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天に吠える狼少女
第四章 招かれざる者・2
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「それで、今日はどうするん?」
さくらもちを抱え上げてユウは問う。昨日宴で“勇者特区”への移住の件は周知されたが、まだ具体的に何人が移住するかなどは聞いていない。
「とりあえず皆にも考える時間がいる。それに、移住するやつらをバレないように“勇者特区”へ連れていくための馬車の用意もいるな。それは教皇がなんとかしてくれるだろうが、そのためにもあたし達は一旦教皇のいる大聖堂区まで行くか」
まだ少し不満げな様子のディナが今後の展望を話す。
「バレちゃアカンの?」
「一応な。親父みたいにここに残るって連中もいる。そういうやつらはなるべくそっとしておきたい。バレない限りはここで暮らしてればいいさ」
目下彼らにとって最大の危惧は、外に出ることを望む若者が捕まり、この集落の存在が人間にバレることだ。教皇が手を回したとしても、大っぴらに狼人族は敵ではないと言えない内はいずれ討伐隊が組まれる。そうなれば狼人族達はこの場所を離れざるをえなくなる。
本音を言えばこの集落の全員が“勇者特区”に移住してくれるのが一番都合がいい。ラドカルミア王国内にある“勇者特区”ならば、何かあったとしても最悪魔族領に逃げ延びるという選択肢もとれるからだ。人間領のただ中である教皇領大森林保護区では逃げ場がない。であれば、相変わらず隠し通すしかない。ラドカルミアが魔族を匿っていると糾弾する声があれば、ローティス教がそれとなく手を回そう。かつて教皇がアムディール枢機卿に言ったように、自ずから瓦解するまでは手を出すべきではないと。それで時間は稼げよう。
「で、いつ出るよ?」
「お腹減った」
「じゃあお昼食べてからかしらね」
と、一同が今日の予定を確認した。ちょうどその時だった。
アオォォォォン――
どこからか聴こえた遠吠え。それが聴こえた瞬間、ディナと周囲の狼人族達が一斉に表情を険しくして作業の手を止めた。
「女共は子供を連れて奥へ引っ込めェッ!男共は集まれェッ!」
緊迫した声色で指示を飛ばしながら、族長のテヴォが声色と同じ表情でユウ達のいた集落の中心、広場へと出てきた。昨夜の宴もここで行われた。だが今やこの空間には昨日の陽気さとは真逆の張りつめた緊張感が満ち満ちている。ただならぬ様子にユウ達にもその緊張が伝播、レイが説明を求めてディナの険しい横顔を窺う。
「……今の遠吠えは、緊急事態を報せるものだ。村に大型の獣が入り込んだか、あるいは――」
戦える狼人族の男衆十名ほど、それ加えて族長のテヴォ、そしてディナ、ユウ、レイ、セラの人間四人。戦えぬ女子供はすぐさま遠吠えが聴こえた方向と真逆に逃げた。避難は極めて迅速。森で暮らす以上、危険はいつだって隣り合わせだ。緊急時に速やかに動けぬようでは生きていけない。
「――妙な匂いがしやがるなぁ」
その鋭敏な鼻をひくつかせてテヴォが呟いた。彼らの嗅覚は人間のそれを大きく上回る。それによって危険を事前に察知し、回避して彼らは生きてきた。高い戦闘能力を持つ狼人族だが、基本的には戦闘は避ける。しかし集落まで攻め込まれれば話は別だ。生活の拠点はそう簡単には変えられない。
臨戦態勢の族長達の様子を見てとって、レイは一旦屋内へと引っ込んだ。愛用の長剣と盾をむんずと掴んで外に出ると、族長に駆け寄る一人の狼人族の姿を見咎める。おそらく先の遠吠えの主。集落の警備を担う者だ。彼から何事か説明を受けたテヴォはその黄色の瞳をスッと細めた。
「……ディナ、お前の知り合いらしいぞ」
「ああ?」
怪訝な表情をした若い異端審問官だが、族長の見据える方に目をやるとすぐに納得と、怒りの表情がその顔面に浮かんだ。
さくらもちを抱え上げてユウは問う。昨日宴で“勇者特区”への移住の件は周知されたが、まだ具体的に何人が移住するかなどは聞いていない。
「とりあえず皆にも考える時間がいる。それに、移住するやつらをバレないように“勇者特区”へ連れていくための馬車の用意もいるな。それは教皇がなんとかしてくれるだろうが、そのためにもあたし達は一旦教皇のいる大聖堂区まで行くか」
まだ少し不満げな様子のディナが今後の展望を話す。
「バレちゃアカンの?」
「一応な。親父みたいにここに残るって連中もいる。そういうやつらはなるべくそっとしておきたい。バレない限りはここで暮らしてればいいさ」
目下彼らにとって最大の危惧は、外に出ることを望む若者が捕まり、この集落の存在が人間にバレることだ。教皇が手を回したとしても、大っぴらに狼人族は敵ではないと言えない内はいずれ討伐隊が組まれる。そうなれば狼人族達はこの場所を離れざるをえなくなる。
本音を言えばこの集落の全員が“勇者特区”に移住してくれるのが一番都合がいい。ラドカルミア王国内にある“勇者特区”ならば、何かあったとしても最悪魔族領に逃げ延びるという選択肢もとれるからだ。人間領のただ中である教皇領大森林保護区では逃げ場がない。であれば、相変わらず隠し通すしかない。ラドカルミアが魔族を匿っていると糾弾する声があれば、ローティス教がそれとなく手を回そう。かつて教皇がアムディール枢機卿に言ったように、自ずから瓦解するまでは手を出すべきではないと。それで時間は稼げよう。
「で、いつ出るよ?」
「お腹減った」
「じゃあお昼食べてからかしらね」
と、一同が今日の予定を確認した。ちょうどその時だった。
アオォォォォン――
どこからか聴こえた遠吠え。それが聴こえた瞬間、ディナと周囲の狼人族達が一斉に表情を険しくして作業の手を止めた。
「女共は子供を連れて奥へ引っ込めェッ!男共は集まれェッ!」
緊迫した声色で指示を飛ばしながら、族長のテヴォが声色と同じ表情でユウ達のいた集落の中心、広場へと出てきた。昨夜の宴もここで行われた。だが今やこの空間には昨日の陽気さとは真逆の張りつめた緊張感が満ち満ちている。ただならぬ様子にユウ達にもその緊張が伝播、レイが説明を求めてディナの険しい横顔を窺う。
「……今の遠吠えは、緊急事態を報せるものだ。村に大型の獣が入り込んだか、あるいは――」
戦える狼人族の男衆十名ほど、それ加えて族長のテヴォ、そしてディナ、ユウ、レイ、セラの人間四人。戦えぬ女子供はすぐさま遠吠えが聴こえた方向と真逆に逃げた。避難は極めて迅速。森で暮らす以上、危険はいつだって隣り合わせだ。緊急時に速やかに動けぬようでは生きていけない。
「――妙な匂いがしやがるなぁ」
その鋭敏な鼻をひくつかせてテヴォが呟いた。彼らの嗅覚は人間のそれを大きく上回る。それによって危険を事前に察知し、回避して彼らは生きてきた。高い戦闘能力を持つ狼人族だが、基本的には戦闘は避ける。しかし集落まで攻め込まれれば話は別だ。生活の拠点はそう簡単には変えられない。
臨戦態勢の族長達の様子を見てとって、レイは一旦屋内へと引っ込んだ。愛用の長剣と盾をむんずと掴んで外に出ると、族長に駆け寄る一人の狼人族の姿を見咎める。おそらく先の遠吠えの主。集落の警備を担う者だ。彼から何事か説明を受けたテヴォはその黄色の瞳をスッと細めた。
「……ディナ、お前の知り合いらしいぞ」
「ああ?」
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