​【罠】聖域・忠犬先公達の檻

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四月:高潔と純粋

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東京郊外の小高い丘に立つ男子校「清明学園」。

真新しい桜の木々が校門へと続く道を彩る四月、新任の体育教師、杉山和彦は、緊張と期待に胸を詰まらせて歩く。

早めに着いたせいで、まだ登校の生徒の姿は少ない。

が、その姿を見る和彦の胸は高鳴り、緊張は増す。

僕の生徒達、、、

親しめるように頑張らないと、、、

まだ少年の面影を残す顔が引き締まる。

この清明学園では、尊敬する先輩、来生純一が教壇に立つ。

その彼とともに働けるのだ。

教員室に入ると、すぐにその人は目に入った。

来生純一。

身長185センチ、ロシア系の祖父を持つクォーターの血が、彼に日本人離れした秀でた美貌を与えている。

均整の取れた肉体は、元プロサッカー選手としてのキャリアを雄弁に物語る。

その姿は、まるでギリシャ神話のアポロンが現代に降り立ったかのようだった。

「おはようございます。本日付で体育科に着任しました、杉山和彦と申します」

杉山は声を上ずらせないように、深々と頭を下げた。

「杉山先生、待っていたよ、、、」

来生が微笑んで迎える。

「杉山先生と呼ぶ日が来たか、、、なんか、言い慣れないな、、、」

「来生先生こそ、、、前のまま、和彦で良いですよ」

「じゃ、生徒のいない時は前のままにするか。お前もそうしてくれ、俺は、いまだに“先生”と呼ばれると居心地が悪い。よろしくな、和彦、、、」

「こちらこそ、来生先輩」

二人は顔を合わせ笑顔になり、どちらともなく握手をした。

和彦は来生の掌の温もりにキュンとする。

来生の笑顔は爽やかで高潔、和彦にとって、教師、いや、“男”が持つべき理想の全てを体現していた。

声は深く涼やかで、その耳に心地良い声を聞くだけで、和彦は身体が蕩けそうになる。

「なぜか、僕が体育科主任を拝命してしまったよ。まだ未熟だから迷惑をかけると思うが、力になってもらえると嬉しい。和彦の若い力に期待しているよ」

力強く握り返された来生の手の温もりと、彼が自分をまっすぐ見つめる美しい瞳に、杉山の心臓は激しく高鳴った。

来生先輩と、こんな近くで、、、

嬉しい、、、

これは単なる憧れではない。大学在学中に出会って以来、杉山の心を焦がし続けた恋情だ。

しかし、真面目すぎる和彦には、来生の輝きが強く、男愛を口に出す勇気など一片もなかった。

「こちらこそ、ご指導のほど、よろしくお願いいたします。来生っ!」

「コラッ、“先生”はやめろといったばかりだぞっ!」

二人は笑い合う。

和彦、、、お前は、あまりにも純粋で、いつも全力投球だ、、、

その姿が、、、

純一は、心の中で大きくなり始めた熱情を、必死で抑える。

ダメだ、、、こんな不純な欲望を後輩に抱くなんて、、、

失格だ、、、

体育科主任として、毅然としなくては、、、

純一は自分に言い聞かせる。

​純一はすぐに表情を引き締めると、和彦を伴って教員室の奥へと向かった。

​「学園長、失礼します。新任の杉山和彦先生を連れて参りました」

学園長は鷹揚に和彦を見る。

期待と励ましの言葉には真心が籠もっていて、和彦は胸を打たれた。

​学園長への挨拶を終えると、純一は教員室の同僚たちに和彦を紹介し始めた。

まず紹介されたのは化学教師の榎木だ。

元水球選手で、厚みのある筋肉が一目で分かる大柄だ。良いガタイをしている。

​「化学教師の榎木だ。君には、僕の補助として二年C組の副担任を研修代わりに行ってもらうことになっているが聞いているか?」

「はいっ!伺っていますっ!ご指導、よろしくお願いしますっ!」

​榎木は爽やかに和彦の手を握った。

「クラスの連中は気のいい奴らだ。すぐに打ち込めると思うよっ!」

「頑張りますっ!」

包容力のある榎木の笑顔に和彦の緊張は少しほぐされる。

​続いて、純一が紹介したのは社会科の高沢だった。

なんか、やる気のない風だな、、、

それが和彦の第一印象だった。

​「こちらは社会科の高沢憲司先生。社会科の先生だが、ライフセーバーとしても、サーファーとしても地元では有名なアスリートでもある」

見れば、確かにスーツの下には締まった身体が隠れているように見える。

かったるそうに和彦を見る。

​「新任か、、、まあ、頑張れよ、、、」

純一には、目もくれない。

​その態度は、二人を煙たがっているのがありありとしていた。

まるで、俺には拘るなというように、、、

和彦は思わず純一の顔を見上げたが、純一は涼しい顔で受け流している。

そして体育科の同僚が紹介される。

​「杉山先生、同じ体育科でレスリング部顧問の佐藤晴真先生だ」

​レスリングで鍛えられたのか、がっしりした体躯を持つ佐藤晴真は、純一とは対照的に、どこか疲れたような目つきで和彦と握手をした。

男っぽいいい男だが、暗い影が差しているように和彦には見えた。

佐藤は、来生が主任に就任したことを面白く思っていない。

そのお陰で、、、

“デカチンッ!来生に主任の座を取られるとは情けねぇぞっ!その根性、俺が叩き直してやるっ!オラッ!まずはスクワットっ!”

佐藤の脳裏に今日の朝練で投げかけられた罵声が蘇る。

お前のせいで俺の脚は今、ボロボロだっ!

だが、レスリング部の闇を来生が知るわけもない。

もちろん、その闇が広がり、来生と和彦を覆い始めるということも、、、

​「佐藤先生、よろしくお願いします」

和彦は、屈託なく挨拶をする。

​「ああ...よろしく。若くていいね」

​その視線には、純粋な歓迎とは違う、何かを値踏みするような陰りがあった。



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