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19.策略はそこら中で練られていて
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「いらっしゃい。会えて嬉しいよ、鏡花嬢」
「こちらこそお会いできて嬉しいですわ、花山院さま」
さっそく鏡花は花山院家を訪れていた。当主自ら出迎えてくれたが、やはり体調は優れないのかベッドから体を起こした状態だ。
「とても良いお茶会だったと聞いているよ。鏡花嬢のセッティングや統率能力も、玲くんのセンスや細やかな気配りもどちらも本当に素晴らしい。本当にありがとう」
花山院家当主はそう丁寧に礼をする。加えてあれもこれもとお礼の品を渡してくる。
「しかし……噂に聞く鏡花嬢とは雰囲気が違って見える。ああ、どちらも素敵に見えるがね」
ちなみに鏡花は戦闘モードではなく、わりと普段着に近い服装だ。もちろん理由だってある。年のいった当主へのお願いはモダンな女性よりも孫のような愛らしさの方が効くと思ったからだ。おそらく聞いた噂は、いつかの悪女の噂だろう。利用すべき価値もあるかもしれない噂だが、今はどちらも素敵だと言ってくれているので笑うだけに留めることにした。
「今日はお願いに参りました、聞いていただけますか」
「ああ。貴女には感謝しきれないほどの恩があるからな。私にできることならなんだってしよう」
「私、百貨店を開いて自ら経営したいと思っています。どうか、ご協力していただけませんか」
一息に言い切ると当主はいささか驚いた様子を見せたがすぐにふむ、と考える。それから思い出したように言った。
「実は、今取り壊すか改修工事をしてこれから先使うか迷っている建物があるのだが……どうかね」
鏡花は花山院家が所有するその土地のことを思い浮かべる。市街地からもほどよい距離、加えて繁華街にも近い。好立地すぎる土地の所有権譲渡しなど断る理由がない。
「いいのですか」
「ああ。持て余して困っていたくらいだからちょうどいいよ。それに若いお嬢さんが作る百貨店ってのも見てみたいからね」
そう笑った寛大な当主は加えて費用の半分を負担してくれるという。あまりにもうますぎる話に鏡花は一瞬怪訝な目を向けた。
「私は私でいいところは持っていってるんだ、だから気にしないでくれ。それに貴女と玲くんのお店なら皇室だって贔屓にしてくれるだろう」
そう言われ、鏡花は少し思考を巡らせた。そうして思いついたのは皇室と密に連絡を取れる花山院家のこと。
「花山院家もぜひ出店していただけませんか! 少し今らしいデザインを取り込んだら間違いなく売れると思いますわ!」
「実に嬉しいお誘いありがとう。そうさせていただくよ」
両者ともに良い笑みを浮かべている。それはまさしくやり手の商人の目つきで。「じゃあまた話し合おう」などと約束し、鏡花は花山院家を後にしたのだった。
***
「ねえ、玲ちゃん。アタシと柳浪サン、どっちも呼びつけるなんて珍しいじゃない。どうかしたの?」
そう尋ねたのはアクセサリーショップのジョニー。その隣にはブローカーである柳浪が不思議そうな目で玲を見つめている。2人が不思議に思うのも無理はない。いつもなら玲が自ら出向いてくるというのに、わざわざ家に呼びつけたこと。それもなぜか婚約者である鏡花が留守にしているときに急に。
薄々今から頼まれるであろうことを察した2人は楽しげに笑っているのだが、玲がもじもじしている姿がなんとも言えず面白くてしばらくカマをかけることにした。
「ねえー、玲ちゃん。アタシ、たった数日前に皇后さまへのアクセサリーを作り終えたばっかりよ? ゆっくりしたいんだけれど、急用かしら?」
「そうだな。玲くんの頼みとあらば叶えてやりたいがなあ……内容もわからないんじゃなあ」
そう言えば玲は顔を赤らめ、それから観念したように口を開いた。
「鏡花に、贈り物をしたいんだ」
「きゃー! やっぱりそうなのね、やだ嬉しいわ!……っとうるさかったわね」
黄色い声を上げたジョニーを横目に、玲は小さく頷いた。それからポツリポツリと言葉をこぼしていく。
「先日、鏡花と春のお茶会を完成させた。あのあと彼女の笑顔が忘れられなくて。ずっと不思議に思っていた」
それから玲はその謎のモヤモヤを抱えていたのだとか。しかし、それは次の日の鏡花と兄の深月の会話をたまたま聞いてしまったことでやっと理解した。
「鏡花が離れていってしまうと怖くもなったし、同時に俺と一緒に夢を叶えたいと言ってくれたことがどうしようもなく嬉しくて。ようやく、気が付いたんだ」
玲はまた思い浮かべたのか、胸元のシャツをぎゅうっと握りしめる。そんな姿に人の恋愛ごとが大好きなジョニーはうっとりした息を漏らす。
「それで? 玲くんはどんな贈り物をしたいんだね?」
「そうよ、準備だってあるんだから。どうせすぐ伝えるんでしょう? いいわ、特別に1週間以内に――」
ジョニーは玲の様子を見て喋るのを止める。
「伝えるのは、まだ先がいいんだ」
「どうして? 愛の言葉は早く告げるべきよ」
「彼女が、頑張り屋だから」
玲は鏡花が何を成し遂げたいのかを思い浮かべた。これから鏡花がそれの準備に向けて忙しくなることは明白で。
そこまで玲が言えば2人とも理解したようだった。ジョニーは心の中で言うタイミングを失ってしまいそう、と思ってはいたけれど、どうやら玲は何か考えがあるようだった。
「いつも驚かされてばかりだから、少しくらい困らせてみてもいいかなって思っている」
正しくは、びっくりさせたい、照れさせたい……だろうけれど。
するとジョニーも柳浪も「それなら楽しそうだ」となぜかノリノリで準備を始めたのだった。
「こちらこそお会いできて嬉しいですわ、花山院さま」
さっそく鏡花は花山院家を訪れていた。当主自ら出迎えてくれたが、やはり体調は優れないのかベッドから体を起こした状態だ。
「とても良いお茶会だったと聞いているよ。鏡花嬢のセッティングや統率能力も、玲くんのセンスや細やかな気配りもどちらも本当に素晴らしい。本当にありがとう」
花山院家当主はそう丁寧に礼をする。加えてあれもこれもとお礼の品を渡してくる。
「しかし……噂に聞く鏡花嬢とは雰囲気が違って見える。ああ、どちらも素敵に見えるがね」
ちなみに鏡花は戦闘モードではなく、わりと普段着に近い服装だ。もちろん理由だってある。年のいった当主へのお願いはモダンな女性よりも孫のような愛らしさの方が効くと思ったからだ。おそらく聞いた噂は、いつかの悪女の噂だろう。利用すべき価値もあるかもしれない噂だが、今はどちらも素敵だと言ってくれているので笑うだけに留めることにした。
「今日はお願いに参りました、聞いていただけますか」
「ああ。貴女には感謝しきれないほどの恩があるからな。私にできることならなんだってしよう」
「私、百貨店を開いて自ら経営したいと思っています。どうか、ご協力していただけませんか」
一息に言い切ると当主はいささか驚いた様子を見せたがすぐにふむ、と考える。それから思い出したように言った。
「実は、今取り壊すか改修工事をしてこれから先使うか迷っている建物があるのだが……どうかね」
鏡花は花山院家が所有するその土地のことを思い浮かべる。市街地からもほどよい距離、加えて繁華街にも近い。好立地すぎる土地の所有権譲渡しなど断る理由がない。
「いいのですか」
「ああ。持て余して困っていたくらいだからちょうどいいよ。それに若いお嬢さんが作る百貨店ってのも見てみたいからね」
そう笑った寛大な当主は加えて費用の半分を負担してくれるという。あまりにもうますぎる話に鏡花は一瞬怪訝な目を向けた。
「私は私でいいところは持っていってるんだ、だから気にしないでくれ。それに貴女と玲くんのお店なら皇室だって贔屓にしてくれるだろう」
そう言われ、鏡花は少し思考を巡らせた。そうして思いついたのは皇室と密に連絡を取れる花山院家のこと。
「花山院家もぜひ出店していただけませんか! 少し今らしいデザインを取り込んだら間違いなく売れると思いますわ!」
「実に嬉しいお誘いありがとう。そうさせていただくよ」
両者ともに良い笑みを浮かべている。それはまさしくやり手の商人の目つきで。「じゃあまた話し合おう」などと約束し、鏡花は花山院家を後にしたのだった。
***
「ねえ、玲ちゃん。アタシと柳浪サン、どっちも呼びつけるなんて珍しいじゃない。どうかしたの?」
そう尋ねたのはアクセサリーショップのジョニー。その隣にはブローカーである柳浪が不思議そうな目で玲を見つめている。2人が不思議に思うのも無理はない。いつもなら玲が自ら出向いてくるというのに、わざわざ家に呼びつけたこと。それもなぜか婚約者である鏡花が留守にしているときに急に。
薄々今から頼まれるであろうことを察した2人は楽しげに笑っているのだが、玲がもじもじしている姿がなんとも言えず面白くてしばらくカマをかけることにした。
「ねえー、玲ちゃん。アタシ、たった数日前に皇后さまへのアクセサリーを作り終えたばっかりよ? ゆっくりしたいんだけれど、急用かしら?」
「そうだな。玲くんの頼みとあらば叶えてやりたいがなあ……内容もわからないんじゃなあ」
そう言えば玲は顔を赤らめ、それから観念したように口を開いた。
「鏡花に、贈り物をしたいんだ」
「きゃー! やっぱりそうなのね、やだ嬉しいわ!……っとうるさかったわね」
黄色い声を上げたジョニーを横目に、玲は小さく頷いた。それからポツリポツリと言葉をこぼしていく。
「先日、鏡花と春のお茶会を完成させた。あのあと彼女の笑顔が忘れられなくて。ずっと不思議に思っていた」
それから玲はその謎のモヤモヤを抱えていたのだとか。しかし、それは次の日の鏡花と兄の深月の会話をたまたま聞いてしまったことでやっと理解した。
「鏡花が離れていってしまうと怖くもなったし、同時に俺と一緒に夢を叶えたいと言ってくれたことがどうしようもなく嬉しくて。ようやく、気が付いたんだ」
玲はまた思い浮かべたのか、胸元のシャツをぎゅうっと握りしめる。そんな姿に人の恋愛ごとが大好きなジョニーはうっとりした息を漏らす。
「それで? 玲くんはどんな贈り物をしたいんだね?」
「そうよ、準備だってあるんだから。どうせすぐ伝えるんでしょう? いいわ、特別に1週間以内に――」
ジョニーは玲の様子を見て喋るのを止める。
「伝えるのは、まだ先がいいんだ」
「どうして? 愛の言葉は早く告げるべきよ」
「彼女が、頑張り屋だから」
玲は鏡花が何を成し遂げたいのかを思い浮かべた。これから鏡花がそれの準備に向けて忙しくなることは明白で。
そこまで玲が言えば2人とも理解したようだった。ジョニーは心の中で言うタイミングを失ってしまいそう、と思ってはいたけれど、どうやら玲は何か考えがあるようだった。
「いつも驚かされてばかりだから、少しくらい困らせてみてもいいかなって思っている」
正しくは、びっくりさせたい、照れさせたい……だろうけれど。
するとジョニーも柳浪も「それなら楽しそうだ」となぜかノリノリで準備を始めたのだった。
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