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第1章
第五話 裏切り
しおりを挟む「さーて!! それでは世にも奇妙な仮面付きの素顔をご覧あれ!!」
メルのずたぼろの心はお構いなしに、男はそんな陽気な声を上げながら無惨にも仮面が引き剥がす。
衝撃等では簡単に外れないように工夫していたが、男の力の前にはなんの意味もなさない。
メルは目を瞑り、浴びせられるであろうありとあらゆる罵詈雑言を覚悟した。
ディーンはどんな言葉を発するだろう。
女頭が言っていたように、騙されていたと思われてしまうのだろうか。
そしたら、せめて弁明しよう。騙すと言っても、話したのは今日だけだし、きちんと説明すれば分かってくれるはずだ。
メルの言葉を『きちんと』聞いてくれれば、の話だが。
細身の男に髪の毛を掴まれ、顔がよく見えるように無理矢理上を向かされる。
メルは、黙って周りから発せられる言葉を待つ。
でも、誰も何も言葉を発しない。どうしたというのだろう。
メルのあまりの醜さに気絶してしまったのだろうか。そうしたら初めてこの顔に感謝することになる。
そんなふざけた事を考えていると、静寂を破ったのは同じく静寂を訝しんだ細身の男の声。
「あれ_? どうしたんすか? そんな顔してぇ。笑ったり吐いたりするところでしょう、ここはー」
細身の男はメルの背後に立っているのでメルの顔がよく見えないようだ。
「あ、あぁ……いや、でも、とりあえずお前も顔を見てみろよ……。」
本当に何事だろう。閉じていた目をゆっくり開ける。
「なんすかー? まさか美人だったって落ち―――って、うわきっっもぉ!!」
男はメルと目があった瞬間、そう罵声を吐きながら髪の毛を掴んでいた手を強く振り払った。
その力にメルは体ごと引っ張られ体が地面に横倒しになった。叩きつけられた側頭部が痛い。
「なんなんすかぁ。これ。こんなの流石に見たことないっすよぉ」
「…………お前はやっぱふてえ野郎だ……。俺は見た瞬間……吐きそうになったぞ」
「ああ、同感だね。昼飯食べ損ねた事に感謝するなんて初めてだよ、あたしは」
やはり、メルに浴びせられるのは心を突き刺すナイフのような言葉だ。
でも大丈夫、とメルはもう一度心に盾を作ろうした。こんなのには慣れっこなのだ。散々そんな事を言われてきた。醜いと言うだけで普通の一般市民にすら迫害されてきた。衛兵にすら、人として守ってもらえる事は殆どなかった。
気力を振り絞って心の前に、脆く、小さな盾を形成する。
だから大丈夫だった。メルの心はこれ以上傷つかない、はずだった。
「それで……白髪君の反応はどうなってるのかなあ?」
言葉につられてディーンの方を見たのが間違いだった。盾は吹き飛び、最後の心の欠片が砕けちり、消え去るのを感じた。
目に映ったのは、言葉を失ったように口を開いたり閉じたりしているディーン。更に力強い目が大きく見開かれ、こう言っているようだ。
『どうしてお前みたいなのが存在するんだ』と。
大丈夫なはずだったのに、これ以上は傷つかないはずだったのに。
「おおー!? 白髪君はお連れさんのあまりの醜さに言葉を失ったようです! 流石に初めて見る仮面付きがこれじゃあ、ダメージも相当でしょうからねえ!」
勝手に涙が溢れてくる。
「お願いだ。もう、やめてくれ……」
「うえぇ。お頭あ! こいつ、泣いてますよぉ」
「あっはっは! モンスターにも感情はあるんだねえ! そういえば、あたしが見つけた時は、オナニーしてたっけ。ああ、気持ち悪い、気持ち悪いねえ」
そこで、これまで意識から遠ざかっていた事が暴露されてしまった。
「ち、違う! それは違うんだ!」
「何が違うんだい? あんなに声出してたじゃないか。『イク、イッちゃうーー!』ってさ!」
ああ、終わった、とメルは今更ながら思った。もうとっくにメルの人生は終わっていたというのに。
やはり女頭には決定的な場面を瞬間を見られていたのだ。
メルは咄嗟に泣きながら否定したが、女頭の芝居がかった大袈裟な言葉は止まらなかった。
「え!? それまじすかあ!? そんなん見たら、一生飯も女も食えなくなりそうっす……」
「そんなものを見て、よく平気でいられましたね。流石は頭です」
「いや、後ろから少し見ただけだからね。その時は、どう忍び寄ろうかって考えてただけだったのさ」
更に続く、メルを辱しめる言葉。
「きっと白髪君、あんたの事を思い浮かべながら、オナってたんだよ。ほんっと気持ち悪いよねえ? あんたの事騙して襲うつもりだったんだぜ? 言ってやりなよ。どんな罵詈雑言でも、あのモンスターは押さえつけとくから、大丈夫だよ!」
一番暴露されたくない事を言われてしまったメルは、それが事実だけに、メルに一際重くのし掛かるのを感じた。
ディーンは、話を聞いても、こちらをただ見ているだけ。不快そうに顔を歪めながら。
メルはもう何か言うのをやめた。
「ああ、あまりにショックで言葉が出ないみたいっすねえ。こればっかりは同情するっす。それでお頭、こんなやつ連れて旅するのなんて、俺は少しの間でも嫌なんすけど……」
「同感だな。辛抱して街まで連れていったとしても、割りに合わないと思うぞ」
二人のそんな言葉に、メルは一筋の希望を見いだした。
「うーん。そりゃあ、私だって嫌なんだけどねえ。でもこの白髪君が金になるかって言うとねえ。あたし達の事チクるかもしれない――――」
そこまで言いかけて女頭はハッとした顔をしてから、満面の笑みを浮かべた。
「あっはぁ!! 凄く楽しくて、問題も解決する方法思い付いちゃった! 聞きたい?」
「聞きたいっす!」
細身の男も釣られて満面の笑顔を浮かべている。
「この可哀想な白髪君にこの淫乱ブスモンスターを殺させてあげるんだよ。 そうすれば、この白髪君もあたし達を裏切りはしないだろうしね。よく考えたら、珍しい白髪君を大金出して欲しがるやつもいるだろうさ。年寄りのかつら作りにも役に立ちそうだしさ」
メルは口元に笑みが浮かぶのを感じた。希望の光が大きくなっていく。
「なるほど、いくらモンスターでも、殺せば殺人ですからね」
「でも、こいつが政府に逃げ込んだ時にどうやってこいつが殺したって証明――痛ッ!!」
細身の男が女頭に蹴られた足をかかえる。
「……続きだけど、そしたら騙されてたこの可哀想な白髪君も復讐できて、あたし達もスカッとできる。その上、金も入るって最高の計画だよ」
メルは唯一の希望が叶うのを感じた。死んで解放される、という希望を。
女頭がそこでディーンの方へと向き直る。
「あんた、やれるかい? あんたにとっても良い話だろう? やれないんだったら、やっぱりあんたを殺すしかないんだけどさ」
ディーンは自分を裏切れるだろうか。と考えてからメルはまたもや自嘲する。
ディーンにとって裏切ったのはメルの方なのだ。
メルが死んでディーンが助かるなら、それで良かった。こんな思いをし続けたら、いつか本当にモンスターになってしまうだろう。
だから――――
「やります。俺に殺させて下さい」
それで良いんだよ
「よしきた!! おい、そいつに武器を渡してやりな!」
ごめんね。本当にごめんね。
「俺のは嫌ですよ、この前せっかく手に入れた宝剣なんだから、絶対にこんなやつ斬らせたくないっす!」
でも、本当に騙してた訳じゃないんだ。
「なら、俺のを貸す。大金が入ったら買い換えようと思ってたんだ。……槍の使い方は分かるか?」
不快な思いをさせたかった訳じゃなかったんだ。
てか、こいつら気にしすぎだろ。
「じゃあ俺は離れてよーっと。 お頭も離れて見ましょ!」
ディーンが槍を受け取って、屈強な男に付き添われながらこちらに近づいてくる。
ああ、やっぱり村に帰れば良かったなー
「良いぞ! 殺せえ! 人間のふりするモンスターは殺しちまえ! 全部モンスターが悪いんだからね! 死んで詫びるのが当然なんだよ!」
ディーンはやっぱり凄く怒った顔をしている。憎しみに溢れてるみたい。
ディーンが私に向けて槍を構える。
ああ、やっぱり格好良いよディーン。私には絶対釣り合わない存在だ。それなのに少しでも希望を持たせてくれてありがとう……
メルは目を閉じた。
その言葉は、誰に向けてのものだったのだろうか。両親? 他の村の皆? ディーン? いや、世界の全ての人に向けたものだろうか?
「生まれてきて、ごめんなさい……」
ヒュッという槍を突き出す音が聞こえた瞬間、メルは目を閉じて、自らを解き放つ痛みを待った。
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