68 / 115
天に吠える狼少女
第二章 紅髪の異端審問官・8
しおりを挟む
「魔族つってもいろいろいるだろ。狼人族、小鬼族、長指族、魔神族……それぞれ姿形も違うし生き方も違う。なのにあたし達は人間以外の種族を全部魔族で一括り。それって、おかしいだろ?」
考えてみれば、いや、考えなくともそれがおかしいということは分かるはずなのだ。だが、今まで人間はそれをおかしいとは思わなかった。自分達と違う姿をした者達はすべからく恐ろしい。そこに区別などない。全て排斥してしまうのがもっとも安全で確実だ。動物的本能に根差した防衛行動。人間が本能のみで生きていたのならばそれでなんら問題はない。
だが人は考える力を得た。理性の光が頼りなく前方を照らし、他の生き物が通ることのできない暗闇の中の細い道が見えている。その道の先には、他の生き物では辿り着けないような繁栄と調和があるはずだ。そここそがローティス教の目指す精神的な理想郷である。
「もちろん、どうしたって分かり合えないやつらはいる。狼と羊は友人にゃあなれない。だけどあたし達は羊じゃないはずだ。争わず、平和的にこの世界で共に生きていくことができる方法がきっとある。あって欲しい。教皇は……あたしはそう思ってる」
最後の一言が少し照れくさかったのか、ディナはそっぽを向いて頬を指先で掻いた。
「ともかく、魔族だから敵って認識は改めて、仲良くできるやつとは仲良くしていけば争いは減る。人間はもっと自由に、自然に生きられる。そのために、勇者の力が必要だ」
感心した様子でディナの言葉に耳を傾けていたユウ。やがて、感極まったように立ち上がって異端審問官の手をとる。立ち上がった拍子に膝の上のさくらもちが転がって横のセラの膝の上へ。ガタンと馬車が揺れてバランスを崩したユウを筋肉質な両腕が受け止めた。
「おっと!おいおい移動中に立つなよ。危ねぇぞ」
「――今の話、感動した!うち、“勇者特区”に帰ったらローティス教の教会を造る!もっとその教えを広く伝えていこ!」
すぐ間近で満点の星空のように煌めく黒瞳に見つめられて、ディナは一瞬たじろいだが、すぐにその口元に笑みが浮かぶ。少年のようにあけすけで、爽やかな微笑。
「そりゃいい!援助するぜ!管理運営する人材はこっちから派遣しよう!」
物憂げな視線を膝の上に落しつつ、セラは大人しい魔物を一撫で。すぐ側で異端審問官の語るローティス教の教えとそれに相槌を打つ勇者のやりとりを聞き流す。セラ自身もローティス教徒ではあるのだが、あまり熱心な方ではなかった。ラドカルミアの多くの民と同じように冠婚葬祭をローティスの名の下に行う程度、細かい教義などに興味はない。故に別のことに考えを巡らしていた。
大陸全土に信者を持つローティス教、その教皇の知られざる思想。魔族を滅ぼして得られる平和ではなく、融和によって平和を得ようとするその姿勢。それは荒唐無稽に思えた勇者の思想と合致する。この世界にもそのような思想を持つ者がいたのだ。誰にも知られてはならぬとその想いを深く胸の内に隠して。勇者が召喚されなければその想いはそのまま墓標の下に埋まっていたのだろう。誰にも継承されることもなく。
勇者がその想いを陽の光の下に連れていこうとしている。ただ彼女が現れたという、ただそれだけの理由で人々が動き始めている。世界が大きく変わろうとしている。
〈世界を救う者〉。その運命を背負う者。運命というあまりにも曖昧で、巨大な流れ。その奔流をセラは感じずにはいられなかった。召喚されたのがユウでなければ、あの時、あの道を通ってスライムに出会わなければ、デマリという農村に行かなければ、小鬼族が襲ってこなければ。全ての偶然が必然に見える。これが勇者召喚という界律魔法によって為されたというのならば、文字通り世界を律する魔法だ。あまりにも遠大過ぎて恐れすら感じる。
だが、それのもたらす未来は決して恐ろしいものではないはずだ。ならばその流れに身を任せて、否、自分自身の意思で自分が正しいと思うことを為せばそれが流れとなるはずだ。セラが勇者の護衛に選ばれたのもまた、必然だったのであろうから。
膝の上のスライムが何か言いたそうに身じろぎする。そこそこの期間を共に過ごして、セラも少しばかりこのさくらもちという名の薄桃色の塊の思考が分かるようになってきていた。
右手に魔力を集中、それをゆっくりと放出しながらさくらもちを撫でる。勇者の奇妙な友人は満足気にその身を弛緩させた。
先ほどまで考えていたことはそれですっかりと霧散して、餌やりを続けながらセラは首を捻って外の景色に視線をやった。そろそろ王都を囲う城壁に辿り着く。果たして一週間の馬車旅に勇者の尻が耐えれるだろうかとぼんやり考えているとふと、思い出したことがあった。
「……朝食、食べ損ねたわね」
考えてみれば、いや、考えなくともそれがおかしいということは分かるはずなのだ。だが、今まで人間はそれをおかしいとは思わなかった。自分達と違う姿をした者達はすべからく恐ろしい。そこに区別などない。全て排斥してしまうのがもっとも安全で確実だ。動物的本能に根差した防衛行動。人間が本能のみで生きていたのならばそれでなんら問題はない。
だが人は考える力を得た。理性の光が頼りなく前方を照らし、他の生き物が通ることのできない暗闇の中の細い道が見えている。その道の先には、他の生き物では辿り着けないような繁栄と調和があるはずだ。そここそがローティス教の目指す精神的な理想郷である。
「もちろん、どうしたって分かり合えないやつらはいる。狼と羊は友人にゃあなれない。だけどあたし達は羊じゃないはずだ。争わず、平和的にこの世界で共に生きていくことができる方法がきっとある。あって欲しい。教皇は……あたしはそう思ってる」
最後の一言が少し照れくさかったのか、ディナはそっぽを向いて頬を指先で掻いた。
「ともかく、魔族だから敵って認識は改めて、仲良くできるやつとは仲良くしていけば争いは減る。人間はもっと自由に、自然に生きられる。そのために、勇者の力が必要だ」
感心した様子でディナの言葉に耳を傾けていたユウ。やがて、感極まったように立ち上がって異端審問官の手をとる。立ち上がった拍子に膝の上のさくらもちが転がって横のセラの膝の上へ。ガタンと馬車が揺れてバランスを崩したユウを筋肉質な両腕が受け止めた。
「おっと!おいおい移動中に立つなよ。危ねぇぞ」
「――今の話、感動した!うち、“勇者特区”に帰ったらローティス教の教会を造る!もっとその教えを広く伝えていこ!」
すぐ間近で満点の星空のように煌めく黒瞳に見つめられて、ディナは一瞬たじろいだが、すぐにその口元に笑みが浮かぶ。少年のようにあけすけで、爽やかな微笑。
「そりゃいい!援助するぜ!管理運営する人材はこっちから派遣しよう!」
物憂げな視線を膝の上に落しつつ、セラは大人しい魔物を一撫で。すぐ側で異端審問官の語るローティス教の教えとそれに相槌を打つ勇者のやりとりを聞き流す。セラ自身もローティス教徒ではあるのだが、あまり熱心な方ではなかった。ラドカルミアの多くの民と同じように冠婚葬祭をローティスの名の下に行う程度、細かい教義などに興味はない。故に別のことに考えを巡らしていた。
大陸全土に信者を持つローティス教、その教皇の知られざる思想。魔族を滅ぼして得られる平和ではなく、融和によって平和を得ようとするその姿勢。それは荒唐無稽に思えた勇者の思想と合致する。この世界にもそのような思想を持つ者がいたのだ。誰にも知られてはならぬとその想いを深く胸の内に隠して。勇者が召喚されなければその想いはそのまま墓標の下に埋まっていたのだろう。誰にも継承されることもなく。
勇者がその想いを陽の光の下に連れていこうとしている。ただ彼女が現れたという、ただそれだけの理由で人々が動き始めている。世界が大きく変わろうとしている。
〈世界を救う者〉。その運命を背負う者。運命というあまりにも曖昧で、巨大な流れ。その奔流をセラは感じずにはいられなかった。召喚されたのがユウでなければ、あの時、あの道を通ってスライムに出会わなければ、デマリという農村に行かなければ、小鬼族が襲ってこなければ。全ての偶然が必然に見える。これが勇者召喚という界律魔法によって為されたというのならば、文字通り世界を律する魔法だ。あまりにも遠大過ぎて恐れすら感じる。
だが、それのもたらす未来は決して恐ろしいものではないはずだ。ならばその流れに身を任せて、否、自分自身の意思で自分が正しいと思うことを為せばそれが流れとなるはずだ。セラが勇者の護衛に選ばれたのもまた、必然だったのであろうから。
膝の上のスライムが何か言いたそうに身じろぎする。そこそこの期間を共に過ごして、セラも少しばかりこのさくらもちという名の薄桃色の塊の思考が分かるようになってきていた。
右手に魔力を集中、それをゆっくりと放出しながらさくらもちを撫でる。勇者の奇妙な友人は満足気にその身を弛緩させた。
先ほどまで考えていたことはそれですっかりと霧散して、餌やりを続けながらセラは首を捻って外の景色に視線をやった。そろそろ王都を囲う城壁に辿り着く。果たして一週間の馬車旅に勇者の尻が耐えれるだろうかとぼんやり考えているとふと、思い出したことがあった。
「……朝食、食べ損ねたわね」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる