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★ピタラス諸島第二、コトコ島編★

275:きぃいぃぃ〜!!!!!

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   朝が来た。
   だけど、外は薄暗く、空は厚い灰色の雲に覆われて、ザーザーと大粒の雨が降っていた。

   鬼族たちはみんな、家から大小様々ないろんな形をした壺やら木のバケツやらを出してきて、道や屋根の上に置き、降りしきる雨を集めていた。
   川がなく、地下水を汲み上げられる井戸も一つしかないこの村において、雨水はとても貴重なのだそうだ。

「昨晩、姫巫女様が雨乞いを為されたのだろう。それで雨が降っているのさ。俺たち鬼族の中には、先祖代々、不思議な力を持つ巫女の一族がいてな。姫巫女様は、天の神と意思疎通ができる。即ち、天候を操り、雨を呼ぶ事が出来るんだ。だから今、雨が降っているのさ」
   
   オマルの家の大きな囲炉裏がある部屋で、朝食の果物を頂きながら、俺とグレコにそう説明してくれたのは、他でもない首長のオマルだ。
   しかし、その話を聞いた俺は、正直、現実味のない古い迷信だな、としか思えなかった。

   雨なんて……、降るときゃ降るし、降らない時は降らない。
   姫巫女様ってのが何なのか知らないけど、雨乞いしたからって、そんなすぐ雨なんて降らないと思うよ?
   むしろ、なんていうか……、ちょっと天気を読むのが上手いだけで、雨が降る前に、それらしく雨乞いをしているだけなんじゃないのぉ?

   ……と、前世の記憶がある俺は、科学的根拠の全くなさそうなオマルの言葉に、少々呆れ顔をするのであった。

「やはり、アンテロープは使えないな」

   どこかへ出掛けていたらしいネフェが、体についた雨の雫を払い落としながら、家の中へと入ってきた。
   髪と服がいい感じに濡れていて、とてもセクシーである。

「だろうな。雨に濡れた山道ほど危険なものはねぇ」

   昨晩の残り物であろう、野ネズミさんの丸焼きの後ろ足部分を食いちぎりながら、オマルがそう言った。
   ……もう、なんだか見慣れてしまって、同類の野ネズミさんが食われてても、俺の心は傷まなかった。

「困ったな……。さすかに、グレコとモッモにこの雨の中を走らせるわけにも行くまい……」

   う~ん、と悩むネフェ。
   そんなネフェに対し、俺は冷たい視線を向ける。

   歩くならまだしも、走るって……
   あの、緩やかながらも足場が不安定な岩山の道を、晴れていたって走れないのに、雨なんか降ってちゃ立ってる事さえ危ういんですけど。
   グレコはともかく、俺には絶対に無理なんですけど。
   見てよ、この丸々と太ったプニプニの体。
   力強く逞しい肉体を持った鬼族に比べて、この贅肉の塊みたいなピグモルの俺に、どうやって雨の中、あの岩山の道を走れなどと考えるのかね?

   グレコは、俺の冷めた表情から、言いたい事が理解出来たのだろう。
   隣に座って、静かに苦笑いしている。

「よしっ! 俺も行こうっ!!」

   丸焼き野ネズミさんの、骨までをもバリバリと噛み砕いて食べながら、オマルが言った。

「な……、それは……、どういう……?」

   少々困惑した様子で、オマルを見やるネフェ。

「俺も勉坐に用があるからな、ついでだ。俺がそっちのエルフさんをおぶって走ろう。袮笛はそっちのネズミさんを背負えばいい。そうすれば、あっという間に東の村に着くだろう?」

   嫌味のない笑顔で、オマルはそう言った。

「なるほど、それならば……。グレコ、モッモ、構わぬか?」

   問い掛けるネフェ。

「私はいいわよ。モッモも、いいわよね?」

「ぅえっ!? なっ!? おっ!??」

   驚く俺に、グレコが怪訝な顔になる。
   でも、だって……
   そんな、昨日今日知り合ったばかりの男の背中に、大股開いておぶわれるなんて……
   本当にいいのっ!? グレコっ!??

「何か……、問題でもあるか?」

「いいえ、ないわ。モッモは口の中が食べ物でいっぱいみたいね。じゃあ……、オマルさん、よろしくお願いします」

   うおぉ~いっ!?
   俺、まだいいって言ってないんですけどぉっ!??

   俺の返答なんて全く待たずに、グレコはぺこりとオマルに向かって頭を下げた。

「おうよ! そうと決まれば、ちょっくら準備しねぇとな。手土産を用意せにゃ……。手ぶらで顔を出したりしちゃ、勉坐の事だ、機嫌が悪くなるに決まってら」

   わはは! と笑いながら、オマルは立ち上がって、別の部屋へと姿を消した。

   あぁ……、あ~あ~……
   俺の意見が反映される日は、果たして来るのだろうか?

「確かに……。勉坐はしきたりを大切にする故、客人の態度にはうるさいからな。泉を訪れる許可を得るためにも、下手に出るわけではないが、最低限の礼儀は払わねばなるまい……。私たちも何か手土産を考えよう」

   グレコの隣の丸太椅子に腰掛けたネフェは、あまり気乗りしない様子ながらも、そう言った。

「手土産って……、何が一般的なのかしら?」

   問い掛けるグレコ。

   手土産と言えば……、そりゃお菓子とかじゃないの?  
   
「勉坐は確か……。リーラットの生肉が好きだな。我々紫族の者であれば、肉は焼いて食べるのが普通なのだが、勉坐は少々変わり者でな。新鮮なリーラットの生肉をそのまま食うのが好きだと、以前聞いた事がある」

   うへぇ~、生肉かよ……
   衛生基準法なんてないこの世界なら、生肉だって食べ放題なんだろうけど、危ないぞ?
   食中毒になってパッタリ倒れたって、こんな田舎村の医学じゃ治らんだろうに。

「そのリーラットって、どんな獣?」

「あぁ……。昨晩、私達が食べていたものさ。さっき、雄丸が残りを平らげていただろう? この辺りに生息する、小さな獣だ」

   前言撤回!
   野ネズミさんの生肉が大好物な奴なんざ、食中毒になって倒れちまえっ!!

   すると、ネフェの返答を聞いたグレコが、ちらりと俺を見る。

「……何?」

「……いや、さすがにモッモを手土産にしちゃマズイわよね。はははっ!」

   はんっ!? 俺が手土産だとぉおっ!??
   なんて事を考えるんだ、グレコめぇえぇっ!???

   これは、俺の冒険なんだぞ!?
   俺がいて初めて成立する旅なんだぞぉっ!??
   それを、主人公とも言える俺を、生肉好きの鬼族の手土産にするだとぉおぉ~っ!!???

   きぃいぃぃ~!!!!!
   
   愉快そうに笑うグレコの隣で、俺は自慢の前歯を使って、ギリギリと歯軋りするのであった。





   その後しばらくして、俺たちのいる囲炉裏の部屋へ戻ってきたオマルの手には、大きな竹細工の籠が抱えられていた。
   その中には、俺と大差ない体格の野ネズミさん達が全部で五匹、涙目でガタガタと震えながら身を寄せ合っていた。
   オマルの髪と服が濡れている事から、どうやら今しがた森で生け捕りにしてきたようなのだが……
   なんともまぁ、可哀想に……

   ごめんね、野ネズミさん。
   でも、君達が手土産になってくれないと、俺が手土産にされちゃうんだよ。
   本当にごめんね。
   そして、ありがとう……

   なんとも言えない、複雑な心境のまま、俺とグレコは荷物をまとめて、オマルとネフェ、サリと共に、オマルの家を後にした。

   西の村の外れまで行き、グレコは遠慮なくオマルにおぶわれて……

「モッモはここに入っていろ」

   ネフェにそう言われて俺は、少し大きめの皮袋の中に入る事となった。

   袋の中ならば雨に濡れないし、走る時の向かい風も受けないしで、快適っちゃ快適だけども……
   なんだろうな? 少しばかり、拉致された時を思い出す。
   このままリーラットと間違えられて、手土産にされませんように……

   袋の中でナムナムと、両手を合わせて拝む俺。
   そんな俺には御構い無しに、グレコをおぶったオマル、ネフェ、サリが走り出す。
   雨が降る中、緩やかな坂が続く岩山の道を駆け抜けて、俺たちは東の村へと向かった。
      
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