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天に吠える狼少女
第二章 紅髪の異端審問官・9
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ラドカルミア王国から教皇領への道のりは数ある街道の中でも群を抜いて安全である。というのも、その道程は野盗達が獲物を品定めしようとしてもできないほどに通行量が多いのである。
ローティス教はラドカルミア王国のほぼ全ての民の倫理を柱となって支えている。信仰などと大仰に考えなくとも常日頃の生活にその教えは根付いているのだ。いわば国民全員が信者だと言っていい。その中でも自分はローティス教の信者だと公言するような熱心な信徒は必ず教皇領の中心に鎮座するニバノス大聖堂への礼拝を望む。その大伽藍で巨大なステンドグラスから降り注ぐ極彩色の雨を身に受けながら祈りを捧げることは至上の喜びであり、信者達にとって一種の通過儀礼となっているのだ。
そのためラドカルミア王国から教皇領までの街道はきちんと整備されており、行きと帰りの馬車がすれ違えるように道幅も広い。さらにそこを通る信者達を野盗や野生動物から守るために戦闘技術を学んだ修道士である聖堂騎士が巡回している。巡礼に訪れる信者達、彼らの布施はローティス教団にとって大切な財源である。無論、布施を払えないような貧しい者でも志を同じくする同志。礼拝を望む全ての者をローティス教は手厚く保護する。
以上のことから、勇者一行の道のりはいたって平和であった。馬の体力を鑑みて定期的に休憩を入れつつも、流れる景色を呆と眺める代わり映えのしない時間。退屈こそが最大の障害と言えるのかもしれない。話題の数にも限界がある。
そんな平穏な旅路、その三日目の朝のことである。
「なぁ、いいだろ?とりあえず一回だけ!な?」
朝を告げる小鳥達の囀りに懇願が混じった。懇願されている方はむぅと唸って顔を顰めている。
「んー……どしたん?」
その喧騒に黒髪の勇者が寝ぼけ眼を擦りつつ起床した。
街道脇の拓けたスペースに馬車は停められ、一同はその陰で火を焚いて一夜を明かした。教皇領までの街道にはこういった野営のための広場が点々と設けられており、巡礼者が野営場所を探してさまよう心配をすることはない。
「昨日と一緒よ」
ぶっきらぼうに答えたのはセラ。ユウと同じく彼女もこの喧騒で起きたらしく中空を睨む双眸がすこぶる不機嫌な様子を示している。基本的に彼女の寝起きはとても悪いのだ。
「あぁ、昨日の……」
騒動の原因に思い至ったユウは、気持ちよさそうに泳ぐ頭上の雲に向けて大欠伸を一つ。見るともなしに街道のど真ん中で向き合う二人を眺めた。
事の発端は昨日の早朝。いつものようにレイが日課の筋力トレーニングと型の演舞を終えた時に起きた。勤勉な騎士はいついかなる時もその鍛錬を欠かさない。ラドカルミア王国最強と名高い一の騎士団という肩書きはその弛まぬ努力によって維持、研鑽されているのだ。
ユウとセラにとってはもはや見慣れたその鍛錬の風景だが、それを初めて目にする赤髪の少女には大きな衝撃を与えたようだった。
――すげぇ……これが、魔族との戦争で常に最前線に立つラドカルミア王国の精鋭部隊、一の騎士団か……。
武術の心得のほとんどないセラとユウには、レイの型の演舞がすごいということは理解できてもどこがどう、とは説明できない。その動きを実現するためにどれほどの労力が伴うのかも。しかし自身もまた腕に覚えのあるディナにはまた違った見え方をしたようだった。達人でなければ理解できぬ雲上の境地、ディナが受けた衝撃はユウとセラが受けたそれを遥かに上回っていた。
そして次にディナが発した言葉も余人には理解できぬものだった。
――あたしと組手をしてくれ!
ローティス教はラドカルミア王国のほぼ全ての民の倫理を柱となって支えている。信仰などと大仰に考えなくとも常日頃の生活にその教えは根付いているのだ。いわば国民全員が信者だと言っていい。その中でも自分はローティス教の信者だと公言するような熱心な信徒は必ず教皇領の中心に鎮座するニバノス大聖堂への礼拝を望む。その大伽藍で巨大なステンドグラスから降り注ぐ極彩色の雨を身に受けながら祈りを捧げることは至上の喜びであり、信者達にとって一種の通過儀礼となっているのだ。
そのためラドカルミア王国から教皇領までの街道はきちんと整備されており、行きと帰りの馬車がすれ違えるように道幅も広い。さらにそこを通る信者達を野盗や野生動物から守るために戦闘技術を学んだ修道士である聖堂騎士が巡回している。巡礼に訪れる信者達、彼らの布施はローティス教団にとって大切な財源である。無論、布施を払えないような貧しい者でも志を同じくする同志。礼拝を望む全ての者をローティス教は手厚く保護する。
以上のことから、勇者一行の道のりはいたって平和であった。馬の体力を鑑みて定期的に休憩を入れつつも、流れる景色を呆と眺める代わり映えのしない時間。退屈こそが最大の障害と言えるのかもしれない。話題の数にも限界がある。
そんな平穏な旅路、その三日目の朝のことである。
「なぁ、いいだろ?とりあえず一回だけ!な?」
朝を告げる小鳥達の囀りに懇願が混じった。懇願されている方はむぅと唸って顔を顰めている。
「んー……どしたん?」
その喧騒に黒髪の勇者が寝ぼけ眼を擦りつつ起床した。
街道脇の拓けたスペースに馬車は停められ、一同はその陰で火を焚いて一夜を明かした。教皇領までの街道にはこういった野営のための広場が点々と設けられており、巡礼者が野営場所を探してさまよう心配をすることはない。
「昨日と一緒よ」
ぶっきらぼうに答えたのはセラ。ユウと同じく彼女もこの喧騒で起きたらしく中空を睨む双眸がすこぶる不機嫌な様子を示している。基本的に彼女の寝起きはとても悪いのだ。
「あぁ、昨日の……」
騒動の原因に思い至ったユウは、気持ちよさそうに泳ぐ頭上の雲に向けて大欠伸を一つ。見るともなしに街道のど真ん中で向き合う二人を眺めた。
事の発端は昨日の早朝。いつものようにレイが日課の筋力トレーニングと型の演舞を終えた時に起きた。勤勉な騎士はいついかなる時もその鍛錬を欠かさない。ラドカルミア王国最強と名高い一の騎士団という肩書きはその弛まぬ努力によって維持、研鑽されているのだ。
ユウとセラにとってはもはや見慣れたその鍛錬の風景だが、それを初めて目にする赤髪の少女には大きな衝撃を与えたようだった。
――すげぇ……これが、魔族との戦争で常に最前線に立つラドカルミア王国の精鋭部隊、一の騎士団か……。
武術の心得のほとんどないセラとユウには、レイの型の演舞がすごいということは理解できてもどこがどう、とは説明できない。その動きを実現するためにどれほどの労力が伴うのかも。しかし自身もまた腕に覚えのあるディナにはまた違った見え方をしたようだった。達人でなければ理解できぬ雲上の境地、ディナが受けた衝撃はユウとセラが受けたそれを遥かに上回っていた。
そして次にディナが発した言葉も余人には理解できぬものだった。
――あたしと組手をしてくれ!
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