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天に吠える狼少女
第二章 紅髪の異端審問官・12
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その呟きにディナは眉を顰め、
「おいおい、これでもローティス教の異端審問官だぜ。練魔行じゃくて、練命行って言ってくれ」
そしてまだまだこれからと右腕を前に出して構え直す。その腕、さきほどレイの長剣の一撃を弾いた場所は血どころか服が裂けてもいない。無論、衣服の下に仕込まれた鉄板が露出しているというわけでもない。
練魔行、もとい練命行は極めて会得者の少ない秘儀である。その本質は魔法以外での魔力の有効利用にある。生命力たる魔力を自身の身体の一部分に集中、筋力や皮膚の硬度など肉体を一時的に賦活する。それは魔法以上に繊細な魔力操作であり、極めた者は一瞬だけ魔力の防壁を纏うことで自身の硬化した皮膚と合わせて刃すらも弾くという。
だがこの練命行、ほんの少し魔力の調整を誤っただけで破滅へと至る危険を孕んでいる。というのも、基本的に肉体に作用する魔法は禁忌とされているからだ。用いれば魂の形が歪み、生き物としての形を維持できなくなると言われている。錬命行はその境界線を越えないギリギリに位置する。変化ではなく引き出す。その者の持つ潜在能力を引き出すことが練命行の極意。つまり潜在能力が高くなければまともに効果を実感することはできないということだ。
その潜在能力を高めるために、練命行を修めんとする者は自身の肉体を限界まで責め抜くと言う。その修行はまさしく苦行だ。魔力の認識という魔法師の第一歩を踏み出しておきながら、それの修行ではなく肉体の鍛錬に生涯の多くを費やすことになる。それをいったいどれほどの者が看過しえようか。
しかしレイの目の前にはその地獄の責め苦を耐え抜いた少女が確かにいる。修道服のような衣装の下にはその証拠たる極限まで絞り込まれた肉体が秘められているに違いない。女の身、それもその歳で異端審問官という職に就いているのだから何かしら理由があるのだとは思っていたが、まさか錬魔行、もとい練命行とは。
なお自然であることを主教義とするローティス教は魔法というものをあまり好ましく思っていない。魔力によって自然に干渉し、通常はあり得ざる事象を引き起こすのが魔法であるからだ。しかし、今や人々の生活を支える重要な技術となりつつある魔法を頭ごなしに否定したりはしない。それはいわば火と同じ物。それがなければ人々は未だに夜の闇に怯え動物的な生活を送っていただろうが、それを得たが故に多くの森が焼かれ、多くの命が失われることになった。魔法も同じ、人々の生活を豊かにもするし容易く人の命を奪いもする。安易な使用は控えるべき、というのがローティス教の見解だ。
故にディナは自分の技術を練命行と呼称することに拘る。曲がりなりにも異端審問官、体裁の問題だ。
(……ふむ)
ディナの会得している技術が分かったところで、レイはどうやってこの場を収めるか考えた。寸止めを考えた速度で剣を振るえば練命行による硬化で防がれて有効打にならない。かといってディナが感知しえないほどの速度とタイミングで、つまり練命行が発動するよりも速く剣を振るえば寸止めはできない。寸止め前提、そんな生半可な攻撃が通るほどディナは甘くない。
彼女は強い。しかし手心を加えたり自ら負けを認めれば彼女は怒るだろうし、武闘家としての自尊心を傷つけてしまうかもしれない。やると言ったからには全力で勝ちにいかなければ彼女に失礼だ。
それにもちろん、レイにも一の騎士団としての誇りがある。例え組手と言えど、ラドカルミア最強の精鋭部隊がそうそう負けるわけにはいかないのだ。
「じゃあ、そろそろもっかいいくぜッ!」
再びディナが疾駆、レイが反射的に盾を構えた。また盾を押しのけてくるようなら今度はその前に盾で体勢を崩す。
しかしまた盾まで肉薄したディナはそのまま右腕を振りかぶり攻撃体勢に入った。盾という体術で打ち砕くにはあまりにも強固な守りに狙いを定め、全霊の一撃を叩き込む。
「斥ッ!!」
裂帛の気合いと共に放たれた掌底を盾が受け止める。厳密には、受け止めたかに思われた。
衝撃は盾ではなくその後ろ、盾で隠れているはずのレイの胸を打った。大きなダメージになるようなものではなかったにしろ、予想だにしない衝撃にさしものレイも一瞬呼吸が止まり、体勢を崩して後ろへと後ずさる。
(魔力を飛ばしたのか――!)
盾を隔てて胸を打ったその攻撃の正体を、直感的にレイは悟る。その不可視の打撃は呪文もなしにただ放たれた魔力の塊だ。ある意味魔法師以上に魔力の扱いに長けた彼女だからこそできる芸当。物質的な障害を透過し、実際の打撃からワンテンポ遅れて顕現する打撃の前では盾は意味を為さない。
下がるレイにディナが追い縋る。追撃を行わせないために、不安定な姿勢ながらも放たれた長剣の突きをレイの右側面に回り込むように回避、常に盾に密着する形、常にレイの死角に移動する動き。
「斥ッ!!」
再び盾越しの一撃、見えざる拳がレイの肩を打ち、盾を持つ右腕が衝撃に引かれる。それに合わせてディナはさらに肉薄。内に入れば入るほど長剣はその大きさが仇になり振れなくなる。対してインファイトこそディナの徒手空拳がもっとも生きる距離。
故にレイは――
「――ッ!?」
「おいおい、これでもローティス教の異端審問官だぜ。練魔行じゃくて、練命行って言ってくれ」
そしてまだまだこれからと右腕を前に出して構え直す。その腕、さきほどレイの長剣の一撃を弾いた場所は血どころか服が裂けてもいない。無論、衣服の下に仕込まれた鉄板が露出しているというわけでもない。
練魔行、もとい練命行は極めて会得者の少ない秘儀である。その本質は魔法以外での魔力の有効利用にある。生命力たる魔力を自身の身体の一部分に集中、筋力や皮膚の硬度など肉体を一時的に賦活する。それは魔法以上に繊細な魔力操作であり、極めた者は一瞬だけ魔力の防壁を纏うことで自身の硬化した皮膚と合わせて刃すらも弾くという。
だがこの練命行、ほんの少し魔力の調整を誤っただけで破滅へと至る危険を孕んでいる。というのも、基本的に肉体に作用する魔法は禁忌とされているからだ。用いれば魂の形が歪み、生き物としての形を維持できなくなると言われている。錬命行はその境界線を越えないギリギリに位置する。変化ではなく引き出す。その者の持つ潜在能力を引き出すことが練命行の極意。つまり潜在能力が高くなければまともに効果を実感することはできないということだ。
その潜在能力を高めるために、練命行を修めんとする者は自身の肉体を限界まで責め抜くと言う。その修行はまさしく苦行だ。魔力の認識という魔法師の第一歩を踏み出しておきながら、それの修行ではなく肉体の鍛錬に生涯の多くを費やすことになる。それをいったいどれほどの者が看過しえようか。
しかしレイの目の前にはその地獄の責め苦を耐え抜いた少女が確かにいる。修道服のような衣装の下にはその証拠たる極限まで絞り込まれた肉体が秘められているに違いない。女の身、それもその歳で異端審問官という職に就いているのだから何かしら理由があるのだとは思っていたが、まさか錬魔行、もとい練命行とは。
なお自然であることを主教義とするローティス教は魔法というものをあまり好ましく思っていない。魔力によって自然に干渉し、通常はあり得ざる事象を引き起こすのが魔法であるからだ。しかし、今や人々の生活を支える重要な技術となりつつある魔法を頭ごなしに否定したりはしない。それはいわば火と同じ物。それがなければ人々は未だに夜の闇に怯え動物的な生活を送っていただろうが、それを得たが故に多くの森が焼かれ、多くの命が失われることになった。魔法も同じ、人々の生活を豊かにもするし容易く人の命を奪いもする。安易な使用は控えるべき、というのがローティス教の見解だ。
故にディナは自分の技術を練命行と呼称することに拘る。曲がりなりにも異端審問官、体裁の問題だ。
(……ふむ)
ディナの会得している技術が分かったところで、レイはどうやってこの場を収めるか考えた。寸止めを考えた速度で剣を振るえば練命行による硬化で防がれて有効打にならない。かといってディナが感知しえないほどの速度とタイミングで、つまり練命行が発動するよりも速く剣を振るえば寸止めはできない。寸止め前提、そんな生半可な攻撃が通るほどディナは甘くない。
彼女は強い。しかし手心を加えたり自ら負けを認めれば彼女は怒るだろうし、武闘家としての自尊心を傷つけてしまうかもしれない。やると言ったからには全力で勝ちにいかなければ彼女に失礼だ。
それにもちろん、レイにも一の騎士団としての誇りがある。例え組手と言えど、ラドカルミア最強の精鋭部隊がそうそう負けるわけにはいかないのだ。
「じゃあ、そろそろもっかいいくぜッ!」
再びディナが疾駆、レイが反射的に盾を構えた。また盾を押しのけてくるようなら今度はその前に盾で体勢を崩す。
しかしまた盾まで肉薄したディナはそのまま右腕を振りかぶり攻撃体勢に入った。盾という体術で打ち砕くにはあまりにも強固な守りに狙いを定め、全霊の一撃を叩き込む。
「斥ッ!!」
裂帛の気合いと共に放たれた掌底を盾が受け止める。厳密には、受け止めたかに思われた。
衝撃は盾ではなくその後ろ、盾で隠れているはずのレイの胸を打った。大きなダメージになるようなものではなかったにしろ、予想だにしない衝撃にさしものレイも一瞬呼吸が止まり、体勢を崩して後ろへと後ずさる。
(魔力を飛ばしたのか――!)
盾を隔てて胸を打ったその攻撃の正体を、直感的にレイは悟る。その不可視の打撃は呪文もなしにただ放たれた魔力の塊だ。ある意味魔法師以上に魔力の扱いに長けた彼女だからこそできる芸当。物質的な障害を透過し、実際の打撃からワンテンポ遅れて顕現する打撃の前では盾は意味を為さない。
下がるレイにディナが追い縋る。追撃を行わせないために、不安定な姿勢ながらも放たれた長剣の突きをレイの右側面に回り込むように回避、常に盾に密着する形、常にレイの死角に移動する動き。
「斥ッ!!」
再び盾越しの一撃、見えざる拳がレイの肩を打ち、盾を持つ右腕が衝撃に引かれる。それに合わせてディナはさらに肉薄。内に入れば入るほど長剣はその大きさが仇になり振れなくなる。対してインファイトこそディナの徒手空拳がもっとも生きる距離。
故にレイは――
「――ッ!?」
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