​【罠】聖域・忠犬先公達の檻

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四月: ホームルーム

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「それでは、行こうか、、、杉山先生の初仕事だな、、、」

榎木が言う。

あと数分で、一学期初日のホームルームの始まりだ。
 
「はい。榎木先生、ご指導よろしくお願いします! 生徒たちとの初めての対面、頑張りますっ!」

気合を込めて言う和彦の初々しいやる気に、榎木は破顔する。

憲司はボンヤリとして反応せず、晴真は遠い目をして和彦を見る。

まるで遠い昔に無くしたものを見つめるように。

そして、純一は、榎木を見る和彦の横顔に、ザワザワとした胸の動揺を感じる。

さっきまで“来生先輩”と俺のことを見ていたのに、なんで榎木さんにもそんなキラキラしためを向けるんだ?

そう思った直後に、純一の中に自己嫌悪が生まれる。

何を考えているんだ?俺は、、、

可愛い後輩が、職場で他の先生に可愛がられているんだ、喜ぶべきじゃないか、、、

そう自分に言い聞かせ、心の中に生まれた僻みに似た感情を戒める。

和彦が榎木とともに教員室から出ていく。

純一は、自分の中に暗い影が差すのが怖くて、後ろ姿から目を逸らす。

扉の閉まる音がする。

“来生先輩、頑張ってきます”くらい言ってくれてもいいじゃないかと軽く僻み、自己嫌悪が深くなる。

ストイックで真面目な青年教師純一は、初めて味わう“嫉妬”という感情に困惑している。

そして、廊下を進む和彦は内に緊張感が増してくるのを感じている。

和彦は何度も心の中で拳を握り、自身に気合を入れる。

元水球選手らしい良いガタイをした榎木が、和彦に気さくに話しかけてきた。

「そう緊張するな、生徒は気の良い奴らだよ。それに杉山先生の方が歳が近い。フランクに自然に行けば、生徒の方から打ち解けてくれるよ」

190センチくらいはある大柄な榎木を見上げ、和彦はニッコリと笑って頷く。

「その意気だ、、、」

榎木の大きな手が和彦の鍛えられた背中をポンポンとたたく。

その大きな手のひらの感触が、和彦の心を解す。

教室の扉、、、

ガラッと榎木が開き、中に入る。

続いて和彦も中に入る。

教室いっぱいに並んだ生徒達の視線が一斉に和彦へ向けられる。

圧倒的な視線の力だ。

和彦は気圧される。

生徒が号令をかけ、生徒達が起立し、朝の挨拶をする。

榎木は、新学期の始まりを告げたあと、和彦を教卓に呼ぶ。

「僕の補助として、体育科の杉山先生が副担任として補助についてくれる。新任の先生だ。杉山先生、ご挨拶を」

真新しいスーツ姿の和彦は、教卓の前に立ち、深々と頭を下げた。
「本日より、副担任を務めさせていただきます、杉山和彦です。担当科目は体育です。学生時代は器械体操をやっていました。皆さんがこの清明学園で最高の二年を過ごせるよう、全力でサポートします! よろしくお願いします!」

出だしこそ声が上擦っていたが、次第に落ち着いてくる。

元体操選手らしい背筋の伸びた姿勢と、純粋な熱意に溢れた挨拶は、生徒達に好印象を与える。

教室の最前列。

クラス委員を務めるボクシング部のエース結城は、爽やかな和彦の姿に、自身が敬愛する生徒会長、藤崎竜之介と共通するスポーツマンらしい清潔感を感じ取る。

その斜め後ろの席に座る体操部の栗山は、和彦の挨拶を屈託のない笑顔で聞いていた。

だが、その愛くるしい姿奥では、、、

杉山和彦か、、、なるほど、体操選手だったわけか、、、この身体付き、、、身長の割に、スーツの下の筋肉の付き方がヤベえもんな、、、無駄がなく、柔軟で、、、

栗山の視線は、和彦の肩から胸、そして体操で鍛え抜かれた腰の締まりへと滑る。

それは、これから世話になる教師への興味からではない。
 
ただただ、肉欲にからの興味と、鍛えられた肉体への好奇心からの品定め、さしずめ、大人の男の鑑定人の目。


んー、こんな真面目そうなイケメン教師が、泣き崩れて俺たちの言うことを聞くようになったら、どんなにか楽しいだろう、、、

栗山の中で妄想が膨らむ。

勝手に教壇の上の和彦を裸に剥き、悶え、泣き喚き、跪く様子を想像し、悦に入る。

どうにか一発ヤれないかな、、、

舌舐めずりしながら考える。

そして、窓側の廊下の外、和彦が二年C組で挨拶をする様子を目立たない位置から、来生純一が見ている。

純一は、今年から体育科主任に就任している。

学園長が、主任の業務に慣れるため、今年は、純一をクラス担任から外していた。 

だから、ホームルーム時間中、純一の身体は空いている。

新学期の始まりなのでやる仕事は多くあったが、和彦の初仕事が気になり、教員室を抜け出て、教室を覗きに来てしまったのだ。

上手くやっているじゃないか、、、

純一は、ホッとする。

その少し紅潮した純一顔からは、生徒達の前に立つ高潔な教師としての表情は消え、恋するトキメキを心に宿した甘い表情となっていた。変わっていた。

和彦の挨拶は、一言一句が力強く、純粋な熱意に満ちていた。

その一言一言に、純一は心のなかで頷く。

まだ少年の雰囲気を残す顔に宿る真面目さと元気ハツラツとした初々しさ。

その健気な姿が、純一の胸を温かくし、高鳴らせる。

挨拶を終えた和彦の顔をボウッと見つめる。

生徒達が拍手を送っている。

その拍手も、心を高鳴らせる。

その時、主担任の榎木が、笑顔で和彦の肩に軽く触れた。  

「杉山先生、有難う。これから、よろしく頼む」

和彦は榎木と目を合わせ、心から楽しそうに笑い合った。

その一瞬、純一の心に、冷たい氷のようなものが突き刺さった。

和彦があまりにも無邪気な笑顔を、自分以外の男に向けたことが悔しかった。

理不尽だと分かっていても、純一の胸には、耐え難いジェラシーが湧き上がった。

純一はすぐに身を引き、教員室へと足早に戻り始める。

自分の中に芽生えた二つの感情がせめぎ合い始める。

和彦が教師として同僚たちと上手くやっていって欲しいという願いと、自分のものだけにしたいという独占欲。

実直な純一は、この二つの感情の相克に悩む。

まもなく、もっと様々な感情に心が苛まされることになるなどとは気付かずに、、、
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