23 / 53
第18話 エマ、パワーストーン店の美人店員
しおりを挟む
エマ、パワーストーン店に美人店員
その噂が、街の片隅からじわじわと広がり始めたのは、ほんの数日後のことだった。
「ねえ、聞いた?」
「何を?」
「例のパワーストーンの店員よ。綺麗な銀髪のメイド服の子がいるって」
エマの店――工房併設のパワーストーン店は、人気だ。
落ち着いた色合いの石を丁寧に並べ、相談に乗りながら一つずつ腕輪や護符を仕立てる。
聖女エマの力により、付与魔法が掛けられ、能力値が上がるアイテムができる。
冒険者を中心に流行っていた。
そこに、突如として現れた“噂”。
「笑うと天使みたいなんだって」
「接客がですわ口調で、すごく可愛い」
「どこか育ちの良さが隠しきれてないって……」
そう。
噂の銀髪のメイド服のスタッフ――
その正体は、身分を隠して働く皇女ペネロペその人だった。
もちろん、本人は至って真面目である。
「いらっしゃいませ、ですわ」
「こちらの石は、心を落ち着かせる効果がございますの、ですわ」
お嬢様なですわ口調に、ふわりとした微笑み。
メイド服はメアリーが仕立てたもので、上品さを残しつつも店に溶け込むデザインだった。
その横では、
「こちらでお会計を承ります、ありがとうございました」
紫髪に茶の瞳の侍女メアリーが、完璧な所作で立ち働いている。
――当然のように。
誰もが疑わなかった。
まさか、皇女とその侍女が揃って店員をしているなど。
◇
だが、世の中には節度というものを知らない者もいる。
「ねえ、君、可愛いね。手、冷えてそうだね、温めてあげる?」
そう言って、ペネロペの手を握ろうとした男がいた。
「……!」
瞬間。
かちり、と空気が凍る。
「その汚い手を、放せ」
低く、鋭い声。
短い青髪の護衛、オサスナ=ビジャレナルが、男の首元に剣先を突きつけていた。
「次は、斬る」
「ひ、ひぃっ……!」
男は真っ青になり、転げるように逃げ出す。
「オサスナさん! やりすぎです!」
エマが慌てて止めに入る。
「そんなことをしたら、お店に誰も来なくなります」
「構わない」
オサスナは真顔だった。
「近づく男は、すべて斬るべきだ」
「それは極論です」
そこへ、
「さすがに、やりすぎだぞ」
黒髪のロドリゲスが、深いため息をつきながら割って入る。
「警備は大事だが、騒ぎを大きくするな」
「しかし……」
「しかしも何もない」
ぴしり。
オサスナは不満そうに剣を納めた。
「……今日もペネロペ様は可愛い」
「それは同意しますが」
メアリーが即座に返す。
「護衛が切り捨て御免を連発しては、いけません」
「む」
「む、ではありません」
二人のやり取りに、エマは思わず苦笑した。
◇
――なぜ、こうなったのか。
それには、経緯がある。
ペネロペがお店に来た翌日。
「帝都への正式な報告が必要です」
そう言われ、彼女は一度、護衛のオサスナに半ば強引に連れられて帝都へ戻った。
だが。
二週間後。
「……静養が必要、と診断されましたの、ですわ」
そう言って、何食わぬ顔で戻ってきたのである。
「静養……?」
「はい、ですわ」
その“静養先”が、なぜかエマの店だった。
そして、お姉さまのお店を手伝いです。
と半ば強引に押しかけスタッフになったのだ。
今では、店の裏にある工房の二階で、メアリーと共に寝泊まりしている。
◇
工房の横には、小さなダイニングエリアが増設された。
理由は単純だ。
皇女を外食させるとなると、警備が大変すぎる。
それに。
「……実は、料理が得意なんです」
エマは、照れるように言った。
前世の記憶を利用し、実家ではよく料理をしていた。
だが、モナコラ家に嫁いでからは、
――伯爵夫人が料理を作るなど、品がない。
そう言われ、キッチンに立つことを禁じられた。
領地改革で忙殺されていた当時は、それどころではなかったが、
今は、違う。
◇
仕事を終え、夕食の時間。
今日の担当は、エマ。
「今日は、パスタです」
テーブルを囲むのは、
桃髪の二十五歳、エマ。
紫髪の二十二歳、メアリー。
銀髪の十八歳、ペネロペ。
黒髪の三十歳、ロドリゲス。
短い青髪の二十五歳、オサスナ。
「まあ……」
ペネロペの目が輝く。
「今日のお姉さまの料理、美味ですわ」
「口に合ってよかったです」
「毎日これで良いですわ」
「却下だ」
ロドリゲスが即答する。
「俺は、肉料理も食べたい」
「……厳しいですわ」
「当然だ」
「ペネロペ様は今日も可愛い」
オサスナが真顔で言う。
「だからといって、斬るのはダメです」
メアリーがぴしり。
「だが――」
「だが、ではありません」
二人は顔を見合わせ、同時にふいっとそっぽを向いた。
「……仲良しですね」
エマが言うと、
「別に」
「仲良くありません」
声が重なった。
「ふふ」
ペネロペが微笑む。
「ここは、とても温かい場所ですわ」
エマは、そっと笑った。
皇女ではなく、妹として。
姉として。
そんな時間が、今夜も静かに流れていた。
その噂が、街の片隅からじわじわと広がり始めたのは、ほんの数日後のことだった。
「ねえ、聞いた?」
「何を?」
「例のパワーストーンの店員よ。綺麗な銀髪のメイド服の子がいるって」
エマの店――工房併設のパワーストーン店は、人気だ。
落ち着いた色合いの石を丁寧に並べ、相談に乗りながら一つずつ腕輪や護符を仕立てる。
聖女エマの力により、付与魔法が掛けられ、能力値が上がるアイテムができる。
冒険者を中心に流行っていた。
そこに、突如として現れた“噂”。
「笑うと天使みたいなんだって」
「接客がですわ口調で、すごく可愛い」
「どこか育ちの良さが隠しきれてないって……」
そう。
噂の銀髪のメイド服のスタッフ――
その正体は、身分を隠して働く皇女ペネロペその人だった。
もちろん、本人は至って真面目である。
「いらっしゃいませ、ですわ」
「こちらの石は、心を落ち着かせる効果がございますの、ですわ」
お嬢様なですわ口調に、ふわりとした微笑み。
メイド服はメアリーが仕立てたもので、上品さを残しつつも店に溶け込むデザインだった。
その横では、
「こちらでお会計を承ります、ありがとうございました」
紫髪に茶の瞳の侍女メアリーが、完璧な所作で立ち働いている。
――当然のように。
誰もが疑わなかった。
まさか、皇女とその侍女が揃って店員をしているなど。
◇
だが、世の中には節度というものを知らない者もいる。
「ねえ、君、可愛いね。手、冷えてそうだね、温めてあげる?」
そう言って、ペネロペの手を握ろうとした男がいた。
「……!」
瞬間。
かちり、と空気が凍る。
「その汚い手を、放せ」
低く、鋭い声。
短い青髪の護衛、オサスナ=ビジャレナルが、男の首元に剣先を突きつけていた。
「次は、斬る」
「ひ、ひぃっ……!」
男は真っ青になり、転げるように逃げ出す。
「オサスナさん! やりすぎです!」
エマが慌てて止めに入る。
「そんなことをしたら、お店に誰も来なくなります」
「構わない」
オサスナは真顔だった。
「近づく男は、すべて斬るべきだ」
「それは極論です」
そこへ、
「さすがに、やりすぎだぞ」
黒髪のロドリゲスが、深いため息をつきながら割って入る。
「警備は大事だが、騒ぎを大きくするな」
「しかし……」
「しかしも何もない」
ぴしり。
オサスナは不満そうに剣を納めた。
「……今日もペネロペ様は可愛い」
「それは同意しますが」
メアリーが即座に返す。
「護衛が切り捨て御免を連発しては、いけません」
「む」
「む、ではありません」
二人のやり取りに、エマは思わず苦笑した。
◇
――なぜ、こうなったのか。
それには、経緯がある。
ペネロペがお店に来た翌日。
「帝都への正式な報告が必要です」
そう言われ、彼女は一度、護衛のオサスナに半ば強引に連れられて帝都へ戻った。
だが。
二週間後。
「……静養が必要、と診断されましたの、ですわ」
そう言って、何食わぬ顔で戻ってきたのである。
「静養……?」
「はい、ですわ」
その“静養先”が、なぜかエマの店だった。
そして、お姉さまのお店を手伝いです。
と半ば強引に押しかけスタッフになったのだ。
今では、店の裏にある工房の二階で、メアリーと共に寝泊まりしている。
◇
工房の横には、小さなダイニングエリアが増設された。
理由は単純だ。
皇女を外食させるとなると、警備が大変すぎる。
それに。
「……実は、料理が得意なんです」
エマは、照れるように言った。
前世の記憶を利用し、実家ではよく料理をしていた。
だが、モナコラ家に嫁いでからは、
――伯爵夫人が料理を作るなど、品がない。
そう言われ、キッチンに立つことを禁じられた。
領地改革で忙殺されていた当時は、それどころではなかったが、
今は、違う。
◇
仕事を終え、夕食の時間。
今日の担当は、エマ。
「今日は、パスタです」
テーブルを囲むのは、
桃髪の二十五歳、エマ。
紫髪の二十二歳、メアリー。
銀髪の十八歳、ペネロペ。
黒髪の三十歳、ロドリゲス。
短い青髪の二十五歳、オサスナ。
「まあ……」
ペネロペの目が輝く。
「今日のお姉さまの料理、美味ですわ」
「口に合ってよかったです」
「毎日これで良いですわ」
「却下だ」
ロドリゲスが即答する。
「俺は、肉料理も食べたい」
「……厳しいですわ」
「当然だ」
「ペネロペ様は今日も可愛い」
オサスナが真顔で言う。
「だからといって、斬るのはダメです」
メアリーがぴしり。
「だが――」
「だが、ではありません」
二人は顔を見合わせ、同時にふいっとそっぽを向いた。
「……仲良しですね」
エマが言うと、
「別に」
「仲良くありません」
声が重なった。
「ふふ」
ペネロペが微笑む。
「ここは、とても温かい場所ですわ」
エマは、そっと笑った。
皇女ではなく、妹として。
姉として。
そんな時間が、今夜も静かに流れていた。
1,082
あなたにおすすめの小説
【完】ある日、俺様公爵令息からの婚約破棄を受け入れたら、私にだけ冷たかった皇太子殿下が激甘に!? 今更復縁要請&好きだと言ってももう遅い!
黒塔真実
恋愛
【2月18日(夕方から)〜なろうに転載する間(「なろう版」一部違い有り)5話以降をいったん公開中止にします。転載完了後、また再公開いたします】伯爵令嬢エリスは憂鬱な日々を過ごしていた。いつも「婚約破棄」を盾に自分の言うことを聞かせようとする婚約者の俺様公爵令息。その親友のなぜか彼女にだけ異様に冷たい態度の皇太子殿下。二人の男性の存在に悩まされていたのだ。
そうして帝立学院で最終学年を迎え、卒業&結婚を意識してきた秋のある日。エリスはとうとう我慢の限界を迎え、婚約者に反抗。勢いで婚約破棄を受け入れてしまう。すると、皇太子殿下が言葉だけでは駄目だと正式な手続きを進めだす。そして無事に婚約破棄が成立したあと、急に手の平返ししてエリスに接近してきて……。※完結後に感想欄を解放しました。※
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
見た目の良すぎる双子の兄を持った妹は、引きこもっている理由を不細工だからと勘違いされていましたが、身内にも誤解されていたようです
珠宮さくら
恋愛
ルベロン国の第1王女として生まれたシャルレーヌは、引きこもっていた。
その理由は、見目の良い両親と双子の兄に劣るどころか。他の腹違いの弟妹たちより、不細工な顔をしているからだと噂されていたが、実際のところは全然違っていたのだが、そんな片割れを心配して、外に出そうとした兄は自分を頼ると思っていた。
それが、全く頼らないことになるどころか。自分の方が残念になってしまう結末になるとは思っていなかった。
お姉様。ずっと隠していたことをお伝えしますね ~私は不幸ではなく幸せですよ~
柚木ゆず
恋愛
今日は私が、ラファオール伯爵家に嫁ぐ日。ついにハーオット子爵邸を出られる時が訪れましたので、これまで隠していたことをお伝えします。
お姉様たちは私を苦しめるために、私が苦手にしていたクロード様と政略結婚をさせましたよね?
ですがそれは大きな間違いで、私はずっとクロード様のことが――
「嫌われ者の公爵令嬢は神の愛し子でした。愛し子を追放したら国が傾いた!? 今更助けてと言われても知りません」連載版
まほりろ
恋愛
公爵令嬢のアデリナ・ブラウフォードの人生は実母の死後大きく変わった。
公爵は妻の葬儀が終わって間をあけず再婚。公爵と後妻の間には、再婚前に作った子供までいた。
アデリナは継母と異母妹に私物を奪われ、「離れ」と名ばかりの小屋に押し込められる。
腹違いの妹はアデリナを悪者に仕立て、周囲はそれを信じた。
本来ならアデリナの味方にならなくてはならない婚約者の王太子も、異母妹の魅力に骨抜きにされ全く頼りにならない。
学園の教師も、生徒も、生徒の保護者も王太子と異母妹の味方だ。
そんなアデリナにも唯一の味方がいる。それはトカゲのクヴェル。クヴェルは美少年に変身し、家事も炊事も裁縫も完璧にこなす不思議な存在だ。
実はクヴェルはこの国の建国に携わる水竜で、アデリナは三百年前に水竜を救った初代女王の生まれ変わりだったのだ。
アデリナを蔑ろにする国に嫌気がさしたクヴェルは、アデリナを連れて旅に出る。
神に去られた国は徐々に荒廃していき……。
一方その頃、祖国の荒廃を知らないアデリナはクヴェルとのグルメ旅を満喫していた。
「ん~~! このアップルパイは絶品! 紅茶も美味しい!!」
・人外×人間、竜×人間。
・短編版は小説家になろう、pixivにもアップしています。
・長編版を小説家になろうにも投稿しています。小説家になろう先行投稿。
「Copyright(C)2025-まほりろ」
※タイトル変更しました(2025/05/06)
✕「卒業パーティーで王太子から婚約破棄された公爵令嬢、親友のトカゲを連れて旅に出る〜私が国を出たあと井戸も湖も枯れたそうですが知りません」
✕「嫌われ者の公爵令嬢は国外追放を言い渡される。私が神の祝福持ちだと王家が気付いた時には国の崩壊が始まっていました」
◯新タイトル「嫌われ者の公爵令嬢は神の愛し子でした。愛し子を追放したら国が傾いた!? 今更助けてと言われても知りません」
・2025年5月16日HOTランキング2位!
ありがとうございます!
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。
手放してみたら、けっこう平気でした。
朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。
そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。
だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる