96 / 115
天に吠える狼少女
第四章 招かれざる者・5
しおりを挟む
「セッちゃん放してッ!シェサを助けんと!」
「貴女が行ったところでどうにかなる話でもないのよッ!」
もがいて腕を振り払おうとするユウを必死でセラは繋ぎとめた。そう、状況はユウが行ったところでどうにもならない。聖堂騎士達にとって人質は生命線。確実に安全が確保されるまで手放しはしまい。そして人間であるユウに狼人族に対する牽制効果は少ないと彼らは思っているはずだ。故に人質の交換はできず、行けばただ殺されるだけ。
どうすればいい。暴れるユウを押さえつけながら、セラは考えた。そしてふと、前にいるテヴォと目が合った。
「……お互い苦労するな」
その黒い毛に覆われた顔に苦笑が浮かんでいるのを見てとり、セラは困惑した。なぜこんな時に、そんな表情を……。
そしてテヴォは、さらに一歩前へ。
「それ以上近づいてみろ……こいつの命はないぞ!」
震える声、震える手でナイフがシェサの首筋に押し当てられる。毛皮越しに刃物の冷たい感触を感じてシェサはくぐもった呻きを漏らした。もう泣く気力もない。ナイフの冷たさが首を通して全身に伝わりガタガタと身体が震えだす。怖い、痛い、寒い――
立ち止まったテヴォは、シェサのその様子にスッと目を細めるとやおらその場に両膝をついた。
「そいつを放してやってくれ。俺はこの集落の族長だ。人質なら俺がなる」
「ば、馬鹿を言え!貴様が人質になど――」
「暴れるのが怖いってぇなら、ここで両腕を斬り落とす。あんたらには無理でも、後ろの勇者の護衛ならすっぱりやってくれる」
確かにレイの長剣とその技量ならばそれは容易い。容易い、が。
「頼む。何なら、片足の腱も斬っちまえばいい。それなら逃げようもない。なぁに、それぐらいじゃ死にゃあしねぇよ。こちとら人間と違って頑丈なんだ」
そして、両腕を上げて頭を下げる。
いつかどこかで見たような光景にレイは息を飲んだ。かつて聖堂騎士達の場所に、自分はいた。
「そいつはまだ子供だ。これからなんだ。だから頼む。殺さないでくれ」
喧騒に満ちていたその場がいつの間にか静まり返っていた。人間に懇願する族長の後ろ姿を見やる他の狼人族は固唾を飲んでその光景を見やり、激怒していたユウもテヴォの覚悟にあてられて押し黙る。
「親父……」
今まで見たことのない父の一面に、ディナもそれ以上の言葉が出てこない。魔族領が逃げ、安住の地を求めて人間領までやってきた狼人族。人間領という四面楚歌の環境で同胞達を不安がらせることなくまとめてきた族長。覚悟なしでは務まらない。その重責、その重荷。娘は父の大きな背中が背負い続けてきたものの一端を垣間見た。
「う……あっ……」
頭を下げられた聖堂騎士は言葉にならない呻きを漏らし、二の句が継げないでいる。魔族に頭を下げられるというあり得ざる光景に、脳の処理が追いついていない。その感覚はレイにはよく分かる。
そのときだった。
――やめなさい
どこからともなく声が響いた。心臓に氷を押し当てられたような怖気を誘う冷たい声色。
次いで聴こえてきた文字にすることのできない奇妙で奇怪な音に誰よりも早く反応したのは魔法師であるセラだった。
「伏せてッ!!」
咄嗟にセラがユウを伴って倒れ込むように地面に身を投げ出した。ほぼほぼ条件反射でレイもそれに続いた刹那。
――〈見えざる刃、舞え〉
ぶぉんという何かが空を裂く音。その音を耳にした人間で、以降の光景を見ることができたのは狼人族側にいる四名だけだった。
「――え?」
突然拘束が解かれたシェサが何が起こったのか分からずに呆然と声を漏らす。視界には同じような表情でこちらを見やるテヴォ達。
そして背後で何かが倒れる音が十ほど聴こえた。恐る恐る後ろを振り向くと――
「う、あ――」
地に転がった首と、目が合った。
「貴女が行ったところでどうにかなる話でもないのよッ!」
もがいて腕を振り払おうとするユウを必死でセラは繋ぎとめた。そう、状況はユウが行ったところでどうにもならない。聖堂騎士達にとって人質は生命線。確実に安全が確保されるまで手放しはしまい。そして人間であるユウに狼人族に対する牽制効果は少ないと彼らは思っているはずだ。故に人質の交換はできず、行けばただ殺されるだけ。
どうすればいい。暴れるユウを押さえつけながら、セラは考えた。そしてふと、前にいるテヴォと目が合った。
「……お互い苦労するな」
その黒い毛に覆われた顔に苦笑が浮かんでいるのを見てとり、セラは困惑した。なぜこんな時に、そんな表情を……。
そしてテヴォは、さらに一歩前へ。
「それ以上近づいてみろ……こいつの命はないぞ!」
震える声、震える手でナイフがシェサの首筋に押し当てられる。毛皮越しに刃物の冷たい感触を感じてシェサはくぐもった呻きを漏らした。もう泣く気力もない。ナイフの冷たさが首を通して全身に伝わりガタガタと身体が震えだす。怖い、痛い、寒い――
立ち止まったテヴォは、シェサのその様子にスッと目を細めるとやおらその場に両膝をついた。
「そいつを放してやってくれ。俺はこの集落の族長だ。人質なら俺がなる」
「ば、馬鹿を言え!貴様が人質になど――」
「暴れるのが怖いってぇなら、ここで両腕を斬り落とす。あんたらには無理でも、後ろの勇者の護衛ならすっぱりやってくれる」
確かにレイの長剣とその技量ならばそれは容易い。容易い、が。
「頼む。何なら、片足の腱も斬っちまえばいい。それなら逃げようもない。なぁに、それぐらいじゃ死にゃあしねぇよ。こちとら人間と違って頑丈なんだ」
そして、両腕を上げて頭を下げる。
いつかどこかで見たような光景にレイは息を飲んだ。かつて聖堂騎士達の場所に、自分はいた。
「そいつはまだ子供だ。これからなんだ。だから頼む。殺さないでくれ」
喧騒に満ちていたその場がいつの間にか静まり返っていた。人間に懇願する族長の後ろ姿を見やる他の狼人族は固唾を飲んでその光景を見やり、激怒していたユウもテヴォの覚悟にあてられて押し黙る。
「親父……」
今まで見たことのない父の一面に、ディナもそれ以上の言葉が出てこない。魔族領が逃げ、安住の地を求めて人間領までやってきた狼人族。人間領という四面楚歌の環境で同胞達を不安がらせることなくまとめてきた族長。覚悟なしでは務まらない。その重責、その重荷。娘は父の大きな背中が背負い続けてきたものの一端を垣間見た。
「う……あっ……」
頭を下げられた聖堂騎士は言葉にならない呻きを漏らし、二の句が継げないでいる。魔族に頭を下げられるというあり得ざる光景に、脳の処理が追いついていない。その感覚はレイにはよく分かる。
そのときだった。
――やめなさい
どこからともなく声が響いた。心臓に氷を押し当てられたような怖気を誘う冷たい声色。
次いで聴こえてきた文字にすることのできない奇妙で奇怪な音に誰よりも早く反応したのは魔法師であるセラだった。
「伏せてッ!!」
咄嗟にセラがユウを伴って倒れ込むように地面に身を投げ出した。ほぼほぼ条件反射でレイもそれに続いた刹那。
――〈見えざる刃、舞え〉
ぶぉんという何かが空を裂く音。その音を耳にした人間で、以降の光景を見ることができたのは狼人族側にいる四名だけだった。
「――え?」
突然拘束が解かれたシェサが何が起こったのか分からずに呆然と声を漏らす。視界には同じような表情でこちらを見やるテヴォ達。
そして背後で何かが倒れる音が十ほど聴こえた。恐る恐る後ろを振り向くと――
「う、あ――」
地に転がった首と、目が合った。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる