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大切な交渉(1)

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「気合は十分みたいですが、緊張し過ぎじゃないですか?」
「仕方ないじゃない! ちゃんとした交渉は初めてだし、相手は大手の商工ギルドだし、これで椅子が量産出来るかが決まるかと思うと……」

 クリスティーナは、応接室のソファーに座りながらそわそわと身体を揺らした。

「そんな弱々しい態度では舐められますよ。もっと堂々としてください」
「分かったわ……!」

 しばらくするとドアがノックされ、落ち着いた雰囲気の女性が入ってきた。

「アクファミアのドロシー・ドーズと申します。この度は商談の機会をいただき、ありがとうございます」 

 ドロシーという名前を聞いて、クリスティーナの緊張感は一気に高まった。
 それはヘンリーも同様のようだ。

(この人もしかして……私の叔母? でもよくある名前だし)

 不審に思われては商談に差し障る。クリスティーナは気取られないように、丁寧なお辞儀をした。

「クリスティーナ・フェンネルと申します。わざわざモール領までお越しいただき、ありがとうございます」

 クリスティーナが名乗ると、ドロシーはにっこりと微笑んだ。

「とても貴重な技術書をお譲りいただける機会ですもの。楽しみにしておりました」

 ドロシーの反応はいたって普通のものだ。クリスティーナはホッとした。

「では早速、見ていただけますか?」

 クリスティーナは、職人からもらった技術書の冒頭部分のみを差し出した。

「こちらは、そこにある椅子の作製手順書です。作り方に加え、必要な技術が詳細に文書化されています」
「あの椅子も確認してもよろしいですか?」
「勿論です」

 ドロシーは椅子と技術書を交互に確認していた。厳しい目つきをしていたが、徐々に満足気な表情になっていった。

「是非お譲りいただきたいですわ。……金額次第になりますが」
「その技術書は金貨五枚でお譲りします」

 安すぎる値段にドロシーが目を細めた。
 本来なら金貨二十枚程度の価値がある。ユリウスからそう聞いていたクリスティーナには、想定内の反応だった。

「その代わり、作製した椅子を優先的に売っていただきたいのです」

 クリスティーナが言葉を続けると、ドロシーな納得した表情を見せた。

「なるほど……。では椅子をいくらでお買いになるつもりですか?」
「一脚金貨十枚で」

 クリスティーナがそう伝えると、ドロシーはふっと笑った。
「なかなか難しいことをおっしゃいますね」
「ですが、この技術書には相応の価値があるはずです」

 別にふっかけた訳でないが、少し攻めた金額だとは思う。だがユリウスと相談して断られない価格を設定したのだ。

(悪くない条件のはず。お願いっ……これで合意して! 説得は苦手なの!)

 クリスティーナの心の中はとても煩かったが、それを表に出さず余裕の笑みを必死で浮かべていた。
 ドロシーはしばらくクリスティーナを見つめていたが、やがて視線を下に落とした。

「そうですね。私どもはこの条件を呑むしかないようです。是非契約いたしましょう」
「ありがとうございます! それなら私は優先的にアクファミア使うことを約束しましょう」

 クリスティーナが両手を広げて宣言すると、ドロシーが喉を鳴らして笑った。

「モール領の次期領主がそうおっしゃってくださるのは、大変ありがたいですね」

 モール領次期領主、そんな話は一度も出さなかったのに、ドロシーは当然のようにそう言った。
 クリスティーナの心臓がドクドクと早くなる。

「……なぜそれを?」
「貴女がフェンネル家の人間だからそう思ったのだけれど、違ったかしら?」
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