23 / 23
番外編 第二王子の苦悩(3)
しおりを挟む
叔父様に指摘されてドキリとした。ここしばらくソフィアのことで頭がいっぱいだったから。
「マリアは僕が何かしなくても上手くやっていますし、むしろ僕が出しゃばると邪魔になる気がして……」
僕がそう言うと、叔父様が怪訝そうな顔をした。
「本当にそう思うのか? いくら完璧に見えたとしても、王族の仲間入りをする時に不安がないと思うか? 心細いこともあるだろう。そんな時支えるべきなのは、婚約者であるお前の役割のはずだ」
「……」
正直、叔父様の言っていることは受け入れ難かった。
(マリアに支えが必要……? そんなまさか。彼女は一人で何でも出来るじゃないか)
だが叔父様は僕の心を見透かしていた。
「アラン、マリアの気持ちを決めつけてないか? 彼女に対して『こうに違いない』という先入観を持って接していないか?」
「それはっ……そうかもしれません。彼女があまりに完璧だから。それに、彼女を見ていると苦しいのです。自分の駄目な部分が浮かび上がってくる」
「それでも一度は婚約者として受け入れたのだろう? それなのに一度も向き合わないというのは不誠実だよ」
いくら両親が決めた相手とはいえ、承諾したのは確かに僕だ。
「はい……」
「人というのは誰しも醜い感情を持つものだよ。大切なのは、その感情とどう付き合うかだ」
「どう付き合うか、ですか」
「そうだ。一度その感情を含めた自分を認めることだ。その上で、マリアと向き合いなさい。結婚相手に自分の気持ちを話せないようじゃあ相手からも信頼されないぞ」
「向き合う……」
思えばマリアと会話する時は、いつも表面的な会話しかしていなかった。マリアの完璧さを目の当たりにしたくなかったし、自分自身のダメさ加減からも目を逸らしたかったから。
(ソフィアのことを聞かれた時ですら、僕はまともに話せていなかったな)
「そうだ、妻とは将来一蓮托生なのだからな。じっくり向き合う時間はある。ゆっくり二人の関係を築いていきなさい」
叔父様はマリアが妻になると思っているが、実際はどうだろうか。マリアは何も言ってこないが、婚約を破棄されたっておかしくはない。
マリアなら王族でなくとも賢く幸せに生きていくはずだ。
(……なんて、僕はまた決めつけてしまっているな)
叔父様の言う通り、一度話すべきなのかもしれない。僕もマリアもきっとお互いを誤解している部分が多くある。
ちゃんと向き合わなければ、彼女がどうしたいか知る由もないのだ。婚約を継続するにしても破棄されるとしても、彼女の顔を見て、気持ちを聞いて、それからだ。
「はい。上手くいくか分かりませんが、話してみようと思います」
これ以上誰かを傷つけたくない。僕は変わらなくてはならないんだ。
マリアと会えたのは、叔父様と話してから数日後だった。彼女に連絡するのは、人生で一番勇気が必要だった。
「や、やあ。急に呼び出してすまない」
「いいえ、アラン様が元気になって良かったですわ」
彼女は以前と変わらず綺麗な笑みを浮かべていた。
(僕は彼女のこの笑顔が怖かった。……でも、今日は違う。彼女のことを勝手に想像で決めつけないぞ)
「話したいことがあって、いや、謝りたいことがあるんだ」
「はい」
彼女の目を見た。こんなに彼女をまっすぐ見たのは初めてだった。
「僕が間違っていた。君に嫉妬していたんだ。何でも出来て、お父様からの信頼も厚い君に……申し訳ない。君から逃げるために僕がソフィアを利用したんだ。本当に申し訳ない」
深々と頭を下げる。少しの間沈黙が続いたが、やがてマリアが口を開いた。
「そうでしたか……頭を上げてください。もう良いんです。私もあの時は感情的になっていましたから」
「ソフィアとの件だけじゃない。僕は君に失礼な態度を取り続けていたんだ。だから、ちゃんと君と話がしたいんだ。色んな話を。上辺だけの話じゃなくて……君のこと、ちゃんと知りたいんだ。何が好きなのか、何が嫌いなのか、とか」
話しているうちに、何が言いたかったのかがまとまらなくなってしまった。それでもマリアは僕の言葉に耳を傾けてくれていた。
そして話しているうちに、マリアの表情がどんどん柔らかくなっていくのが分かった。
「そうてすね。私もお話したいと思っていました。……あの、絵を描かれているそうですね。私にも今度見せてくださいますか?」
「え?」
正直マリアから絵の話をされるとは思わなかった。これまでずっと『マリアは僕に興味がない、結婚相手だからそれなりに親しくしているんだ』と思い込んでいた。
でも違ったんだ。僕のことを知ろうとしてくれていたんだ。
「あぁ、もちろん。あ、あの、君のことも描いてみたいんだ。良いかな?」
そう言うと、マリアはハッと驚いた顔をした後、目を潤ませた。
「本当ですか? 嬉しいわ」
そう言って笑う彼女の顔は、見たことがないくらい美しかった。
まだぎこちない関係だけれど、マリアのことをもっと知りたい。この笑顔を大切にしたい。そう思った。
【完】
最後までご覧いただきありがとうございました。
「マリアは僕が何かしなくても上手くやっていますし、むしろ僕が出しゃばると邪魔になる気がして……」
僕がそう言うと、叔父様が怪訝そうな顔をした。
「本当にそう思うのか? いくら完璧に見えたとしても、王族の仲間入りをする時に不安がないと思うか? 心細いこともあるだろう。そんな時支えるべきなのは、婚約者であるお前の役割のはずだ」
「……」
正直、叔父様の言っていることは受け入れ難かった。
(マリアに支えが必要……? そんなまさか。彼女は一人で何でも出来るじゃないか)
だが叔父様は僕の心を見透かしていた。
「アラン、マリアの気持ちを決めつけてないか? 彼女に対して『こうに違いない』という先入観を持って接していないか?」
「それはっ……そうかもしれません。彼女があまりに完璧だから。それに、彼女を見ていると苦しいのです。自分の駄目な部分が浮かび上がってくる」
「それでも一度は婚約者として受け入れたのだろう? それなのに一度も向き合わないというのは不誠実だよ」
いくら両親が決めた相手とはいえ、承諾したのは確かに僕だ。
「はい……」
「人というのは誰しも醜い感情を持つものだよ。大切なのは、その感情とどう付き合うかだ」
「どう付き合うか、ですか」
「そうだ。一度その感情を含めた自分を認めることだ。その上で、マリアと向き合いなさい。結婚相手に自分の気持ちを話せないようじゃあ相手からも信頼されないぞ」
「向き合う……」
思えばマリアと会話する時は、いつも表面的な会話しかしていなかった。マリアの完璧さを目の当たりにしたくなかったし、自分自身のダメさ加減からも目を逸らしたかったから。
(ソフィアのことを聞かれた時ですら、僕はまともに話せていなかったな)
「そうだ、妻とは将来一蓮托生なのだからな。じっくり向き合う時間はある。ゆっくり二人の関係を築いていきなさい」
叔父様はマリアが妻になると思っているが、実際はどうだろうか。マリアは何も言ってこないが、婚約を破棄されたっておかしくはない。
マリアなら王族でなくとも賢く幸せに生きていくはずだ。
(……なんて、僕はまた決めつけてしまっているな)
叔父様の言う通り、一度話すべきなのかもしれない。僕もマリアもきっとお互いを誤解している部分が多くある。
ちゃんと向き合わなければ、彼女がどうしたいか知る由もないのだ。婚約を継続するにしても破棄されるとしても、彼女の顔を見て、気持ちを聞いて、それからだ。
「はい。上手くいくか分かりませんが、話してみようと思います」
これ以上誰かを傷つけたくない。僕は変わらなくてはならないんだ。
マリアと会えたのは、叔父様と話してから数日後だった。彼女に連絡するのは、人生で一番勇気が必要だった。
「や、やあ。急に呼び出してすまない」
「いいえ、アラン様が元気になって良かったですわ」
彼女は以前と変わらず綺麗な笑みを浮かべていた。
(僕は彼女のこの笑顔が怖かった。……でも、今日は違う。彼女のことを勝手に想像で決めつけないぞ)
「話したいことがあって、いや、謝りたいことがあるんだ」
「はい」
彼女の目を見た。こんなに彼女をまっすぐ見たのは初めてだった。
「僕が間違っていた。君に嫉妬していたんだ。何でも出来て、お父様からの信頼も厚い君に……申し訳ない。君から逃げるために僕がソフィアを利用したんだ。本当に申し訳ない」
深々と頭を下げる。少しの間沈黙が続いたが、やがてマリアが口を開いた。
「そうでしたか……頭を上げてください。もう良いんです。私もあの時は感情的になっていましたから」
「ソフィアとの件だけじゃない。僕は君に失礼な態度を取り続けていたんだ。だから、ちゃんと君と話がしたいんだ。色んな話を。上辺だけの話じゃなくて……君のこと、ちゃんと知りたいんだ。何が好きなのか、何が嫌いなのか、とか」
話しているうちに、何が言いたかったのかがまとまらなくなってしまった。それでもマリアは僕の言葉に耳を傾けてくれていた。
そして話しているうちに、マリアの表情がどんどん柔らかくなっていくのが分かった。
「そうてすね。私もお話したいと思っていました。……あの、絵を描かれているそうですね。私にも今度見せてくださいますか?」
「え?」
正直マリアから絵の話をされるとは思わなかった。これまでずっと『マリアは僕に興味がない、結婚相手だからそれなりに親しくしているんだ』と思い込んでいた。
でも違ったんだ。僕のことを知ろうとしてくれていたんだ。
「あぁ、もちろん。あ、あの、君のことも描いてみたいんだ。良いかな?」
そう言うと、マリアはハッと驚いた顔をした後、目を潤ませた。
「本当ですか? 嬉しいわ」
そう言って笑う彼女の顔は、見たことがないくらい美しかった。
まだぎこちない関係だけれど、マリアのことをもっと知りたい。この笑顔を大切にしたい。そう思った。
【完】
最後までご覧いただきありがとうございました。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
207
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(4件)
1 / 3
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
思い込みで友人を平民に落として国外追放したのならせめその心境とかの描写は番外編に追加で書いて欲しかった。
この話だけなら悪女はマリア一択です。
nknk様
感想ありがとうございます!
主人公視点では、どんな理由があろうと追放された事実は変わらないので、マリアが悪女で間違いありません。
ソフィアの捨て台詞前後のマリアの心境とかを番外編で入れれば良かったですね💦
果たして悪女はどちらなの?女同士だとこんな展開に巻き込まれることあるなぁと考えさせられました。
完璧に見えるから知らないうちに周りにプレッシャーを与えてしまう、普通に振る舞っているだけなのに我がままに見えてしまう…どちら側にもなってしまいそうですよね。
助けてくれたお爺さんは実はマリアが遣わしたものかなぁと読んでいたら違いましたw 側にいて自分の立場を脅かされるのは嫌だけど、どこかで生きていては欲しいという計らいかな?と。
王子から、巻きこんですまなかったという謝罪もないんだ…何だかソフィアがお気の毒で。現実もそんなものなのかな。
最後に次に向かえる救いがあり良かったです。
いろいろ想像する余地があり楽しかったです。他の方も書いていますが、私もマリアの心境知りたかったです。
柚の実様
ご感想ありがとうございます!
色々想像しながら読んでいただけで、すごく嬉しいです。
マリアの心境は掲載前消してしまったので、入れればよかったと後悔しました…!
最後までお読みいただきありがとうございました✨
完結、お疲れ様でした😄
面白かったし、ほっこりできました。
手を差しのべ導いてくれる人が居るという事は、本当にありがたいですね。
救いのないお話が延々と続いたり、話が全く通じないキャラがいるお話にゴリゴリと削られていたので、この物語に出会えて良かったです!
最後に、マリアは完璧でいなければいけない?が為?の努力や葛藤等、多々あったかと思いますが、ソフィアを巻き込んでしまったのは事実なので、ソフィアに対する思いをもっと知りたかったです。
ありがとうございましたm(_ _)m
ちっち様
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
出会えて良かったと言っていただけて、とても嬉しいです〜✨
マリア視点も入れていたのですが、蛇足かなと思って削ってしまったんです……💦
本当の気持ちは色々想像して楽しんでいただけると幸いです。
ご感想ありがとうございました!!