52 / 115
天に吠える狼少女
第一章 深窓の才妃・9
しおりを挟む
その後、一階の食堂で一流の料理人が作る味と健康に気を使った食事に舌鼓を打った一同は再び二階の応接室へ。同じく食事を終えた親子と様々なことを話した。
とりわけセルフィリアが関心を示したのはユウの元いた世界についてだった。気候や地形、人々の生活水準、ユウの分かる範囲ではあるが政治のことや生きている動植物のことについても。
一つ質問を投げかけた後は、ユウの話をセルフィリアはあれこれ口を挟まずに静かに聴いていた。ユウがどう説明したものか思案している場面でも決して急かそうとはせず、柔らかな微笑を口元に湛えて続きを待っている。そしてユウがその事柄について一通り話終えると次の問いを投げかける。母の隣に腰掛けていたリンシアも最初は興味深げにユウの話を聞いていたが、途中からは退屈そうに窓の外に視線を向けたりしていた。
どれほどの問いがなされたか、ユウ達の前に置かれた紅茶のカップがすっかり空になって冷めた頃。緊張も解け、ユウから初めてセルフィリアに質問が投げかけられた。
「あの……セルフィリアさんはすごい魔法師って聞いたんやけど……その、なんでっていうか、なんというか……この世界では王族の人は魔法が使えるもんなんですか?」
「いいえ。魔法を修めている王族や貴族はほとんどいないでしょうね。そんな技術よりも、我々には交渉術や社交術の方がよっぽど有用ですから」
侍女がカップを下げる。おかわりの用意をセルフィリアが手で制した。
「私は幼い時分からあまり身体が丈夫ではなく、社交界にもあまり顔を出せませんでした。その分、空いた時間はずっと本を読んでいました。そして世の中には知識によって研鑽される技術があると知り、のめり込んだのです。それが魔法でした」
碧い瞳が過去を思い出すように細められる。
「ですが、皆が言うほど私は大層な魔法師ではありませんよ。内包している魔力量もたいした量ではありませんし、そちらの戦術魔法師の方がよほど優秀ですよ」
ユウの斜め後ろに佇むセラに視線が向く。その魔法師はいつもの物憂げな瞳に本心からの尊敬を込めて、目礼。
「……ご謙遜を。王妃殿下の魔法式の知識、そしてそれを構築する技術の高さは魔法師協会内でも右に並ぶ者などおりません」
セラの言う通り、深窓の才妃の魔法師としての技量の高さはそこにある。
魔硝石と呼ばれる魔力に大きな反応を示す鉱石、それを砕いた粉末を混ぜた塗料で特定の紋様を描き、魔法発動の補助とする。それが魔法式という技術だ。描くという前準備が必要な分、即効性に欠けるが魔硝石に含まれる魔力が魔法の発動を補助するので、少ない魔力で大きな結果を出せる。が、描くということは魔法とは別のセンスが必要であり、かつ、狙った効果を発生させるためにはどの紋様がどのように作用するのかを完全に把握していなければならない。基本的には熟練の魔法師でも、用いる際は参考書片手にすでに考案済のものを模写するのが普通だ。
驚くべき点は、ラドカルミアに出回っているその参考書のほとんどが目の前の貴婦人によって書かれたものであるということだ。
「うちが召喚された時の魔法式は、セルフィリアさんが考えはったんですよね?」
「ええ」
「やったら……」
ユウが意を決したように訊く。
「うちの勇者の力がなんなのか、わかりませんか?」
〈世界を救う者〉を召喚する勇者召喚という魔法。その運命に作用する界律魔法の式を考案したのがこの淑やかな大魔法師であるならば、あるいは。
ユウはこの世界に来てから自分の身に起きたことを事細かに説明した。足元のさくらもちと出会ったこと、年老いた母と和解したこと……時折、レイやセラも説明を補足し、あのユウを中心に起きた見えざる波についても詳しく話した。
さくらもちを抱いた時と、年老いた母と手を結んだ時に起きた脈動のような波。
どこか優しい、そして世界全体に広がっていったあの波動について。
深窓の才妃は黙したまま、耳を傾けていた。ユウが話終えた後もしばらく瞑想するように閉じていた瞳が開く。
「その波、というのは“界脈”と呼ばれる現象で間違いないでしょう」
とりわけセルフィリアが関心を示したのはユウの元いた世界についてだった。気候や地形、人々の生活水準、ユウの分かる範囲ではあるが政治のことや生きている動植物のことについても。
一つ質問を投げかけた後は、ユウの話をセルフィリアはあれこれ口を挟まずに静かに聴いていた。ユウがどう説明したものか思案している場面でも決して急かそうとはせず、柔らかな微笑を口元に湛えて続きを待っている。そしてユウがその事柄について一通り話終えると次の問いを投げかける。母の隣に腰掛けていたリンシアも最初は興味深げにユウの話を聞いていたが、途中からは退屈そうに窓の外に視線を向けたりしていた。
どれほどの問いがなされたか、ユウ達の前に置かれた紅茶のカップがすっかり空になって冷めた頃。緊張も解け、ユウから初めてセルフィリアに質問が投げかけられた。
「あの……セルフィリアさんはすごい魔法師って聞いたんやけど……その、なんでっていうか、なんというか……この世界では王族の人は魔法が使えるもんなんですか?」
「いいえ。魔法を修めている王族や貴族はほとんどいないでしょうね。そんな技術よりも、我々には交渉術や社交術の方がよっぽど有用ですから」
侍女がカップを下げる。おかわりの用意をセルフィリアが手で制した。
「私は幼い時分からあまり身体が丈夫ではなく、社交界にもあまり顔を出せませんでした。その分、空いた時間はずっと本を読んでいました。そして世の中には知識によって研鑽される技術があると知り、のめり込んだのです。それが魔法でした」
碧い瞳が過去を思い出すように細められる。
「ですが、皆が言うほど私は大層な魔法師ではありませんよ。内包している魔力量もたいした量ではありませんし、そちらの戦術魔法師の方がよほど優秀ですよ」
ユウの斜め後ろに佇むセラに視線が向く。その魔法師はいつもの物憂げな瞳に本心からの尊敬を込めて、目礼。
「……ご謙遜を。王妃殿下の魔法式の知識、そしてそれを構築する技術の高さは魔法師協会内でも右に並ぶ者などおりません」
セラの言う通り、深窓の才妃の魔法師としての技量の高さはそこにある。
魔硝石と呼ばれる魔力に大きな反応を示す鉱石、それを砕いた粉末を混ぜた塗料で特定の紋様を描き、魔法発動の補助とする。それが魔法式という技術だ。描くという前準備が必要な分、即効性に欠けるが魔硝石に含まれる魔力が魔法の発動を補助するので、少ない魔力で大きな結果を出せる。が、描くということは魔法とは別のセンスが必要であり、かつ、狙った効果を発生させるためにはどの紋様がどのように作用するのかを完全に把握していなければならない。基本的には熟練の魔法師でも、用いる際は参考書片手にすでに考案済のものを模写するのが普通だ。
驚くべき点は、ラドカルミアに出回っているその参考書のほとんどが目の前の貴婦人によって書かれたものであるということだ。
「うちが召喚された時の魔法式は、セルフィリアさんが考えはったんですよね?」
「ええ」
「やったら……」
ユウが意を決したように訊く。
「うちの勇者の力がなんなのか、わかりませんか?」
〈世界を救う者〉を召喚する勇者召喚という魔法。その運命に作用する界律魔法の式を考案したのがこの淑やかな大魔法師であるならば、あるいは。
ユウはこの世界に来てから自分の身に起きたことを事細かに説明した。足元のさくらもちと出会ったこと、年老いた母と和解したこと……時折、レイやセラも説明を補足し、あのユウを中心に起きた見えざる波についても詳しく話した。
さくらもちを抱いた時と、年老いた母と手を結んだ時に起きた脈動のような波。
どこか優しい、そして世界全体に広がっていったあの波動について。
深窓の才妃は黙したまま、耳を傾けていた。ユウが話終えた後もしばらく瞑想するように閉じていた瞳が開く。
「その波、というのは“界脈”と呼ばれる現象で間違いないでしょう」
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる