婚約破棄された公爵令嬢アンジェはスキルひきこもりで、ざまあする!BLミッションをクリアするまで出られない空間で王子と側近のBL生活が始まる!

山田 バルス

文字の大きさ
22 / 31

第22話 アルタ視点その3 公爵令嬢アンジェからの忠告

しおりを挟む
 銀髪の公爵令嬢――アンジェ=オスロベルゲン


 朝の光は柔らかくとも、学院の噂は冷たい刃のように肌を刺した。
 あの夜から一夜明けると、誰かの囁きが廊下を滑り、誰かの視線が休むことなく自分を探した。
 アルタは朝の掃除のために寮の廊下を拭いているとき、その乾いた声を耳にしてしまった。

「ねえ、聞いた? 殿下が下級生と親しいんですって」
「まさか、本当に? あのドランメン嬢と?」

 顔が火照るのを抑えられない。
 箒の柄にしがみつくようにして、アルタは言葉を飲み込んだ。
 噂は瞬く間に広がる。
 食堂では皿が一瞬止まり、講義室では教師の視線が一度だけ自分に集まる。
 友達と思っていた男子が、今日はどこかよそよそしい。
 女たちの冷ややかな視線は、刃のように突き刺さった。

(王都は、こんなにも早く私を裁くんだ)
 幼い頃、祭りで抱きつかれて笑っていた自分を思い出す。
 あのときの距離感が、都会では「略奪愛」と誤解されるらしい。
 胸がぎゅっと締めつけられ、アルタは思わず窓の外に視線を投げた。
 学び舎の向こうに伸びる空は、いつもより遠く感じられた。

 その昼下がり、彼女の寮の廊下に静かな足音が近づいた。
 扉がきしみ、意外にも柔らかな声がした。

「アルタ=ドランメンさんね?」

 振り向くと、そこに立っていたのは、銀髪を揺らす令嬢――アンジェ=オスロベルゲンだった。
 綺麗に整えられた装い、控えめだが確かな気位。
 噂の婚約者である彼女の表情は、きつくはない。
 むしろ、驚くほど落ち着いていた。

「お会いしておきたかったの。少しお話をしましょうか」
 アルタの心臓は一度止まったように思えた。
 王子の婚約者に呼び出される――理由がよくわからず、胸の奥で小さな恐れが生まれる。

 二人は中庭のベンチに腰掛けた。
 アンジェは手に小さな扇子を持ち、風を起こすように静かに話し始める。

「あなたが、殿下と親しくされていると聞いたわ」
「は、はい……」
「王都では、立場がすべてを左右する。婚約者として申し上げるけれど、あなたが殿下に近づくことはおすすめできません」

 その言葉はやさしく、だが骨がある。
 アルタは胸の中で何かが砕けるのを感じた。
 優しさに包まれた忠告――それとも冷たい命令? アルタは返事に詰まる。

「でも、私はただ……」
「ええ、分かっている。あなたが無邪気であることも、好意的に接してくれていることも。けれど、殿下は王子であり、公的存在よ。あなたのような一人の学生が殿下に近づくと、どれだけの誤解が生まれるか、想像して」

 アンジェの瞳は真剣だった。
 そこには、ただの嫉妬ではない、これまで培われてきたものを守ろうとする強さがあった。

「私の立場を守るため、というより、あなたを守りたいの。王都の噂はあなたを叩き潰すかもしれない。だから──殿下に近づかないでほしい。お願い」

 言葉はやわらかかった。
 だが、そのやわらかさの奥にある断絶は、アルタに冷たい現実を突き付ける。
 自分が王子に会うことが、誰かの盾になるどころか、重荷になるのだと知ると、胸に穴が空いたような気がした。

(殿下に会えないなんて……)

 アルタはふいに涙がにじむのを感じ、必死に視線をそらした。
 アンジェはそれを見て何も言わず、ただ静かに立ち去った。
 後ろ姿が遠ざかるたびに、心が引き裂かれていくようだった。

 その夜、アルタは決めた。
 噂をこれ以上広げないために、自分は王子に会うのをやめると。
 誰かを傷つけるくらいなら、自分が身を引くほうが簡単だと思った。
 誰もが持つ「立場」という鎧の前で、素朴な笑顔が脆く砕けるのを、彼女は初めて経験した。

 ──だが、学院の夜は長くない。
 噂は行動に敏感に反応する。
 翌朝、図書館で本を返すために静かに階段を上がっていると、遠くから低い声がした。
 慣れ親しんだ、しかしこのところ聞くたびに胸を揺らす声。

「アルタ」

 振り返ると、そこに立っていたのは、アーノルド王子だった。
 生徒会長の正装に身を包み、瞳はいつもより鋭さを帯びている。
 彼の顔に浮かぶのは困惑でも怒りでもある――そう、何かに煽られたような怒りだ。

「殿下……」
 アルタはぎこちなく頭を下げた。
 決めたはずだ。
 会わないと。
 けれど、身体が勝手に前に動いてしまう。

「君に話がある」
 彼は真っ直ぐに近づき、短く息をついた。
 視線の奥には、昨夜のアンジェの言葉が影のように落ちていることに、アルタは気づいた。

「昨日、アンジェ様から――」
 言いかけた瞬間、アーノルドの顔が硬くなる。

「アンジェが、君に接触したのか」
「は、はい。アンジェ様は私に――殿下から離れるように、お願いをされました。私が噂の原因になるから、もう会うことはできない、と」

 アルタの声は震え、言葉は小さかった。
 胸の中で潮が満ち、次の瞬間には空っぽになる感覚があった。
 目の前の人は、彼女が自ら決めてしまったと知ると、顔色を変えた。

「──何だと?」
 アーノルドの声は低く、冷たく刃を含んでいた。
 怒りが静かに燃え上がる。
 アルタはその火の熱に驚き、後ずさった。

「たとえ婚約者だといえ、俺の交流関係にまでいちいち口を出すな!」
 その言葉は、まるで剣の一閃のように空気を切り裂いた。
 アーノルドは唇を震わせ、しかし止まらない。

「俺が誰に会うか、その判断を他人に委ねるつもりはない。君が俺の側に居ようと、遠くだろうと、俺が決める。誰が何を言おうと、俺の意思に口を挟む権利はない」

 彼の顔は赤味を帯び、瞳は真剣そのものだった。
 怒りの相手が誰に向いているかは明らかだった。
 アンジェか、あるいは噂を流す者たちか。
 だが、その怒りの矛先が、アルタの胸に温かいものを落とす。

「殿下……」
 アルタは震える声で言った。
 胸の奥に、言いようのない安堵と恐れが同居する。
 王子は、自分のために声を上げてくれたのだ。
 だが同時に、その声がもたらす結果を、彼女は想像せずにはいられなかった。

「君が自分を守るために離れるというなら、俺は許さない。君が傷つくのを黙って見ているほど、俺は無能ではない」
 アーノルドの手が差し出される。
 強くも優しいその掌に、アルタはそっと手を預けた。
 暖かさが指先から伝わり、震えが少しだけ和らぐ。

 でも、声の余韻は厳しかった。
 学院は広く、人の目は多い。
 王子が声を上げれば、更なる波紋が広がるだろう。
 アンジェの忠告も、彼女なりの立場から出たものなのだと知っている。
 アルタは目を閉じ、小さく息をついた。

(どうすればいいんだろう)

 心の中で答えを探すけれど、答えは見つからない。
 ただ、いま確かなのは、王子が自分を放ってはおかないということ。
 愛か保護か、それはまだ分からない。
 ただ、静かに胸に灯る希望と、不安が交錯するのみだった。

 朝の日差しは変わらず優しい。
 だが、学院という場所は、今や二人の間に決して単純ではない距離を刻みはじめていた。
 噂と立場が絡み合う中で、アルタは自分の居場所を探していかなくてはならなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

【完結】待って、待って!僕が好きなの貴方です!

N2O
BL
脳筋ゆえ不本意な塩対応を只今猛省中、ユキヒョウの獣人 × 箱入りゆえガードが甘い愛され体質な竜人 愛しい幼馴染が有象無象に狙われて、居ても立っても居られなくなっていく余裕のない攻めの話。 (安心してください、想像通り、期待通りの展開です) Special thanks illustration by みとし (X:@ibarakiniarazu) ※独自設定かつ、ふんわり設定です。 ※素人作品です。 ※保険としてR設定にしていますが、基本健全。ほぼない。

悪役令息の僕とツレない従者の、愛しい世界の歩き方

ばつ森⚡️8/22新刊
BL
【だって、だって、ずぎだっだんだよおおおおおお】 公爵令息のエマニュエルは、異世界から現れた『神子』であるマシロと恋仲になった第一王子・アルフレッドから『婚約破棄』を言い渡されてしまった。冷酷に伝えられた沙汰は、まさかの『身ぐるみはがれて国外追放』!?「今の今まで貴族だった僕が、一人で生きて行かれるわけがない!」だけど、エマニュエルには、頼りになる従者・ケイトがいて、二人の国外追放生活がはじまる。二人の旅は楽しく、おだやかで、順調に見えたけど、背後には、再び、神子たちの手がせまっていた。 「してみてもいいですか、――『恋人の好き』」 世界を旅する二人の恋。そして驚愕の結末へ!!! 【謎多き従者×憎めない悪役】 4/16 続編『リスティアーナ女王国編』完結しました。 原題:転んだ悪役令息の僕と、走る従者の冒険のはなし

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶
BL
 BLゲームじゃないのに、嫌われから溺愛って嘘でしょ? 不遇の若き王×モブの、ハートフル、ファンタジー、ちょっとサスペンスな、大逆転ラブです。  乙女ゲーム『愛の力で王(キング)を救え!』通称アイキンの中に異世界転生した九郎は、顔の見えない仕立て屋のモブキャラ、クロウ(かろうじて名前だけはあったよ)に生まれ変わる。  子供のときに石をぶつけられ、前世のことを思い出したが。顔のないモブキャラになったところで、どうにもできないよね? でも。いざ、孤島にそびえる王城に、王の婚礼衣装を作るため、仕立て屋として上がったら…王を助ける人がいないんですけどぉ? 本編完結。そして、続編「前作はモブ、でも続編は悪役令嬢ポジなんですけどぉ?」も同時収録。

【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。

キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。 しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。 迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。 手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。 これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。 ──運命なんて、信じていなかった。 けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。 全8話。

最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。

はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。 2023.04.03 閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m お待たせしています。 お待ちくださると幸いです。 2023.04.15 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m 更新頻度が遅く、申し訳ないです。 今月中には完結できたらと思っています。 2023.04.17 完結しました。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます! すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。

聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています

八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。 そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。

処理中です...