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2.送っていくよ
しおりを挟むこの日から千秋は時間をかけて知っていった。
トマリは所謂“ギャップ”の多いタイプだ。
しかし彼女の隠し持っているギャップは決して“萌える”ものではない。
腹が減ったら煙草……これは単純に心配なだけだ。素直に栄養を摂取しろと言いたい。
抑揚の無い声色に無表情。礼儀を欠いた姿勢は社会に於いて不利でしかない。
酒には非常に弱く、カクテル一杯程度で効果は十分。可愛らしく酔うならまだしもイビキをかいて眠ってしまうときた。露出の多い服装まま、脚まで無防備に広げているのだから目も当てられない。色気? そんなものとは程遠い。
夏のセールが終盤に入るとブーツやストールを始めとした秋の小物が続々と入荷した。店長とサブは売り場を作り変えるので大忙しだ。若いスタッフたちはストック整理をしながらもその目はランランと輝いている。次に着るものを考えつつの作業なのだろう。
そんな中にぽつんと佇んでいたのがトマリだ。袋に入ったままの黄色いベレー帽を半分に折った彼女がおもむろに呟く。
「美味しそう。オムレツみたい」
いきなり何を言うのだと後輩たちは大笑い。店長は白い目である。
トマリは所謂“変わった人”だ。
“トレンドを取り入れた大人可愛いコーディネートの提案”をうたっている店内に、いつの日だったかごつい南京錠を首からぶら下げて出勤した。店長の指示によって、売り場に立つ頃には外されていた。ちょっぴり不満そうな顔に見えた。
「トマリンって束縛されるの好きそう!」
からかい気味の後輩からこんなレッテルを貼られても
「否定はできない」
真顔でこんな風に返してしまう。否定しないのか……と、あんぐりしていた千秋に気付いて首を傾げる。笑ってやり過ごすということをトマリは知らない。
こんな彼女にもどうやら彼氏が居るらしいことがわかってきた。そして彼女の繰り出す恋バナとやらはやはり何処かズレている。
「出会った頃は弟みたいだった。それがだんだん同級生っぽくなって、今はお兄ちゃん。このまま一緒に居続けたら多分そのうちパパになる」
やれ、この惚気……もとい、暗号をどう解読しようかと千秋はこっそり首を捻った。
これは彼氏がどんどん過保護になっていくといったところだろうか。いいや、それどころか束縛が激しくなっているのでは?
もしやあのいかつい南京錠を首にひっかけたのは彼なのではないか?
いつの間にか保護者のような心配をしている自分にふと気付いた千秋は、駆け抜けるむず痒さに身体を揺すった。
トマリは所謂“年齢不詳”だ。
若い後輩たちは彼女を先輩と思って接していないらしい。無理もないだろう。これを先輩と呼ぶにはあまりに頼りない。そして何より彼女自身に威厳を保つような姿勢が見られない。
店長は在籍しているスタッフの中から次期サブ候補を育てようとしている。現在のサブもそろそろ店長へ昇進して良い頃。意欲を示す若いスタッフたちの中で比較的年長者であるはずのトマリはぽかんと立ち止まったままである。
「あなたも目指すところを見つけなきゃね」
こんな風に語りかけてみても覇気の無い目をしたままなんだから、あの子は本当にどうしようもない……ぼやく店長はもはや諦めの境地だ。
千秋は時間をかけて知っていった。
出会ったあのときはよくわからなかった意味深な言葉の理由を少しずつ、少しずつ、確かに。
店長が手に負えないならもう自分しか居ない。ある種の責任感を得た千秋はトマリを休憩に誘った。妙な噂が立ったんじゃあどうしようもないからとそこは細心の注意を払った。
ある日の帰り道にトマリの後ろ姿を見つけた。声をかけてやろうかと思った矢先、彼女は一目散に人混みの中を駆け抜けて駅の構内に消えた。
どうやら乗り換えの駅までは一緒らしい。千秋は帰りの時間帯も合わせてみることにした。そしてこの選択は間違いではなかったのだとすぐに知る。
「あの人、怖い」
いつか一目散に駆け出した地点で下を向いたトマリが呟いた。千秋が顔を上げると、そこにはキャバクラのキャッチをする男が居た。
「なぁんだ、あれは……」
言いかけて千秋は口を閉ざした。
胸元で拳を握ったトマリが青ざめながらブルブルと震えていたからだ。
初めて出会った日、ちょっと声をかけただけで飛び上がった彼女の姿を千秋は思い出した。トマリにとっては上司だろうがキャッチだろうが、見知らぬ男に変わりない。そしてその存在は恐怖でしかない。何が原因かはわからないし、むしろわかったらそれこそ怖いような気さえした。
ただ一つわかること。
いつだってそう、受け流すということをトマリは知らないのだ。
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