剣が振れなくても世界を救えますか?~勇者として召喚されたのは非力な女の子でした~

noyuki

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天に吠える狼少女

第三章 自然と共に生きる者達・10

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「親父!」

 見かねたディナが割って入る。

「確かに“勇者特区”にいるのは無理矢理連れて来られた罪人だ。だがあたしはこの目で見てきた。罪人でも、小鬼族ゴブリンとよくやってたよ。前にいた収容所よりこっちの方がいいって言うやつがほとんどだ。小鬼族達も自分達の境遇には満足してるように見えた。それに、親父達が来てくれれば教皇は“魔族”という言葉を撤廃するつもりなんだ。小鬼族は小鬼族、狼人族ウルフェンは狼人族。魔族って一纏めにするんじゃなくて、仲良くできるやつはいるってな!そしたら、狼人族と交流するために“勇者特区”にも罪人以外の人が集まり始めるさ!」

 最初はただの好奇心でいい。あるいは金儲けのためでもいい。そういった酔狂な者や強欲な者が関わり、狼人族が人間と何ら変わらない精神性を持っていると知ってもらうことができれば徐々に偏見は解けていくはずだ。もちろんそれにはローティス教も全面的に協力するだろう。

「そうはいうがな」

 テヴォはその獣の眼光で真っすぐにユウの黒瞳を覗き込む。

「俺達は魔族領から逃げてきた。支配するのもされるのもごめんだ。俺たちゃあ自然に生きてぇんだ。陽と共に目覚め、森の獣を狩り腹を満たし、湧き水で喉を潤し、月明かりの下で踊る。そんな暮しがその“勇者特区”とやらでできるのかい。人間にこうしろああしろだなんて命令されるんじゃねぇのか。罪人への罰のように」

 実際、そこですでに暮している小鬼族には鉱山労働が義務付けられている。完全に自由かと問われればそれは否だ。

「意固地になんのも――!」

 いい加減にしろとディナが口にしようとして、その言葉がすんでの所で飲み込まれた。

「てめぇは黙ってろ。俺はその“勇者特区”を作った勇者に訊いてんだ」

 いつの間にか、場に満たされた空気が変わっていた。ここではテヴォに許可されなくては何一つ喋ってはならない。ピンと糸が張ったような緊張感。族長という肩書きが持つ威厳と重みが生み出した空間。彼の判断一つがこの集落の全ての狼人族の命運を左右するのだ。この場では一切の嘘は許されず、曖昧であることも許されない。

「……何かしらの仕事をしてもらうことにはなる。でも、その報酬は払う」

 その言葉に族長ははんっと鼻で笑う。

「報酬だぁ?俺たちゃ森がありゃ何もいらねぇんだ。若いやつが森から出たがるのはただの好奇心さ。それが満たさりゃすぐにまた元の生活が恋しくなる。誰かに言われてしたくもねぇことをさせられるなんざ、魔族領にいるのとなんら変わらねぇ。命令してくるのが上位魔族か人間かって違いだけだ。それなら、多少若ぇのには窮屈でも今のままここで暮らしていく方がいい。今のまま、ここで自由に」

 自由。彼らが望むものがそれなら、おそらくそれは人間領の中にはない。もちろん、“勇者特区”にも。

 親父がここまで頑固だとは思わなかった。ディナは内心でそう思う。ディナ自身理解が甘かったのかもしれない。この狼人族達がどんな想いでこんな人間領の奥深くへと逃げ延びてきたのか。彼らに育てられ、彼らと志は同じと思っていたディナだが、彼らが魔族領にいた時の事は知らない。

 ユウはこれに何と言うだろうか。そう思ってディナが勇者の表情を窺うと、

「――その自由がおっちゃんの求めるもんなら、そんなん“勇者特区”にはあらへんし、これからもないよ。うちが作りたいのはそんな場所やない」

 驚くほど真摯で、透き通った瞳が族長の視線を受け止めていた。

「うちは狼人族を匿ってあげるためにここに来たわけやあらへん。一緒に手を取り合って生きていくためにここに来てん。最初にそう言うたやんか」

「なんだと?」

「おっちゃんの言う自由は、自分達だけが生きていく話やんか。そうやなくて、他の種族ひとのためになんかして、自分達が困った時は相手にも助けてもらう。めっちゃ困るようなことが起きたら、皆でそれに立ち向かう。自分らだけやなくて、皆で生きていく。うちが作りたいのはそういう場所や。そのために協力してくれんかって頼みに来とんねん。あんたらのこと守ったりますよって、そんな偉そうなこと言いにきてへんよ!」
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