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天に吠える狼少女
第一章 深窓の才妃・11
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「今日はいろいろ教えてもうて、ありがとうございました」
ユウが頭を下げた。その背後で護衛の二人もそれに続く。長話の間、二人はずっと立ちっぱなしだったが、それを苦痛に思うような二人ではない。
「私達が喚び出したんですもの、知りうる限りを伝えるのは当然です」
そこで不意にセルフィリアが微笑みを消す。
「ただ、制約や代償のない力は存在しません。努々そのことを忘れてはなりませんよ」
セルフィリアと同じく、真剣な面持ちでユウは頷いた。眼前の偉人の言葉を深く胸に刻み込む。
深窓の才妃は何かに思いを馳せるように、少し傾いてきた陽の光が差す窓の向こうに視線をやった。まだ夕刻には少しばかり早く、どこまでも続く蒼い空を薄い雲が行く当てもなく旅している。
「――かつて、遥か昔に一度、勇者召喚が為されました」
記憶を手繰り、セルフィリアは語る。
勇者召喚で喚び出された勇者はユウが初めてではない。ユウの時よりももっと膨大な時間と労力をかけて、もっと大きな人々の希望を背負ってこの世界に誘われた者がいる。
「その時の勇者に与えられた運命は、〈魔王を討つ者〉。そしてその運命のまま、勇者は魔王を討ちました。勇者召喚は確かに成功していました」
だが、まだ魔族は存在し、依然として人々の脅威であり続けている。
「しかしその勇者は魔王を討った直後、名もなき魔族によって殺されたそうです。魔王を喪ったことで魔族の勢力を北方に追いやることには成功しましたが……あとは言わずとも分かるでしょう。魔族を根絶することは叶わず、また新たな魔王が生まれ、再び魔族は力をつけつつある」
セルフィリアがその叡智と慈愛を湛えた碧眼を、まだ幼い勇者へ向け、手を差し出す。狼狽した勇者だが、握手を求められていると分かるとユウは立ち上がって右手を伸ばし、おずおずとその手に手を重ねた。
娘とそう歳も変わらない少女の右手を母の温かな両手が包む。
「運命とはいくらでも変わりうるもの、そして永遠に続いていくもの。勇ましき者よ、決して死なぬことです。貴女が生きている限り貴女の運命は紡がれる。良からぬ方へ傾いても貴女がいればまた変えられる。喚び出した我らが言えることではないかもしれませんが、どうかお気をつけて。私の娘、リンシアのためにも」
「……分かりました」
ユウがその時どんな表情をしていたのか、背後に控える二人の護衛には見えなかった。
この少女は、少々自分の命を軽んじるきらいがある。誰かのためならば平気で自分の命を差し出す危うさがある。その心に、前の世界で負ったまだ癒えていない傷があるのを二人は察していた。
レイとセラは、この滅多に人前に現れない王妃に並々ならぬ敬意と尊敬、そして忠誠を覚えた。王妃は二人が護ると決めた勇者にもっともかけて欲しい言葉をかけてくれたのだ。この人と夫のエルガス王、この二人が治める国に生まれてよかったと、心の底から思う。
そうして一同は応接室を後にした。部屋にはセルフィリアだけが残される。
「中庭に行きましょ!そこにね、噴水があるの!夕方には陽の光が映ってとっても綺麗なのよ!」
退屈な時間から解放され、反動から元気いっぱいにはしゃぐリンシアに先導されて一同は屋敷の中を行く。
中庭への道中、玄関ホールに来る時には見なかった人物がいるのにユウは気付いた。
白地に緑の装飾が施された不思議な作りの衣装。王都にいると町中で見かける修道女と似たような服装だが、それよりもずっと動きやすそうに見える。
何よりユウの目を引いたのはその夕焼けのように鮮やかな紅い髪だ。衣服の白、緑、そして髪の紅と三色のコントラストが否が応でも人目を引く。
その人物は何やら侍女と話をしていた。玄関扉が開いているのでどうやら今しがたやってきたらしい。もしかしたら、セルフィリアに耳打ちしたあの年配の侍女はこの者の来訪を告げていたのかもしれない。
ふと視線に気づいたのか、その者の視線がユウの方に向く。ユウの黒瞳と獣のような黄色い瞳が交錯する。
一瞬、ユウはその人物の性別が分からなくなった。野性的なその眼差しが少年のように見えたのだ。
視線の交錯は一瞬、すぐにユウはリンシアに急かされて屋敷の奥へと向かった。だからその来訪者がユウに向けて何事か呟いたのにまったく気が付かなかった。
気が付いていたとしても聴こえる距離ではなかったが、その人物は口角を上げて笑みを浮かべつつ、こう呟いたのだ。
「――やっと見つけた」
ユウが頭を下げた。その背後で護衛の二人もそれに続く。長話の間、二人はずっと立ちっぱなしだったが、それを苦痛に思うような二人ではない。
「私達が喚び出したんですもの、知りうる限りを伝えるのは当然です」
そこで不意にセルフィリアが微笑みを消す。
「ただ、制約や代償のない力は存在しません。努々そのことを忘れてはなりませんよ」
セルフィリアと同じく、真剣な面持ちでユウは頷いた。眼前の偉人の言葉を深く胸に刻み込む。
深窓の才妃は何かに思いを馳せるように、少し傾いてきた陽の光が差す窓の向こうに視線をやった。まだ夕刻には少しばかり早く、どこまでも続く蒼い空を薄い雲が行く当てもなく旅している。
「――かつて、遥か昔に一度、勇者召喚が為されました」
記憶を手繰り、セルフィリアは語る。
勇者召喚で喚び出された勇者はユウが初めてではない。ユウの時よりももっと膨大な時間と労力をかけて、もっと大きな人々の希望を背負ってこの世界に誘われた者がいる。
「その時の勇者に与えられた運命は、〈魔王を討つ者〉。そしてその運命のまま、勇者は魔王を討ちました。勇者召喚は確かに成功していました」
だが、まだ魔族は存在し、依然として人々の脅威であり続けている。
「しかしその勇者は魔王を討った直後、名もなき魔族によって殺されたそうです。魔王を喪ったことで魔族の勢力を北方に追いやることには成功しましたが……あとは言わずとも分かるでしょう。魔族を根絶することは叶わず、また新たな魔王が生まれ、再び魔族は力をつけつつある」
セルフィリアがその叡智と慈愛を湛えた碧眼を、まだ幼い勇者へ向け、手を差し出す。狼狽した勇者だが、握手を求められていると分かるとユウは立ち上がって右手を伸ばし、おずおずとその手に手を重ねた。
娘とそう歳も変わらない少女の右手を母の温かな両手が包む。
「運命とはいくらでも変わりうるもの、そして永遠に続いていくもの。勇ましき者よ、決して死なぬことです。貴女が生きている限り貴女の運命は紡がれる。良からぬ方へ傾いても貴女がいればまた変えられる。喚び出した我らが言えることではないかもしれませんが、どうかお気をつけて。私の娘、リンシアのためにも」
「……分かりました」
ユウがその時どんな表情をしていたのか、背後に控える二人の護衛には見えなかった。
この少女は、少々自分の命を軽んじるきらいがある。誰かのためならば平気で自分の命を差し出す危うさがある。その心に、前の世界で負ったまだ癒えていない傷があるのを二人は察していた。
レイとセラは、この滅多に人前に現れない王妃に並々ならぬ敬意と尊敬、そして忠誠を覚えた。王妃は二人が護ると決めた勇者にもっともかけて欲しい言葉をかけてくれたのだ。この人と夫のエルガス王、この二人が治める国に生まれてよかったと、心の底から思う。
そうして一同は応接室を後にした。部屋にはセルフィリアだけが残される。
「中庭に行きましょ!そこにね、噴水があるの!夕方には陽の光が映ってとっても綺麗なのよ!」
退屈な時間から解放され、反動から元気いっぱいにはしゃぐリンシアに先導されて一同は屋敷の中を行く。
中庭への道中、玄関ホールに来る時には見なかった人物がいるのにユウは気付いた。
白地に緑の装飾が施された不思議な作りの衣装。王都にいると町中で見かける修道女と似たような服装だが、それよりもずっと動きやすそうに見える。
何よりユウの目を引いたのはその夕焼けのように鮮やかな紅い髪だ。衣服の白、緑、そして髪の紅と三色のコントラストが否が応でも人目を引く。
その人物は何やら侍女と話をしていた。玄関扉が開いているのでどうやら今しがたやってきたらしい。もしかしたら、セルフィリアに耳打ちしたあの年配の侍女はこの者の来訪を告げていたのかもしれない。
ふと視線に気づいたのか、その者の視線がユウの方に向く。ユウの黒瞳と獣のような黄色い瞳が交錯する。
一瞬、ユウはその人物の性別が分からなくなった。野性的なその眼差しが少年のように見えたのだ。
視線の交錯は一瞬、すぐにユウはリンシアに急かされて屋敷の奥へと向かった。だからその来訪者がユウに向けて何事か呟いたのにまったく気が付かなかった。
気が付いていたとしても聴こえる距離ではなかったが、その人物は口角を上げて笑みを浮かべつつ、こう呟いたのだ。
「――やっと見つけた」
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