異世界を中国拳法でぶん殴る! ~転生したら褐色ショタで人外で、おまけに凶悪犯罪者だったけど、前世で鍛えた中国拳法で真っ当な人生を目指します~

犬童 貞之助

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第四章 魔導国首都ヘレネス

4-6 女神と魔神、そしてワイン

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「申し遅れました、ロウです。グラウクスの友達で魔神やってます」

〈我が眷属けんぞくに魔神の友が出来る日がこようとは、縁とはなものだ〉

 突如として生身へと変じ動き出した石像(女神)に対し、華麗に挨拶を行う褐色少年の図。

 皆さんどうもこんにちは、ロウです。
 天気快晴、お昼時の今日は、魔術大学の図書館からお送りしておりますー。

 ……なんてボケたところで、突っ込み役の曲刀が不在だが。

[女神ミネルヴァよ、貴方の祝福を受け取りたいのだけれど、突として来られると、己もロウも動じてしまうよ。此度は如何なる用件で顕れたのだろうか]
〈簡単なことだ。汝の言う“友人”というものを、この“眼”で見定みさだめたくなったのだよ〉

 グラウクスが用件を聞くと、ミネルヴァは手に持っていた分厚い本を指先でなぞりながら答える。

 それはそこはかとなく大人のエロスが香る、たえなる仕草である。石像のくせに。いや、今は生身なのか?

「魔力は完全に引っ込めていたつもりなんですけど、よく分かりましたね?」
〈我が瞳は魔力の流れの一切を見通す故に、魔神であろうともあざむけるものではない。『竜眼』には及ばぬがね〉

「そういうことでしたか。……俺のことを見定めるという話でしたが、何か謎かけのようなことをされちゃうんでしょうか?」

 神話において力あるものが相手を見定めると言えば、大体が謎かけだろう。

 誰もが一度は聞いたことがありそうな、ギリシャ神話のオイディプスとスフィンクス掛け合い。

 自分しか知りようのない未来の予定のことを、知恵比べと称し吹っ掛ける北欧神話のオーディンとヴァフスルーズニルの逸話。

 あんたの娘を嫁にくれと言ったら、何故か求婚した娘だけでなく、とんでもなく醜い姉をセットで送り付けられた、日本神話の天孫てんそんニニギノミコトとオオヤマツミノカミの伝説。

 パッと思いついたのは前世の頃に大学の講義で聞いた神話だけど……どれもこれもろくでもないな。

〈謎かけか。汝の性質が測れるのならそれでよいが、そういうものではないだろう。やはり、言葉を重ねるのが一番良いと我は考えるが、汝はどうか?〉
「お話をするということでしょうか? 美しい方との会話はいつでも大歓迎ですよ」

[ロウよ、君の言動を見ていると、己は薄氷はくひょうを踏むかのような、恐るべき危うい状況にあるのではないか、そんな気がして震えがくるよ]

 女神の提案に応じると、青い奇怪な生物が空中でぷるぷると震え出す。何か悪いものでも食べたのだろうか。

〈随分と軽く応じるのだな? 幼き魔神よ。我が状況を利用し、汝を滅ぼすとは考えないのか?〉
「一応グラウクスから、『魔神だからといって話を聞かずに敵対するような神ではない』と聞いていますからね」

 その上、こちらには空間魔法がある。逃げようと思えばいつでも逃げれるという余裕があるのだ。

 ……あれ? よく考えたらグラウクスもミネルヴァも空間魔法っぽいの使ってるのか?

 逃げきれなくね?

 いやいや、グラウクスは図書館内だけの限定っぽいから、恐らく無制限ではないだろう。

 ミネルヴァは……流石に俺の空間である異空間までは多分追ってこれまい。乱闘時緊急避難先は異空間で決定だな。

〈ほう。その余裕振りから察するに、逃げおおせる自信もあるのだろうな。話半分で聞いておこう〉

 鼻で笑うように俺の内情を看破する知恵の女神。相手の洞察力が凄まじいのか、俺が分かりやすいだけなのか。

〈立ち話というのはどうにも恰好が付かない。こちらへついてきてくれ〉

 そう言い残し、ミネルヴァは銀と黒の長髪をなびかせて奥へと消えていく。

 後姿も絵になるなあ、なんて思っていると、グラウクスがふわふわと浮遊しながら話しかけてきた。

[君が警戒するのも当然のことだけれど、ここは一つ己に免じて、どうか話し合いの場についていただきたいな]
「ああ、すみません。警戒するってより見惚れてただけなので、ついていくことに抵抗は無いですよ」

 宙を漂う羽毛のように揺れるグラウクスに答えながら、女神の後を追う。

 それほど離れていなかったので、すぐに彼女の扇情的せんじょうてきな尻が目に入った。

 オウ! グラマラス!

[ロウよ、君という魔神はもしかすると、燃えたぎる様な色欲を司っているのだろうか?]
「いやー、これは神の性質というよりは、性格的なものだと思いますよ。前にも言いましたけど、魔神と自覚したのはグラウクスと初めて会った時ですから、自分の神性についてはさっぱりなんですよね」

[性格的なもの。それはそれで、どうなのだろうか?]

 瑠璃色るりいろの一つ目をぐりぐりと回して疑問を呈する神の眷属。

 どうなのだろうか? と言われても、好きなものは好きなのだから仕方がないのだ。


 グラウクスと話しながら女神の尻を追いかけること十数分。

 長い廊下を歩き螺旋らせん階段を登り、どこまで行くのだろうかと思っていたところで、眼前に現れた巨大な扉の前で女神の足が止まった。

 材質が石とみられる扉の高さは、二階建ての家屋ほどはあるだろうか? 当然両開きである。

 その門の左右には、これまた巨大な騎士をかたどった石像が配置されていて、如何にも門番という体で威圧感を放っている。

 ──そう、威圧感を放っているのだ。

 はめ込まれた宝石の瞳を動かし首を回し斧槍を構えて。石像が。

 こいつらゴーレムかよ。

〈この者は客人であるぞ。控えよ〉
[[──]]

 何時ぞやのオークキング並みに巨大な石像たちは、女神の一声で物言わぬ石像となり台座で固まってしまった。つるの一声とはこのことか。

「アレもグラウクスと同じく、女神の眷属なんですか?」
[あれらは己とは異なる、神の眷属に至っていない、生物を模した疑似的なものかな。眷属というのは主から離れ独立して存在できるが、彼ら疑似生物にそれはできない。人の言うところの、ゴーレムに類するものだよ。もっとも、人のそれとは、有する力が違うけれども]
「ほぇ~」

 眷属の語る眷属論を聞いている内に巨大な扉が内へと開き、中を見通せるようになった。

 扉の先は、青空の広がる花畑だった。おまけに遠方には海もあり、潮の香りさえ感じる。

 な、何を言っているか分からねーと思うが、室内だと思ったら屋外だった。

 空間魔法だとか樹木魔法だとかそんなちゃちなもんじゃない、魔力の気配を一切感じ取れなかったぜ。

「空間魔法……ではないですよね? これは一体……?」
〈空間魔法ではあるが、汝に馴染みがないのも当然であろう。ここは神域、神の領域故にな〉
「ひえ~」

 先行している女神の尻に問いかけると、そんな答えが返ってきた。

 いつの間にか神域に来ていたらしい。

 尻を追っかけて神域に突入した魔神なんて、異世界広しと言えど俺くらいのものだろう。誇らしいものだ。

 益体やくたいのない事を考え現実逃避しつつ花畑を歩き、絶海の孤島のようなテラスへ到着する。

 色彩豊かな花畑を丘の上から一望できる、とても良い立地だ。

 潮の匂いや花々の香りを肺一杯に吸い込んで楽しみ、ついでに周囲を観察してみると、奇妙な存在が目に入る。

 こちらの傍に浮かんでいるグラウクスより二回りほど小さい、全長が小指ほどのグラウクスが複数、花畑の上をふよふよと浮遊しているのだ。

 奇怪な体をしている彼は、実はちょうだったのか?

[おやおや、これはこれは、恥ずかしいところをお見せした。ついついうっかり、忘れていたよ。あれは己が魔力と活力を補給している故に、花々に囲まれて堕落だらくしている訳ではないのだよ]
「ああ、アレもやっぱりグラウクスなんですね。随分と小さいようですが」

[そうだとも、そうだとも。己は今この時も人の世で、あちらへこちらへと書架の間を奔走しているからね。あのように小さい己で力を得ねば、からからのぱさぱさに干乾びて、見るも無残に霧散するだろうさ]
「グラウクスって今も働いているんですか。仕事熱心なんですねえ」

 意外や意外、女神ミネルヴァはブラック創造主(?)だったらしい。

 少し疲れの色が滲んだグラウクスの声を聞いて、俺はこうはなるまいと心に誓う。

 俺もかつてシアン相手に新作魔法を試しまくった様な気がするが、そんなことは振り返らない。

〈グラウクスはよく働いてくれている。この者のおかげで、人々は我に信仰をよせているという面もあるだろう〉

 テラスにあった大理石と思わしきテーブルに着き、腕でたわわな胸元を寄せながら発言するミネルヴァさん。

 その胸元の圧倒的存在感たるや……あの冒険者組合ボルドー支部にいた、受付嬢のダリアに匹敵するだろうか。神性ほとばしる、素晴らしい谷間が顕現している。

 おお、桃源郷はここにあったか!

「素敵な場所ですね。心が安らぐようです。魔神の身で言うのもなんですけど」
〈そうか。ここは我も気に入っていてな。自信をもって案内はしたが、やはり認められるというのは嬉しいものだ〉

 深い谷間をガン見しながら彼女の向かい側に座り、改めて周囲へ目を向ける。

 卓と椅子、そして手すり。その手すりの間から伸びる屋根を支える柱がある以外は、これといったものがないシンプルなテラスだ。本棚や食料品を保存するような棚もない。周囲の景色を楽しんでもらいたいが故に、テラスには極力物を置いていないのかもしれない。

[──己が主神よ、そしてロウよ、お待たせしたね。これは人の飲む飲料の中でも、特別優れていると言われるものだよ]

 周囲の観察を終え、例の谷間を脳に焼き付けんとして視線を戻そうとすると、いつの間にか消えていたグラウクスが柔らかな光と共に顕れた。ついでに脚と台がついた鈍色にびいろのゴブレットも卓上に出現した。

 人の頭部程もある金属製のコップってどうなん? と思いながらその脚に手を伸ばし、ずしりと重いゴブレットを持ち上げて飲料を確かめる。

 ひんやりと冷たい飲み口に鼻を近づければ、鼻腔びくうに広がる果実由来の爽やかな香り。

 俺が今まで飲んできた中で、似ているものがあるとすれば──。

「んー……良い香りですね。ブドウの飲み物でしょうか?」
[慧眼けいがん、恐れ入るよ。ブドウの果実、それも少し特殊なものを使用した酒類となる。己が主神は酷く愛好しているけれど、君の口には合うだろうか?]

 予想たがわず、ワインであるようだった。

 前世では幾らか安物を飲んだ経験があるが、今世で飲んでいるのは基本麦酒ばくしゅである。口に合うかと言われれば、どうなのだろうかとなりそうな気もする。

 顔を上げてみれば、既にミネルヴァは口を付け楽しんでいるようだ。待たせても仕方がないし頂いてしまおう。

「それでは頂きますね……──んんッ!? 甘い!?」

 ええいままよと口に含んでみれば、爽やかでありすっきりとした香りにそぐわない、濃厚な甘さが舌に絡みつく。

 果汁の原液すら凌ぐのではないかという、何とも強烈な味わい。しかも後を引く。まるで気付けの一杯のようだ。

〈良い反応だな。ワインを飲むのは初と見える〉
「いえ、昔飲んだことはあるのですが……これほどのものは経験したことが無いですね。香りとは裏腹な甘さと言いますか、想定外の糖度と言いますか」

[これはワインの中でも、風変わりで貴重な代物だからね。人の王が言うには、『ワインの王にして王のワイン』であるようだ。ごく甘く、しかし複雑で、確かな余韻よいんを残すのだから、なるほどこれは、王たるものかもしれないね]

〈我としては、王たるワインというより、神たるワインとして我らにきょうすべきとも思うがな。人が飲むには、いささ芳醇ほうじゅんに過ぎる。果たして短き時しか生きられぬ上、舌の貧弱なあれらに、この豊かな味わいが理解できているのか……〉

 杯を揺らしながら香りを立たせ、饒舌じょうぜつに語る女神ミネルヴァ。

 アルコールに弱いのか、その美しい顔はほんのりと赤みを帯びている。

 ──なお、このワインはアルコール分が非常に弱い。若干は酒気を感じられるものの、ほとんど果実ジュースである。

 そんなもんで酔っ払うとか、この女神大丈夫か?

「とても良い一杯でした。ありがとうございます」
〈結構、結構。神に対して抵抗なく礼を言える魔神、貴重であるぞ〉
[己が主神は、無類の酒類好きではあるけれど、酒の回りも早くてね。多少の外れた言動には、どうか目を瞑って頂きたい]
「ああ、やっぱりお酒に弱いんですね……」

 ふよふよと近付き耳打ちしてきたグラウクスは、どこか申し訳なさそうな雰囲気をかもしている。

 酒は人を狂わせると言うが、神も狂ってしまうものらしい。恐るべきかな酒の魔力。

「そういえば、女神ミネルヴァは話すことで俺を見定めたいということでしたが、どういった内容のお話をしますか?」
〈ああ、そういう理由で呼んだのだったか。何、簡単な話だ。汝が生まれ落ちてからここに至るまでの話を、掻い摘んで話してくれれば良い〉

 問えば一瞬本音が出かけたほろ酔い女神。

 単に酒のさかなが欲しかっただけ、というのが真相のような気がしてきた。
 とんでもない奴ですよこの女!

「さいですかー。まあ、生まれて間もないころは記憶にないのではぶきますが──」

 早く話せとこちらを射抜くグラウクスとミネルヴァの瑠璃色るりいろの瞳に根負けし、あまり気の進まない昔話を話していくことにした。

 酒に呑まれた女神と、目を輝かせここぞとばかりに質問を投げかける神の眷属。

 彼女たちから解放されるのは、それから二時間以上も後の事だった。
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