剣が振れなくても世界を救えますか?~勇者として召喚されたのは非力な女の子でした~

noyuki

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天に吠える狼少女

終章 変わりゆく者達へ・2

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「どうだい勇者の嬢ちゃん。“勇者特区”はいいところかい?」

 その問いに、勇者は顔を上げてしっかり相手の顔を見て言った。

「これから、皆で、ええところにするんや」

「……そうかい。そいつはいい。俺達しだいってわけだ」

 無闇にいいところだと言われるよりも、その方がいい。自分達で土地を切り拓き、木を伐り、家を造り、住みよい場所を作る。この集落はそうやって生まれた。

 また作ればいい。この集落よりももっと住みやすい、人間に怯え隠れる必要のない新たな故郷を。

 狼人族ウルフェンと人間が、手を取り合って、あの親子のように笑いあって生きていける場所を。

「――あのは?」

 あの赤髪が見当たらず、セラが周囲を見回しながら呟いた。

 昨日は誰一人、ディナとまともな会話をしていなかった。当然だろう。自身の手で、父親をおくった娘にかける言葉など誰が持ち合わせていようか。

 喉が裂ける寸前まで叫び、身体中の水分が出て行ってしまうのではないかと思うほどに泣いた彼女は、その後、言葉を忘れてしまったかのように黙した。促されるまま、父親の遺体を埋葬している最中も一言も発しなかった。あのディナが、だ。

 狼人族に火葬の文化はない。遺体は集落の隅に埋められ、墓石も作られることはない。何も、しない。

 生き物は死ねば土へと還り、微生物に分解され、やがて草木の養分となる。そしてその草木の実りを動物が糧とする。そうして命は廻っていく。自然の大いなる循環。テヴォはその循環へと還ったのだ。

 ディナは父の眠る場所から動こうとしなかった。セラが無理矢理着替えさせなければ赤黒く変色した修道服を着替えることもしなかっただろう。

「――ここにいるよ」

 すっかり枯れた声が、狼人族達の背後から聞こえた。

 左右に割れた狼人族達の合間をやつれたディナが歩み出る。腫れぼったい目。寝ていないのだろう、隈もできている。昨日までの彼女とはまるで別人だ。

「まずは教皇に会いに行って今回の件を報告……。そんでアムディールの野郎を押さえつけて、移住が完了するまでここに誰も近づかねぇようにしねぇと……」

 ユウ達の元へと歩み寄ったディナは一度深く息を吸い、一息に吐き出す。

「――泣いてる場合じゃあねぇな。親父に笑われちまう」

 次の瞬間には、その瞳に強い意思が宿っていた。

 そう、やるべきことはたくさんある。

 今となっては、ディナ達が何者かに監視されていたのは明白だ。だが、森の中まで追跡されていたかというとそうではないだろう。もしそうなら鼻が利く狼人族が気づかないわけがない。つまり、狼人族の存在を新たに知った人間は昨日全員死に絶えたことになる。まだあの狡猾な枢機卿にこの集落の存在は知られていないはず。

 だが、いつまでも部下が帰らないとなれば追加の人員を差し向けようとするはずだ。それを食い止める必要がある。保護区の警備を増員する、アムディールの動向を監視する等々、あらゆる手段を用いて移住が完了するまでの時間を稼ぐ。そのために教皇と共に奔走する必要があるだろう。

 落ち込んでいる暇などない。この集落に暮す狼人族の全てがディナの家族だ。家族を守るために、今度は自分が力を尽くすのだ。

「……強いな、お前は」
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