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第1章
第六話 救済
しおりを挟むメルは目を瞑って解放をもたらす痛みを待つ。
一瞬が数秒にも感じられるようだった。
ブシュッという音と共に、顔に熱い血がかかるのを感じた。
『遂に、』という思いと共に次に訪れるはずの痛みに備える。
しかし、訪れるはずのの痛みは、まるでメルの体を襲うのを躊躇っているようだ。
さっきと同じだ、とメルは思った。何事だろうと思っても、予想通りの結末が訪れるだけなのだ。
「……ガッ……ハァ…………貴様―――」
死を前に興奮しているからなのかもしれないが、早く死にたいのだから。
「おい!! あ、あんたなにやってんだい!?」
「あ、兄貴ぃ! ほ、ほんとだよ! 何やってんだよお前!!?」
そんな驚きの混じった怒声が響いてようやく、メルは目を開けた。
目に飛び込んで来たのは、槍に心臓の辺りを貫かれた屈強な男の姿。そして、その槍を握っているのは紛れもなくディーンだった。
メルはあまりの事に言葉を失う。この青年は何をやっているのか。何がしたいのか。全く理解できなかった。
「何をやっているのか、だと? お前たちが言っていたじゃないか。モンスターを殺してるんだぞ?」
そう言い放つディーンの顔は、意外にも無表情だった。
怒りに赤くなっているわけでも、不快そうに顔を歪めている訳でもなく、ただの無表情。
しかし、今はその無表情がとても恐ろしい。触れれば切れてしまいそうな雰囲気を纏っているその姿は、昼間の弱々しく穏やかな姿とは、あまりにもかけ離れていた。
「も、モンスターはその女だろうが! なんでジークを殺すんだよ!」
ジークとは、刺された屈強な男だろう。胸から生えている槍の柄を掴んで、呻いている。
「だから、モンスターだろう? 人の皮を被ったモンスターだ。他人の事を力で言いなりにし、強奪し、あげくの果てには辱しめて命までも奪おうとする。そんなの、人じゃない」
メルはまさに、雷に打たれたような衝撃を受けた。ディーンの言った言葉は、メルの怒りと悲しみを表していたからだ。ディーンは、自分の為ではなく、メルの為の言葉を紡いでいるのだ。
メルの砕けて消え去ったはずの心が甦る。
「そんな醜い女を庇うっていうのかい? おかしいだろ! どう考えても、死ぬべきなのはその女なんだよ!」
「ほら、それだ。人の事を見た目で判断して罵り、尊厳を踏みにじる。そんな行為が許されると思うのか?」
盗賊達の戸惑うような大声に、ディーンは落ち着いて答える。しかし、その手は震えていた。
メルの心に火が灯る。まだそれは、小さな小さな灯火。それでも、さっきとは違う明るい希望の灯火。
「許されるんだよ! 迫害されて当然なんだよ! 女神だってそれを許してる! そいつに生きていて欲しいと思ってる奴なんか、世界中のどこにもいねえんだよ!!」
それが誇張された言葉でない事を知っているメルの胸がふさがる。空気を失った炎がまた消えそうになる。
だがディーンはその言葉を聞いた途端、先ほどとはうってかわって顔を怒りに染め、体中をガタガタと震わせだした。
「黙れ!! お前らにメルの何がわかる!? メルは、好きでお前らの嫌いな姿になった訳じゃないだろうが!! 好きで仮面を付けている訳がないだろうが!!」
眉間に深い縦ジワを刻み、荒い口調で怒りに声を震わせるディーン。
その回りに蒼白い怒りの波が見えるかのようだった。
そしてその波がメルにも伝播したかのように、メルの心の火が息を吹き返し、あかあかと燃えあがった。
「メルは俺を騙した訳じゃない! 俺を救ってくれたんだ!! そんな女性が世界中から嫌われているだと? メルが実際何をした!? 初めて出会ったお前に何をした!? お前のように何かを奪ったか!? お前のように抵抗できない者を傷つけたか!?」
肩を震わせて雷のような怒声を飛ばすディーンに、盗賊達も気圧されたように黙りこむ。
そんなディーンの言葉にメルは心を動かされずにはいられない。胸の奥から揺り動かされるような感動に、なすがままにされていた。
「醜いのはこの世界の方だ! たとえ世界中で嫌われてたって、俺はメルの味方だからここに居る! 死ぬべきなのはお前らの方だ! この豚畜生ッ!! これ以上俺の恩人を侮辱してみろ! 死ぬよりも酷い目に合わせてやる!!」
そこまでまくし立て、肩で息をするディーンの姿に、メルの胸は更に熱くなり、涙が溢れる。涙が溢れて、止まらない……。
気づけば、ディーンも涙を流していた。
皆が黙り込み、しばらくして女頭が口を開いた。
「……おい、ジャック! もうあいつら殺せ。 あんな口叩いた身の程知らずを絶望させてやれ!」
女頭の言葉に細身の男も我に帰る。
「兄貴の敵取らなきゃっすからね…………死ぬより酷い目に逢うのはお前だ白髪ぁ!」
ジャックと呼ばれた男はそう言い放ち剣を抜くと、ディーンに向かって飛び出した。
ディーンもジークの体から槍を引き抜いて応戦しようとする。
しかし――――――
「ぬ……抜けない……!?」
ジークはとっくに息絶えていたが、その手は槍を固く握りしめ、死してなお離さなかった。
「死ねぇぇええ!!」
「ディーン!避けて!!」
ディーンに殺意を向ける者と、生きて欲しいと願う者。
二つの声が同時に闇夜に響いた。
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