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第二章
6. 決意
しおりを挟む「セフレだっ!!!」
それは、爽やかな朝には似つかわしくない開口一番の叫びだった。
隣で眠る早川は、俺を抱きしめたままムニムニャと未だに惰眠をむさぼっている。
その腕を振り払い、俺はベッドから飛び降りた。
「ん……、そぉたくん?」
ポフポフとベッドの上を彷徨う手に、ゲームセンターのUFOキャッチャーでとった黒猫のぬいぐるみを抱かせてやる。
この人は、存外朝に弱い。
「朝飯作ってくるから。寝てろ」
「……さみしい」
「ネコ太で我慢しろ」
「…………はぁい」
ちなみにこのダサいネコ太なんて名前は、命名早川だ。
一緒に映画館に行った帰り道に、黒い毛並みに一目惚れしたと言って一万円も注ぎ込んでいた姿が懐かしい。
そのままもう一度夢の世界へ旅立つ早川を残して、俺は洗面所へ直行した。
鏡の中で随分と健やかな顔をしている自分に、問いかける。
告白は俺の方からした。
そしてこの関係が始まった。
ということは、つまりーー…………
「どうする、蒼大。お前は、爛れたやっべぇ関係を早川さんに強要していたのか」
なんてことだ。
どうして今まで気づかなかったのだろう。
鏡に映る自分をよく見れば、風呂上がりに毎日磨かれている肌と髪はツヤツヤだ。
あの二人が言うように良い匂いが漂い、心なしか唇まで血色良くプルンとしている。
これもすべて早川のおかげなのに、俺は彼とセフレだったなんて…………
セフレなんて、ダメ! 絶対!!
「……そうだ」
そこで、俺は閃いた。
「早川さんに、俺のこと『好き』って言わせればいいんじゃねぇのか?」
そうすれば、暁人の言う『セフレ』なんていう関係ではない筈だ。
正真正銘恋人と呼べる関係になるだろう。
それなら、なぜか怒っていた暁人にも、顔面蒼白になっていた祥吾にも、早川さんを堂々と紹介できる。
「よっし! ぜってぇ言わせてやるぜ!!」
待ってろよ! と叫びながら、勇ましく台所へ向かう。今朝のメニューは、早川の好きな甘い卵焼きにしよう。
しかし、この意気込みは呆気なく出鼻を挫かれるなんて思ってもみなかった。
「あのさ! 早川さん! 俺の……」
こと、好き?
そう続くはずだった言葉は、ヘーゼルの瞳の前で喉に詰まった。
「お、俺の……、味噌汁うまい?」
「美味しいよ。あ、南瓜入りだ」
「じゃなくて! お、俺の……っ!」
「おれの?」
(しっかりしろ! 蒼大!)
机の下で、拳を握りしめて叫んだ。
「おっ、俺の……、卵焼きしゅき!?」
何だよ卵焼きって!
しかも肝心な所で噛んでるし!!
「うん。この甘い卵焼き大好き」
ニッコリと微笑んで囁かれた台詞と己の失態に、思わず頬に熱が集まる。
「だ、大好き……」
「うん?何か言った?」
「っ、なんでもない……」
いつも通りの朝に、いつも通りの朝食。
それなのに俺はその後、味噌汁の味も卵焼きの味も分からなかった。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「うん。早川さんも……ぁ、っ!」
「こら、また罰ゲームだね」
玄関先で見上げる彼は、嬉しそうに唇を寄せて来た。揶揄うような視線が恥ずかしくて、その瞳を手で隠す。
そっと俺が口付けたのは、頬だった。
慌てて離れてドアノブを掴む。
「……、いってきます!」
「あ、忘れ物だよ」
「え?」
振り返ると、唇に柔らかい感触が触れる。
熱い吐息と共に、下唇をペロリと舐められた。
「いってらっしゃい?」
悪戯に成功した瞳が微笑む。
俺は、脱兎の如く逃げ出すと振り返らずに廊下を走った。
ドアが閉まる直前、後ろから大きな笑い声が聞こえたのは気のせいだと信じたい。
やっぱり、早川さんはずるい。
「ぜってぇ好きって言わせてやる……!」
飛び乗ったエレベーターの中で、拳を高らかに挙げて再度決意した。
この後、いつものようにコンシェルジュのお姉さんに朝の挨拶して大学に向かった。
この時、顔が茹るほど熱くて熱があるのかと心配されたなんてことは、早川さんにはぜっっったい内緒だ。
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