結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。

山田 バルス

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第32話 帝国の第二皇子エルマノ、兵を連れて現れる。

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 帝国の第二皇子エルマノ、兵を連れて現れる。


   新スタッフが加入して三日ほど過ぎた夕刻。

 店の外が、にわかに騒がしくなった。

 ――ドォン。

 地鳴りのような重低音が店内に響き渡る。

 窓がブルブルと小刻みに震える。

「……なに?」

 天眼石に付与魔法をかけていたエマが、驚いて顔を上げる。

 次の瞬間、通りの向こうから土煙が上がるのが見えた。

 蹄の轟音。

 重装騎兵の列が、夕陽を背に一直線に迫ってくるのだ。

「軍だ!」
「道を開けろ!」

 先頭に掲げられた軍旗。

 帝国第二軍の紋章。

 やがて、騎兵たちが通りの左右に整列し、埋め尽くした。

 中央に道ができた。

 そこをひときわ大きな影が通る。

 黒鉄の鎧の銀髪の男性。
 その男の正体は、スペイラ帝国、第二皇子エルマノ=スペイラ。25歳。

 妹のペネロペが母に似て可愛い感じなのに対して、
 エルマノは肩幅が異様に広く、父親に似て体が巨大である。
 鎧の上からでも分かる、異常なまでの圧倒的な筋肉も父親譲りである。

 漆黒の軍馬が、その重みをものともせず、騎兵たちで作られた道の中央を進む。

 馬上から周囲を見渡しながら、ゆっくりと進む。
 やがて、エマ、パワーストーン店の前で手綱を引いた。

 重い音を立てて地面へ降り立つ。
 石畳が、わずかに軋んだ。

 エルマノ皇子は、馬を下りると、
 そのままエマ、パワーストーン店の扉を開けた。

 そして、低く、よく通る声が発せられる。
「ペネロペ、お前の大好きなお兄ちゃんが会いに来たぞ」

 エルマノが入った瞬間、空気が変わった。

 ペネロペが受付で立ったまま接客に応じる。

「いらっしゃいませですわ、あれ、お兄様?」

「ひさしいな、ペネロペ、会いに来たぞ」
 優しく、不気味に微笑む。

 だが、その視線が横へ流れた瞬間――ある女性を見てピタリと止まった。

 可愛らしいエプロン姿。
 金色の髪に美しい容姿。そして、銀色の首輪。
 帳簿を抱え、エルマノと目があるとブルブルと震えている。

「……ま、まさか、マリーナ王女なのか?」

 マリーナの顔が歪む。

「な、なによ……エルマノ、あなた何しに来たのよ……」

 マリーナは嫌悪感を伴って強気で返す。
 だが首輪は光っている。

 その光を見たエルマノの拳が震えた。

「……奴隷の首輪だと、可哀そうに」

 一歩。
 二歩。
 床がきしむ。

「誰が、こんなことを」

 マリーナに近づき、首につけられた輪に手を伸ばす。

 次の瞬間。

 エルマノの指が、魔術首輪を掴んだ。

 筋肉が膨れ上がる。

 魔法陣が軋む。

「魔術首輪は、力では取れないです、それは……」

 言いかけたエマの声が止まる。

 ――メリメリメリ。

 そして。

 パリンと高い音が響いた。
 力では決して壊れないはずの、首輪が、なんと
 粉砕されたのだ。

 魔術回路ごと、握り潰された。
 人間技ではない。
 あまりの出来事に室内が凍りつく。

 ロドリゲスが目を見開いた。
「……相変わらずの馬鹿力だな」

 フエルテが小さく呟く。
「エルマノ様らしいといえば、らしいです」

 エルマノはマリーナを見つめる。
「もう大丈夫だ、僕がいる」

「だ、誰が助けてなんて――!」
 エルマノを嫌っているマリーナは悪態をつく。

 その言葉を聞いても、エルマノはまったく意に介さず、振り向いて後ろにいる部下を見た。
「箱を」

「こちらです」
 侍従エドマンが黒い箱を差し出した。

 禍々しい気配。

 ペネロペの瞳が細まる。
「……それは、まさか」

「皇国宝物庫に封じられていた品だ」
 エルマノの箱がゆっくりと開く。
 
 黒曜石のようなペンダント。
 蒼いダイヤモンドが妖しく光る。

「や、やめなさいよ……!」
 マリーナが恐々と後ずさる。
「昔から、あんたの筋肉は嫌いなのよ!」

 かつて、マリーナの婚約話の最初の相手は、第二皇子エルマノだった。
 エルマノはマリーナを一目見て、気に入った。一目ぼれだった。

 だが、マリーナが拒否した。
 理由は筋肉男は嫌いだと。
 そして、帝国一のイケメンであるフエルテを希望した。

 そんな過去があったが、エルマノはマリーナに恋したままで、
 他の婚約話をすべて断っていた。
 それどころか、マリーナ王女に恋の手紙を送っていた。
『フエルテが嫌になったら、いつでも僕のところにおいで』と。

 エルマノの瞳が僅かに歪む。
「マリーナが僕を嫌がっているのは知っている」

 優しく笑みを浮かべる。筋肉質の男のやや怖い笑顔であるが……。

「だから、僕はこれを使うことにした」

 そっと、マリーナの首元にペンダントを近づける。

「いや、やめて」
 マリーナが後ずさるのを強引に抑えるように、ペンダントを掛ける。

 カチリ。
 首元へ。

 蒼い光が広がる。
 魔術が流れ込む。

「な、なに……これ……」

 マリーナの身体が揺れる。
 次の瞬間、瞳がとろんと潤む。

 呼吸が吐息に変わる。
 そして――。

 ゆっくりと、エルマノを見上げた。
 その瞳には、ハートマークが見える。

「……エルマノ様♡」

 あまりの光景に室内は静寂に包まれる。

「え?」
 エマが固まる。

 マリーナは頬を染める。
「その……筋肉……素敵ですわ♡……」

 なんと驚くことに、甘えるようにエルマノに抱きついたのだ。
 エルマノの胸板に頬を埋めるマリーナ。

 ロドリゲスが苦笑いをする。
「お前、やりすぎだぞ!」

 ペネロペが眉をひそめる。
「忌まわしい呪具ですわ、あ、でもお姉様につけたいですわ」

 エルマノは笑顔を浮かべて、マリーナを抱き上げた。
 お姫様抱っこである。

「今夜は、ゆっくり話そう」

 くるりと踵を返し店を出ようとする。

 その時、ペネロペが叫んだ。

「お兄様」
「なんだい?」

「未婚の男女がそれは、よろしくありませんわ」

 エルマノが立ち止まる。
「……そうだな、未婚はまずいよな」

 真顔で頷く。
「では、今から結婚しよう」

「は?」
 エマが素っ頓狂な声を上げた。

 しかし、店の雰囲気など気にせず、
 エルマノは、店を後にし、そのまま軍馬へと向かう。

 マリーナを抱えたまま、軽々と鞍へ。
 周囲の騎兵が一斉に道を開ける。

「教会はどこだ?」

 その質問に侍従のエドマンは答える。
「ご案内します」

 エドマンに案内され、エルマノとマリーナは教会へと向かった。

 ◇

 数十分後。

 結婚の鐘・カリヨンが三回、鳴り響いた。

 一回目は、自分たちの祝福。
 二回目は、両親への感謝。
 三回目は、ゲストへの感謝。

 神官の前で、二人の新婚夫婦が誕生した。

「マリーナ、君を愛しているよ」

 怖い笑顔の銀髪ムキムキ男の優しい声に、
 呪われたまま、マリーナは笑顔で頷く。

「わたくしもですわ……エルマノ様♡……」

 教会を出る二人は、幸せそうな笑顔だった。

 エルマノは満足げに微笑む。
「では、しばらく夫婦水入らずだ。邪魔はするな」

 そう言い残し、再び軍馬に跨り、宿へと去った。

 ◇
 
 話はエマのいるパワーストーン店に戻る。

 エマが小声で言う。
「……止めなくてよかったの?」

 フエルテが遠い目をする。
「正直、エルマノ様は少し苦手でして……」

「戦ってもなかなか勝負がつかねぇからな」
 ロドリゲスが腕を組む。
「魔法防御と筋肉で防御がガチガチだ。攻撃が通らん」

「私はエルマノ様の動きは見切れるので、彼の攻撃は当たりませんが……」

「長期戦。決着なし」

 フエルテがため息をつく。
「師匠のような強力な一撃があれば、勝てるのですが……」

 ロドリゲスは笑う。
「お前にはまだ早い」

 ◇

 その頃。

 皇国第二軍本陣。

 アンネット側妃の使者としてジンという内通者からの報告が入る。

『スカイドラゴンで王国を攪乱。隙を突いて占領を』

 侍従エドマンは頷く。
「そうですか、それは好都合ですな。後日、エルマノ様にご報告を」

 フランセ王国では誰も知らない。

 アンネット側妃が静かに復讐劇が始まろうとしていることを。

 戦争への歯車が、密かに回り始めていることを。

 ◇

 それから一週間。

 エルマノ皇子は、エマ、パワーストーン店に現れなかった。

 宿を丸ごと借り上げ、部屋からほとんど出てこないという。

 軍もまた、静かだった。

 不気味なほどに。

 その静けさはまさに、大きな戦いの前の中休みだったのかもしれない。

 エマ、パワーストーン店と取引がある一人の行商人が駆け込んできたことで
 事態が一変する。
 
「大変だ! スカイドラゴンが、二オール侯爵領に現れたぞ」

 物語はここから急激に動きだすのだった。
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