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第七章 混沌の交易都市

7-5 旧知との再会

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 昼下がりの交易都市。

 雨が降り秋独特の肌寒さがあるからか、常であれば賑わいを見せる大通りには人気ひとけがない。全く無いという訳でもないが、何となく陰鬱いんうつな雰囲気である。

 都市周辺の異変を調べる過程で筋骨隆々きんこつりゅうりゅう系暴れん坊幼女(魔物)と鉢合わせたものの、バロールの使いが来るという約束の夕刻までには少し時間があった。そのため、城門から入って街を散策しているのだが──。

「──あんまし開いてるお店がないなあ。どうしたもんかねえ」

「残念ですが、これでは服を買い揃えることは難しそうですね」

 人化を行っているギルタブとの会話通り、営業しているお店がまばらという状態だった。

 悪天候によるものなのか、それとも神たちが言っていた人の世の乱れ……竜信仰の一団がのさばっていることが影響しているのか。どちらにしても、これでは買い物を楽しむことなど不可能であろう。

「最低限の服は買えたし、もう宿取りに行っちゃうか。ギルタブ、買い物はまた今度にしよう」
「そうですね。機会を待つというのも大切なのです」

 黒刀から了承を得たところで大通りを外れ、勝手知ったる小道に入る。かつての我が家、宿屋「異民と森」へ至る道である。

(迷いなく進んでいるが、泊まる場所は決めてあるのか?)

「決めてるぞ。長くお世話になってたところだよ。ほら、お前たちに初めて話しかけられた時の」
「ああ、あの宿ですか。確かロウが去り際に、女性へ自分の短剣を送っていましたね」
「よく覚えてんなー」

 そんな会話を挟みつつ傘を差して歩くことしばし。くだんの宿へと辿り着く。

 その外観は、俺が出ていった時と何ら変わらぬ質素な木造三階建て。都市全体の雰囲気が陰気だったためもしやと心配していたが、この宿は何事も無いようだった。

 軽く深呼吸をした後、扉を開けていざ入場。ちょっぴり緊張して中へと入れば、昼下がり独特の気だるげな空気がただよう、以前同様のゆったりとした空間が広がっていた。

「いらっしゃーい。二名様ですか?」

 受付に向かうと、かつての仲間で宿の看板娘でもある女性──ディエラが、欠伸あくびをしながら応対をしてくれた。

 が、しかし。そっけない。
 癖のかかった朽葉色くちばいろの長髪を指先でもてあそぶ彼女の態度は、とってもそっけない。

 二か月ぶりくらいの感動の再会だというのに、もう俺のことなど完全に忘れてしまったかのような対応だ。欠伸が終わった後も半分寝たような状態で、色っぽい泣きボクロや二重瞼ふたえまぶたが強調されていているものの、興味のなさがありありと出る態度である。

「いえ、後から人数が増えます。けど……ディエラさんって、お仕事中だと意外に冷たいんですね」

「へ? …………えっ!? うそ、ロウ君っ!?」

「ご無沙汰してます。長居するわけじゃないですが、ちょっと帰ってきました。ディエラさんもお変わりないようで、何よりです」
「う、うん。こっちはあれから、全く何もないよ。怪しい人の一人や二人はくると思ってたのに、肩透かしだったくらい」

 大仰おおぎょうに嘆くと呆け顔から一転、彼女は目を白黒させて驚きをあらわにした。

(お前さんだということに気が付いてなかっただけみたいだな。格好も以前とは随分変わっているし、一致しないのも当然だが……ククッ、良かったな、ロウ?)
(前とは随分身なりが変わったもんなあ。確かに厚着してたら分からなくても無理はないか)

「こほん。それでは部屋をとってもらってもよろしいですか? ちなみに、私はロウと同室で構いませんので、受付嬢さん」

 銀刀と脳内で会議を開いていると、人の姿をとっている黒刀が話しを進めにかかる。

 しかしそれは、なんとも誤解を招くような言動である。実際、彼女とは同室の方が都合が良いのは確かだが、それをこういう場で言うのはいかがなものか。

 そのうえギルタブの表情もなんだか挑発的というか、勝ち誇ったような感じだし。

 黒刀の謎の態度を見て黒い瞳をジト目に変えたディエラは、膨れっ面で言葉少なに問いを発した。

「……。えっと、ロウ君。このひと、誰?」

「紹介が遅れちゃってすみません、こいつは一緒に旅をしてる相棒になります。ほらギルタブ、変なこと言ってないでちゃんと挨拶してくれ」
「ふっ、失礼致しました。私はギルタブ。先の紹介通り、ロウの相棒であり共に旅をする間柄です」

「そう、なんですか。ロウ君、もう一緒に仲良く旅をするような人を見つけたんだね。……私は連れていってくれなかったくせに」

 問いかけに対し黒刀の紹介で応じると、彼女の不満気な表情が一層濃くなった。やだ怖い。

「連れて行くっていうと……あのバルバロイから戻る時のことですか? あの時ってディエラさん、ここの受付嬢でやって行こうって話だった気がするんですけども」

「ふーんだ、知りませーん。ロウ君の前のお部屋空いてるし、そこでお願いしまーす。お代、ちゃんといただくからね?」

 意味深な呟きを拾い問うてみるも、不満気な空気は解消されなかった。解せぬ。

 こういう場合は話を変えるに限るとお代の話に飛び付き、他に借りられる部屋があるか聞いてみることにした。

「勿論です。空きがあればあと三つ四つ部屋を借りたいんですが、大丈夫そうですか?」

「うん? 三つも四つもとなるとちょっと厳しいかも。二つならロウ君の部屋の近くにある大き目のところが空いてるけど、どうする?」
「それじゃあ、その二つと俺の部屋を十日ほど。人数はとりあえず……八人で。食事沢山食べたり騒がせちゃったり、人数が増えちゃったりするかもなので、大目に払っときますね」

 竜たちに吸血鬼姉妹、曲刀たちにセルケトに、と考え、外に出そうな最大メンバーを選出したところで、代金に金貨三枚を支払う。

 ここの宿代は昼夜二食付きで一人一日当たり小銀貨二枚。八人となれば銀貨一枚と小銀貨六枚になる。

 それを十日間となると金貨一枚に銀貨六枚が適正な支払額だが、何分宿泊する面子が面子である。支払いは弾んでおいた方が円滑に事が運ぶことだろう。

 かつてのよしみ、ということも多分にあるが。

「八人って三部屋で、えっ、金貨三枚も!? 二枚でも多すぎるくらいだよ? 計算間違ってない?」
「ここにはお世話になりましたし、それに泊まる面々が結構問題がある感じなので……。極力荒事は起こさないよう言い聞かせますけど、それでも迷惑かけるかもしれませんし、その前払いって感じです」

「そ、そうなんだ……。ロウ君、そんな人たちと一緒に旅をしてるの? 大丈夫?」
「成り行きで一緒になった奴ばっかりですけど、楽しくやってますね。そういう訳で、どうぞお受け取り下さい」

 金貨を前にして動じる美少女を納得させ、鍵を受け取って部屋へと向かう。

「おお~……。なんも変わらん。使ってる雰囲気がないのにほこりもないのは、掃除してくれてたのかな」

 三階の自室に到着してみれば、俺が出ていった時と変わらない部屋が出迎えてくれた。

 ヘレネスの高級宿やボルドーのおもむきある宿に比べると質素かつ小さな空間だが、やはり住み慣れた場所だけに落ち着く空間でもある。

 懐かしき自室を堪能したところでギルタブに曲刀へと戻ってもらい、残る面々を一度召喚すべく受付へと戻る。受付にいたディエラはやはり暇そうだ。

「あれ? もう出かけるの?」
「ちょっとだけですね。他の面々を迎えに行ってきます」

「そっか。……私があげたそのローブ、ボロボロになっちゃったね」
「うぐッ。すみません。大切に使おうとは思ってるんですが、色々ありまして……」
「あはは、何それ。でも、うん。ボロボロになってるけど、った跡だったり似た色の別の布地で補修してたり、大切に使ってくれてるんだなーっていうのはよく分かるよ」

 彼女へ外出の旨を告げると、以前プレゼントされたローブの話となった。

 戦いやらなんやらでボロボロとなる度に、裁縫さいほうを得意とするシアンたちへ修繕しゅうぜんを頼んだこのローブ。付き合いが長いものの、幸運にも全損をまぬがれている。

 度々たびたび全裸となるほどの激闘を行っていると考えれば、ボロボロとなりながらもこうして形を保っているのが奇跡だとも言えよう。大切にせねば。

「ものが良いですし長く使っていきたいですからね。それに、折角ディエラさんが見繕みつくろってくれたものですから。……ローブで思い出したんですが、一つだけ昔のこと聞いてもいいですか?」
「ん? 何かな?」
「嫌な話題で申し訳ないですけど、襲撃の時の話です」

 俺や彼女が所属していた盗賊団の話を切り出すと、彼女は柔らかな表情からほんのりとこわばった。

 良い思い出であるはずがないし、当然の反応だ。

 それでも、聞いておかなければならない。

「ディエラさん、襲撃者のメンバーの中に、白いフードを被った人物がいたのは覚えていますか?」
「……うん、覚えてる。戦闘には参加しないで、ずっと威圧感を放ってるだけだったけど。あの時取り逃がしたんだったよね?」
「ですね。その戦闘に参加しなかったフードは、襲撃時どんな行動をしてました?」

「必死だったからあんまり覚えてないけど……。男の人たちが私を押さえつけて、その……襲おうとしてる時、あの人が“女にかまけてないで仕事をしろ”って一喝いっかつしたことがあって。止めてくれたわけじゃないと思うし、結局その後に拘束されたけど」

 訥々とつとつと語る彼女の言葉は、以前差し向かいで話したマルトの言葉を裏付けするようなものだった。

 喫茶店で話し合った時のマルトは、確かに事実を話していたようだ。俺と出会って間もなかったというのに、あの誠実さが彼女の人柄なのかもしれない。

「ロウ君。取り逃がしちゃったあの人も確かに襲撃した一人だけど、追うのはすごく難しいと思うし、忘れちゃった方がいいと思う。きっと、『バルバロイ』を再結成するようなことでもなければ、もう目をつけられないだろうし」

「……そうですね。下手に探って再襲撃されたんじゃ、笑えませんもんね」

 ディエラの提案にチクリと心が痛むが、彼女にマルトとの関係性や襲撃の真実を伝えるわけにもいかない。

 盗賊団襲撃自体が公爵令嬢誘拐の依頼主による自作自演だという事実は、彼女の心をいたずらに傷つけるだけだろう。

「あー、良かった。ロウ君ってなんだかんだで優しいし、一人で背負っちゃうんじゃないかって思ってたから。飲み込んでくれてホッとしたよ」

 俺の返答を聞いた彼女は、大袈裟に肩をすくめてみせた。その意図を汲み、こちらも明るい話題へと転換を図る。

「俺だけなら思うままに行動しますけど、ディエラさんやメリーさんがいますからね。大切な人が危険に曝されるかもしれないなら、ちゃんと自制します」
「ふふっ、ありがと」

(……無性に今この場で人化して、この生温かい空気を吹き飛ばしたくなってきたのです)
(おいロウ、バロールとの約束の時間だってあるんだ。道草食ってる時間なんてないぞ)

「それじゃあ行ってきますね」「はい、いってらっしゃーい」

 曲刀たちから茶々を入れられたところで本題を思い出し、俺はざあざあ降りの屋外に出たのだった。
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