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第二章
5. 悩み
しおりを挟む「ただいまー……」
オートロックのドアを開けて、いつもより小さな声で呟く。
リュックを下ろして靴を脱いでいると、仕事部屋から早川が顔を覗かせた。
「おかえり。遅かったね」
「あー……、うん。授業がさ」
ごめんなと一言謝り、手洗い場へと向かう。その後ろを彼もついて来た。
「遅くまで大変だったね。お疲れ様。今日は忙しかったの?」
「え、なんで?」
「お昼、返信なかったから」
「あー……、うん。忙しかった」
上手く早川の顔が見れなくて、勢いよく蛇口を捻り手を洗う。
気まずいまま冷たい水に手を晒していると、背後から抱きしめられた。
伸ばされた手が、水を止める。
「ほら、そんなに洗ったら冷えちゃうよ」
熱い吐息が耳元を擽り、背筋に甘い痺れが走る。冷えた指先には、大きな手がゆっくりと重なる。その手は、俺の腕の筋をなぞりながら上へとのぼっていき、胸のシャツのボタンを外し始めた。
「えっ、なに……?」
慌てて顔を上げれば、悪戯そうに微笑む瞳と目が合った。
「やっと、目があった」
瞼に一つキスを落とされ、優しい温もりに体の力が抜ける。
「……ごめん。考え事しててさ」
「いいよ。許してあげる」
キスは、今度は唇に落とされた。
「ん、……でもなんで俺脱がされてるの?」
間抜けな質問をしている間に、今度はズボンのベルトに手がかかる。
カチャカチャと鳴る金属音の合間に、首筋にはリップ音が響いた。
「疲れてるみたいだから。先にお風呂にしようよ。僕が洗ってあげる」
ニッコリと微笑むその笑顔に、俺に拒否権なんてないことを知る。ぼんやりとした思考のまま、俺は彼に身を任せた。
お風呂を上がった俺は、ほかほかに温まった体でソファーの隅で丸くなって座る。
結局あっという間に脱がされた俺は、宣言通りたっぷりの泡でそれはそれは丁寧に体中を洗われたのだった。
そして、現在。
今度は早川によってドライヤーをかけられていた。
「どう?熱くない?」
「ん、きもちぃー……」
繊細な指使いに、何度も寝そうになる。
ドライヤーをする前と仕上げにはやたら良い匂いがするオイルを塗られた。
その後は、これまたいい香りのするボディクリームでマッサージまで施される。
もうここは極楽浄土だ。
「あ、ごめ。夜ご飯ー……」
「いいよ。デリバリーにしちゃおっか。蒼大くん何食べたい?」
「なんかアメリカンでジャンキーで体に悪そうなもの」
「ふふっ。疲れてるとそういうの食べたくなるよね。じゃあーー……」
そう言って早川が注文してくれたのは、ピザだった。もちろん、コーラとメロンソーダも忘れずに。そのまま夜は、食事しながら映画をみてダラダラと過ごした。
夜更けになり、俺が欠伸をしたタイミングで歯磨きをされてベッドへと運ばれる。
「ほら、疲れてるんでしょ? 目覚ましは掛けておいたから大丈夫だよ。寝ちゃいな」
トントンと一定のリズムで胸を叩かれると、あっという間に眠りの世界へ誘われる。
広い胸に顔を寄せれば、あたたかいぬくもりに抱きしめられた。
「あったか……、きもちー……」
思わず、温泉に浸かったオッサンのような感想が零れる。
トントン……トントン……
(あれ……?おれ、なにか、わすれて……)
トントン……トントン……
でも、この心地良い睡魔には抗えない。
頭の中を渦巻いていた考え事はどこかへ吹き飛び、ついに俺は夢の世界へと旅立つ。
その何かを思い出したのは、翌日の朝だった。
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