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天に吠える狼少女
第四章 招かれざる者・5
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「セッちゃん放してッ!シェサを助けんと!」
「貴女が行ったところでどうにかなる話でもないのよッ!」
もがいて腕を振り払おうとするユウを必死でセラは繋ぎとめた。そう、状況はユウが行ったところでどうにもならない。聖堂騎士達にとって人質は生命線。確実に安全が確保されるまで手放しはしまい。そして人間であるユウに狼人族に対する牽制効果は少ないと彼らは思っているはずだ。故に人質の交換はできず、行けばただ殺されるだけ。
どうすればいい。暴れるユウを押さえつけながら、セラは考えた。そしてふと、前にいるテヴォと目が合った。
「……お互い苦労するな」
その黒い毛に覆われた顔に苦笑が浮かんでいるのを見てとり、セラは困惑した。なぜこんな時に、そんな表情を……。
そしてテヴォは、さらに一歩前へ。
「それ以上近づいてみろ……こいつの命はないぞ!」
震える声、震える手でナイフがシェサの首筋に押し当てられる。毛皮越しに刃物の冷たい感触を感じてシェサはくぐもった呻きを漏らした。もう泣く気力もない。ナイフの冷たさが首を通して全身に伝わりガタガタと身体が震えだす。怖い、痛い、寒い――
立ち止まったテヴォは、シェサのその様子にスッと目を細めるとやおらその場に両膝をついた。
「そいつを放してやってくれ。俺はこの集落の族長だ。人質なら俺がなる」
「ば、馬鹿を言え!貴様が人質になど――」
「暴れるのが怖いってぇなら、ここで両腕を斬り落とす。あんたらには無理でも、後ろの勇者の護衛ならすっぱりやってくれる」
確かにレイの長剣とその技量ならばそれは容易い。容易い、が。
「頼む。何なら、片足の腱も斬っちまえばいい。それなら逃げようもない。なぁに、それぐらいじゃ死にゃあしねぇよ。こちとら人間と違って頑丈なんだ」
そして、両腕を上げて頭を下げる。
いつかどこかで見たような光景にレイは息を飲んだ。かつて聖堂騎士達の場所に、自分はいた。
「そいつはまだ子供だ。これからなんだ。だから頼む。殺さないでくれ」
喧騒に満ちていたその場がいつの間にか静まり返っていた。人間に懇願する族長の後ろ姿を見やる他の狼人族は固唾を飲んでその光景を見やり、激怒していたユウもテヴォの覚悟にあてられて押し黙る。
「親父……」
今まで見たことのない父の一面に、ディナもそれ以上の言葉が出てこない。魔族領が逃げ、安住の地を求めて人間領までやってきた狼人族。人間領という四面楚歌の環境で同胞達を不安がらせることなくまとめてきた族長。覚悟なしでは務まらない。その重責、その重荷。娘は父の大きな背中が背負い続けてきたものの一端を垣間見た。
「う……あっ……」
頭を下げられた聖堂騎士は言葉にならない呻きを漏らし、二の句が継げないでいる。魔族に頭を下げられるというあり得ざる光景に、脳の処理が追いついていない。その感覚はレイにはよく分かる。
そのときだった。
――やめなさい
どこからともなく声が響いた。心臓に氷を押し当てられたような怖気を誘う冷たい声色。
次いで聴こえてきた文字にすることのできない奇妙で奇怪な音に誰よりも早く反応したのは魔法師であるセラだった。
「伏せてッ!!」
咄嗟にセラがユウを伴って倒れ込むように地面に身を投げ出した。ほぼほぼ条件反射でレイもそれに続いた刹那。
――〈見えざる刃、舞え〉
ぶぉんという何かが空を裂く音。その音を耳にした人間で、以降の光景を見ることができたのは狼人族側にいる四名だけだった。
「――え?」
突然拘束が解かれたシェサが何が起こったのか分からずに呆然と声を漏らす。視界には同じような表情でこちらを見やるテヴォ達。
そして背後で何かが倒れる音が十ほど聴こえた。恐る恐る後ろを振り向くと――
「う、あ――」
地に転がった首と、目が合った。
「貴女が行ったところでどうにかなる話でもないのよッ!」
もがいて腕を振り払おうとするユウを必死でセラは繋ぎとめた。そう、状況はユウが行ったところでどうにもならない。聖堂騎士達にとって人質は生命線。確実に安全が確保されるまで手放しはしまい。そして人間であるユウに狼人族に対する牽制効果は少ないと彼らは思っているはずだ。故に人質の交換はできず、行けばただ殺されるだけ。
どうすればいい。暴れるユウを押さえつけながら、セラは考えた。そしてふと、前にいるテヴォと目が合った。
「……お互い苦労するな」
その黒い毛に覆われた顔に苦笑が浮かんでいるのを見てとり、セラは困惑した。なぜこんな時に、そんな表情を……。
そしてテヴォは、さらに一歩前へ。
「それ以上近づいてみろ……こいつの命はないぞ!」
震える声、震える手でナイフがシェサの首筋に押し当てられる。毛皮越しに刃物の冷たい感触を感じてシェサはくぐもった呻きを漏らした。もう泣く気力もない。ナイフの冷たさが首を通して全身に伝わりガタガタと身体が震えだす。怖い、痛い、寒い――
立ち止まったテヴォは、シェサのその様子にスッと目を細めるとやおらその場に両膝をついた。
「そいつを放してやってくれ。俺はこの集落の族長だ。人質なら俺がなる」
「ば、馬鹿を言え!貴様が人質になど――」
「暴れるのが怖いってぇなら、ここで両腕を斬り落とす。あんたらには無理でも、後ろの勇者の護衛ならすっぱりやってくれる」
確かにレイの長剣とその技量ならばそれは容易い。容易い、が。
「頼む。何なら、片足の腱も斬っちまえばいい。それなら逃げようもない。なぁに、それぐらいじゃ死にゃあしねぇよ。こちとら人間と違って頑丈なんだ」
そして、両腕を上げて頭を下げる。
いつかどこかで見たような光景にレイは息を飲んだ。かつて聖堂騎士達の場所に、自分はいた。
「そいつはまだ子供だ。これからなんだ。だから頼む。殺さないでくれ」
喧騒に満ちていたその場がいつの間にか静まり返っていた。人間に懇願する族長の後ろ姿を見やる他の狼人族は固唾を飲んでその光景を見やり、激怒していたユウもテヴォの覚悟にあてられて押し黙る。
「親父……」
今まで見たことのない父の一面に、ディナもそれ以上の言葉が出てこない。魔族領が逃げ、安住の地を求めて人間領までやってきた狼人族。人間領という四面楚歌の環境で同胞達を不安がらせることなくまとめてきた族長。覚悟なしでは務まらない。その重責、その重荷。娘は父の大きな背中が背負い続けてきたものの一端を垣間見た。
「う……あっ……」
頭を下げられた聖堂騎士は言葉にならない呻きを漏らし、二の句が継げないでいる。魔族に頭を下げられるというあり得ざる光景に、脳の処理が追いついていない。その感覚はレイにはよく分かる。
そのときだった。
――やめなさい
どこからともなく声が響いた。心臓に氷を押し当てられたような怖気を誘う冷たい声色。
次いで聴こえてきた文字にすることのできない奇妙で奇怪な音に誰よりも早く反応したのは魔法師であるセラだった。
「伏せてッ!!」
咄嗟にセラがユウを伴って倒れ込むように地面に身を投げ出した。ほぼほぼ条件反射でレイもそれに続いた刹那。
――〈見えざる刃、舞え〉
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「――え?」
突然拘束が解かれたシェサが何が起こったのか分からずに呆然と声を漏らす。視界には同じような表情でこちらを見やるテヴォ達。
そして背後で何かが倒れる音が十ほど聴こえた。恐る恐る後ろを振り向くと――
「う、あ――」
地に転がった首と、目が合った。
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