。
「ですが、皆が言うほど私は大層な魔法師ではありませんよ。内包している魔力量もたいした量ではありませんし、そちらの戦術魔法師の方がよほど優秀ですよ」
ユウの斜め後ろに佇むセラに視線が向く。その魔法師はいつもの物憂げな瞳に本心からの尊敬を込めて、目礼。
「……ご謙遜を。王妃殿下の魔法式の知識、そしてそれを構築する技術の高さは魔法師協会内でも右に並ぶ者などおりません」
セラの言う通り、深窓の才妃の魔法師としての技量の高さはそこにある。
魔硝石と呼ばれる魔力に大きな反応を示す鉱石、それを砕いた粉末を混ぜた塗料で特定の紋様を描き、魔法発動の補助とする。それが魔法式という技術だ。描くという前準備が必要な分、即効性に欠けるが魔硝石に含まれる魔力が魔法の発動を補助するので、少ない魔力で大きな結果を出せる。が、描くということは魔法とは別のセンスが必要であり、かつ、狙った効果を発生させるためにはどの紋様がどのように作用するのかを完全に把握していなければならない。基本的には熟練の魔法師でも、用いる際は参考書片手にすでに考案済のものを模写するのが普通だ。
驚くべき点は、ラドカルミアに出回っているその参考書のほとんどが目の前の貴婦人によって書かれたものであるということだ。
「うちが召喚された時の魔法式は、セルフィリアさんが考えはったんですよね?」
「ええ」
「やったら……」
ユウが意を決したように訊く。
「うちの勇者の力がなんなのか、わかりませんか?」
〈世界を救う者〉を召喚する勇者召喚という魔法。その運命に作用する界律魔法の式を考案したのがこの淑やかな大魔法師であるならば、あるいは。
ユウはこの世界に来てから自分の身に起きたことを事細かに説明した。足元のさくらもちと出会ったこと、年老いた母と和解したこと……時折、レイやセラも説明を補足し、あのユウを中心に起きた見えざる波についても詳しく話した。
さくらもちを抱いた時と、年老いた母と手を結んだ時に起きた脈動のような波。
どこか優しい、そして世界全体に広がっていったあの波動について。
深窓の才妃は黙したまま、耳を傾けていた。ユウが話終えた後もしばらく瞑想するように閉じていた瞳が開く。
「その波、というのは“界脈”と呼ばれる現象で間違いないでしょう」
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