婚約破棄された伯爵令嬢シャルロッテは、泣きながら逃げる途中でぶつかった25歳の公爵と中身が入れ替わったので、復讐します!

山田 バルス

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第8話 午後の特訓と新しいドレス

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秘密の一週間 ― 午後の特訓と新しいドレス

 レイモンドの厳しい言葉を受けて、二人は椅子に深く腰を下ろした。
 けれど、シャル男(中身ファビアン)はまだ興奮冷めやらぬ様子で、どこかそわそわしていた。

「ねぇ、レイモンド。午後からは“特訓”って言ったけど……ひとつお願いがあるの」

「お願い、でございますか?」
 レイモンドが眉をひそめると、シャル男はきらきらした瞳で身を乗り出した。

「舞踏会がもうすぐでしょう? だから、わたし――新しいドレスを新調したいのよ! これを逃したら一生の後悔になるわ!」

 ファビ子(中身シャルロッテ)は机に突っ伏したまま顔を上げた。
「えぇぇ!? こんな状況でドレス!?」

「だって舞踏会よ? わたし、いや、“シャルロッテ”としては一世一代の晴れ舞台じゃない! 最高の姿で出たいのよぉ!」
 シャル男は両手を胸に当て、夢見る乙女そのものだった。

 レイモンドはため息をつきつつも、ほんのわずかに口角を上げた。
「……舞踏会の準備も公爵家にとっては重要な務め。分かりました。午後の特訓は一部変更して、“ドレスの仕立て”に組み込みましょう」

「やったぁ!」
 シャル男は椅子から飛び上がり、くるりと回って喜びを爆発させた。

 その一方で、ファビ子は机の上の書類を見つめて青ざめる。
「え、でも……わたしはどうすれば……」

「お嬢様――いえ、ファビアン様」
 レイモンドがきっぱりと声をかける。
「残された書類のうち、重要度の低いものはここで処理してください。軍備や財務関係は無理に手を出さず、“入れ替わりが戻った後”に本来の公爵様が判断されるのが賢明です」

「そ、そうなのね……。ふぅ……よかったぁ……」
 ファビ子は胸をなでおろした。だが、残された“低重要度”の書類だけでも山のようで、頭痛がしそうだった。

◆ 午後の準備

 こうして方針が決まり、シャル男は上機嫌で化粧部屋へ向かった。
 豪奢な化粧台の前に座り、ベテランメイド数名が彼女を取り囲む。

「お嬢様、本日は新調されるドレスに合わせて華やかな仕上がりにいたしますね」
「お肌の色が透き通るように白いですから、薔薇色の頬が映えますわ」

「まぁ♡ お願いするわ!」

 シャル男は頬を上気させ、差し出されたパフや筆にうっとりしていた。
(こ、これよ……! 本物の貴族令嬢の化粧! 夢にまで見た世界だわ……!)

 一方、別室の執務室ではファビ子が、羽ペンと格闘していた。
「えぇっと……“領民からの井戸の修繕願い”……これは、印を押せばいいのね……? よし!」

 カシャン、と判を押す手は震えている。
「つ、次は……“城下町の屋台の営業許可”……? これも印で……?」

 冷や汗をぬぐいながら、必死にマニュアルを読み進める。
(うぅ、まさか王都に来て……“豚三百頭”や“屋台営業”で頭を悩ますことになるなんて……!)

 それでも――彼女の努力は確実に机の上の紙の山を減らしていた。

◆ 新しいシャルロッテ

 数時間後。

 玄関ホールに呼び出されたファビ子は、疲労で肩を落としつつも足を運んだ。
 そこへ、階段の上から現れたのは――シャル男。

「お待たせ♡」

 その瞬間、ファビ子は息を呑んだ。

 薔薇色の頬に透き通る白い肌。瞳は宝石のように輝き、唇は艶やかに整えられている。
 絹のドレスは体のラインを優雅に強調し、まるで絵画から抜け出したような存在感だった。

「っ……!」
 思わず声を失うファビ子。

「ほぉ……」
 レイモンドですら目を見張り、口を開いた。
「これは……王都一の美姫と言っても過言ではございませんな」

「うそ……すごい……」
 ファビ子はぽかんと呟いた。

 その言葉に、シャル男はふふんと鼻を鳴らす。
「あなた、今まであまり化粧をしてなかったでしょう? 公爵家のベテランメイドにかかれば、この程度は当然なのよ!」

「で、でも、わたし……」

「元の素材が最高級なんだから、自慢していいのよぉ!」
 シャル男は腰に手を当て、得意げに胸を張った。

 その輝きは、もはや“お嬢様シャルロッテ”を超えて――誰もが振り返る女王の風格すら漂わせていた。

 ファビ子は眩しそうにその姿を見つめながら、心のどこかで思った。
(……わたし、本当にこの一週間を乗り切れるのかな……?)

 だが、その不安すらかき消すほどに――シャル男の笑みは眩しかったのだった。
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