剣が振れなくても世界を救えますか?~勇者として召喚されたのは非力な女の子でした~

noyuki

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天に吠える狼少女

第一章 深窓の才妃・12

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 夜の帳が薔薇園を覆う。淡い色合いの薔薇の花弁が月明かりによって昼間とは別の顔を見せる。無粋な人口の灯りでは見られない幻想的で儚げな花の寝顔。巡回する衛兵も花達の眠りを妨げぬよう、足音を殺して歩く。手にしたカンテラの灯りが少し申し訳ない。だが、この灯りがなければ夜の暗さと薔薇の芳香に包まれてあっというまに方向感覚を失ってしまう。夜天に瞬く星の光はあまりにも儚い。

 さわさわと葉擦れの音がする。突然吹いた風に薔薇達が迷惑そうに身じろいだ。衛兵は少し立ち止まって、音の聴こえた方に灯りを向けるが、そこには黒々とした夜が蟠っているだけだ。すぐにまた順路に戻る。

 その夜の中に招かれざる者が潜んでいたことには気づかずに。

 屋敷の二階、そこに用意された客室でユウは寝息を立てていた。天蓋付き、とまではいかないが一般的な水準から考えれば十二分に豪華なベッドを独り占めだ。上質な綿が詰められたクッションはまるで雲のよう。寝返りを打つたびにギシギシと音を立てる“勇者特区”の硬いベッドとは文字通り雲泥の差がある。その硬いベッドですら熟睡していたユウであるからして、もはやちょっとやそっと揺さぶったぐらいでは起きそうにない深い眠りに入っていた。

 部屋にはもう一つベッドがあり、そこでセラが眠っている。レイは隣の別部屋に、リンシアはセルフィリアと同じ部屋、同じベッドだ。昼食時と同様、ユウと同室を希望したリンシアだが、こういった区別をセルフィリアはしっかりとつける。

 そのユウとセラの寝ている部屋の戸が音もなく開くと、廊下から黒い影がするりとその身を滑り込ませた。

 夜目が利くらしいその影は家具に接触することなく部屋の中を横断し、迷いなく二つあるベッドのうちの一つ、廊下から見て奥にある方の側に忍び寄った。ユウの眠っているベッドである。

 安らかな寝息を立てている黒髪の少女を発見した影は、腰からその得物を引き抜いた。短刀、それも刀身に艶消しの黒い塗料が塗られている特別仕様。夜の暗さに溶けるその刃は闇に生きる者達が好んで使用する暗器である。

 影は黒い刃を何の躊躇もなく振り下ろした。人の、ましてや少女の命を奪うことに一切の抵抗がない。狙いはその白い首筋、気道と動脈を同時に切り裂けば悲鳴を上げることさえできないだろう。熟睡しているなら殺されたことに本人が気づくこともあるまい。明日日が昇るまでその死が露見することはない。

「――ッ!?」

 黒刃が空を裂いた。影は愕然として今起こっている現象に吐息を漏らした。

 刃は確かに少女の首筋を捉えていた。動かない対象に外そうはずもない。その喉を貫いているはずなのに手ごたえがなかった。目の前で短刀が少女の喉に食い込んでいるというのに――!

 魔法による幻影――!そう気づいた瞬間、背後から聞こえる囁くような呪文の詠唱、反射的に影が跳びのいた。

「顕現せよッ――!」

 バシッという何かが爆ぜるような音が鳴って、客室が一瞬閃光に包まれた。

 光はすぐに収まり、咄嗟に腕を翳して視界をかばった影がその腕を下すと、先ほどまで影がいた空間に青白く光る雷撃を帯びた腕が伸ばされていた。

 隣のベッドで寝ていたはずの魔法師の女が起き出し、影を睨んでいた。

 魔法師の女、セラは光の屈折率を変える魔法でユウの位置をベッドごとずらしていた。実際にユウの寝ている位置と見えている位置にはずれがあるのだ。そしてその虚像に攻撃を仕掛けた影に対して、本物のユウに当たらないように極限まで威力と射程をしぼった雷撃の魔法で攻撃を仕掛けた。
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