剣が振れなくても世界を救えますか?~勇者として召喚されたのは非力な女の子でした~

noyuki

文字の大きさ
70 / 115
天に吠える狼少女

第二章 紅髪の異端審問官・10

しおりを挟む
 ディナが言うには、自分と同程度かそれ以上の練習相手をずっと探していたそうだ。教皇領ではそもそも戦闘技術を持つ者の絶対数が少ないために条件に合う相手がいないらしい。

 しかしレイはそれに渋面を示した。もともとレイの技は対魔族を想定したものであり人間用ではないということもあるが、それ以上に事故のリスクを考えると早々はいと頷けるようなことではなかった。ディナの技量はセルフィリアの屋敷での一件でレイも承知している。その技術の高さを知っているが故、組手と言えど相当なハイレベルなものになることが予想される。なればこそ、もし事故が起きた場合、お互いに大怪我をしかねない。実戦形式の訓練も大事ではあるが、それで戦えなくなっては元も子もないのだ。

 そういうこともあってレイは組手を拒否した。しかし馬車の休憩中にもディナはしつこくレイに迫り、そして今も、である。

「頼む!あんただって一人で鍛錬するより二人でやった方がいい鍛錬になるだろ?」

「そうかもしれんが、しかしなぁ……」

「あんたほどのやつと手合わせできる機会なんて早々ねぇんだ。稽古をつけてやると思って、この通り!」

 何が彼女をそこまでさせるのか、ディナは両手を合わせてレイに懇願する。ユウ達以外にこの光景を見ている者がいるわけではないが、あまり対外的によろしくないような懇願の仕方になってきたのでレイがどうしたものかと視線をさまよわせる。

「やってあげなさいよ」

 動かした視線が凄まじく不機嫌な視線とぶつかった。

「朝からキャンキャン……うるさいのよ」

 一般的に、美人であればあるほどその表情に怒りが浮かんだときに恐ろしく見えるという。

「ひぇ……」

 間近でその横顔を目にしたユウが一歩分、背後に後退した。実際のところ、セラはそこまで怒ってはいない。ただ寝起き故まだ焦点の定まらない視界を安定させるために細めた眼と、活力が入っていないせいで低くなった声色がドスが効いているようにも聴こえるのだ。なにより、その均整のとれた顔だちは彼女の感情を必要以上に表現する。もしかしたら、それを本人も分かっているからこそ普段は仏頂面を保とうとしているのかもしれない。

 その悪鬼の双眸を向けられたレイとディナは二人してひくりと頬を痙攣させたが、ディナの方は助力を得たとばかりにレイに詰め寄る。

「セラもそう言ってることだしさ。それに、女の誘いを断るなんていい男のすることじゃないだろ?」

「いい女は自分から誘ったりはしないと思うがな。まぁいい、分かった。分かったから。一回だけだぞ」

「やりぃ!」

 ディナはガッツポーズをすると、軽快なフットワークでレイと距離をとった。お互いすでに基本的なトレーニングは終えており身体は暖まっている。準備運動は必要ない。

 ディナに続いて拳を構えたレイに怪訝な表情が向けられた。

「おいおい、あんたの得物はその剣だろ。抜けよ。盾もな」

 そう言ってレイの背に収納された長剣と盾を顎でしゃくる。

「……正気か?」

 信じられない言葉にレイが聞き返す。それは儀礼用の刃のない模造刀などではないのだ。いや、仮にそうだとしても武器があるかないかで戦力差は大きく変わる。ただでさえレイの方が身体が大きく、その分リーチが長く有利だと言うのにそのうえ剣など持てば、リーチの違いで徒手空拳のディナには圧倒的に不利だ。

「組手とはいえ手加減されるのは嫌いでね。それに、あたしはこれが自然体だがあんたの自然体はそれだ。お互い無手じゃフェアじゃない」

 そう言って彼女は不適に笑みを浮かべた。燃えるような紅の髪が昇り始めたばかりの太陽の光を反射して揺らめく。稽古をつけてやると思って、と先ほどディナは言った。だがその獣のような瞳にはありありと勝利する意思が感じ取れた。彼女は素手の格闘技術で武装したレイに勝つつもりでいる。

「……………」

 その意思を読み取ったレイは、無言で背中から長剣ロングソードを抜き、盾を構えた。息を細く、長く吸い早朝の澄んだ大気で体内を満たす。そしてふっと鋭く無駄な分の空気を吐き出すとど同時、騎士の眼差しが変わった。先ほどまでの弛緩した雰囲気が一瞬にして霧散し、糸を張ったような緊張感が街道に満ちた。右手の盾を前方に、腰は低く、長剣は背後に回し盾の陰に隠すように構える。レイの臨戦態勢。剣を抜く以上、もはや遊びや冗談では済まされない。一瞬の油断が、一時の慢心が大事故へと繋がる。その腕にかかる重みは命を奪う凶器の重みなのだ。

「――じゃ、お先にッ」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

処理中です...