226 / 273
第七章 混沌の交易都市
7-22 動乱の交易都市
しおりを挟む
高高度での戦闘を終えた褐色少年が、己の空間へ移動している頃。その遥か下に位置する地上、交易都市の貴族街では。
「──クソッ! こいつら、何体でも召喚できるっていうのか!?」
「知るか! 今はとにかく、集中しろ!」
黒煙立ち上る中、竜信仰の一団が召喚した邪竜とそれを倒さんとする人々の戦いが、激しさを増していた。
「不味いね。この竜、普通の亜竜よりもずっと強い。力だけじゃなくて、魔法も息吹も凄い範囲だよ。たとえ騎士が防衛にあたっても、多くの犠牲が出そうだけど……アルベルト、どうする?」
「……こいつらは強いが、連携も何もなく暴れてるだけだ。強かろうがやりようはある──ベクザット、レルミナ! 攪乱しろ! 俺たちで決める!」
「軽く言って、くれるねっ!」
司令塔となっている青年から無理難題を吹っ掛けられた女性──レルミナは、悪態をつくも素早く行動。竜の懐へ稲妻のように切り込むと、守りの薄い関節部を曲刀でもって斬りつける!
「……っ! 硬いか」
鋼さえも切り裂くその刃は──しかし、表皮を浅く裂くにとどまった。金属を凌駕する手応えに表情を歪めつつ、彼女は続く邪竜たちの反撃を軽やかに躱していく。
「うぉ。レルミナさん瓦礫の上だってのに、本当速いな。あんな芸当できないし、俺は魔術でいくか」
同じように陽動を命じられた青年──ベクザットは、攻撃と回避の両立など無理だと遠距離を選択した。
足を縫い付けるような氷結魔術に、邪竜の息吹や魔法を乱す風魔術。打ち倒すというよりは翻弄することを旨とした魔術を次々放ち、邪竜の行動を制限し──。
「ハアッ!」
──ついに二人が竜たちの視線を独占したところで、死角より奇襲組が強襲。
大剣の切っ先が喉を抉り、勢いづいた大槌が頸部をへし折り、血走る眼球を猟矢が射貫く!
首を狙われた二体は絶命して倒れこみ、両目を射貫かれた一体は矢に込められた魔術が炸裂したことで大きくのけ反った。
「仕留めるっ!」
地鳴りのような悲鳴が響くと全く同時に、竜の下へレルミナが駆ける!
のけ反った後に灼熱の痛みを知覚した邪竜は、反射的に体を丸め込む。急所という急所が隠れたその守りは堅牢そのものだ。
「ふふ」
だというのに、間合いを詰めたレルミナは笑みを刻んで刃を構え──駆け抜けざまに横薙ぎ一閃。腕の守りごと一気に断ち切り、竜の首を真っ二つとしてみせた。
「うおおぉぉ。一撃って、マジか。さっきの陽動の時は、ひょっとして本気じゃなかった?」
「いや。相手が動かないなら破るのも容易ってだけだよ。それにレアの矢のおかげで、竜の肉体も強化度合いが落ちていたみたいだし」
「流石。だが、まだここが片付いただけだ。音や揺れを考えるにまだ居るかもしれないし、空で起きてる大爆発も気になる。次へ行こう」
どす黒い竜の血を避け瓦礫の上へ移動した二人へ、大剣を携えた青年──アルベルトが仕事を割り振っていく。邪竜という難敵を下しても、彼の意識にゆるみはない。
「衛兵どころか騎士だって容易に対抗できない相手だし、早めに動いた方がいいかもね~。レルミナさんもベクザットも、まだ動ける?」
「ええ」「まあ、なんとか」
「よし。それじゃあ、急ぐぞ!」
弓を構えるレアの問いに問題ないとの答えが返ると、アルベルトは彼らを率いて戦地へ向かう。
「──! これは……」
断続的に響く戦闘音を追った彼らの前に現れたのは、無残な姿でこと切れている邪竜たち。それも片手で数えきれないほどの、だ。
「邪竜たちの出血量が凄い。それに、損傷の度合いも激しい。急所を突くんじゃなくて、純粋な力で倒してるみたいだ。……ねじったり切り裂いたりしてるけど、やり口は同じ。多分、これをやったのは多くても二、三人だね」
「これなんか、竜の腕を丸ごと吹き飛ばしてるぞ? マナタイトの大剣でもやっとこさっとこ斬るってのに、どんな芸当なんだよ」
アルベルトが己の大剣を叩きながら零したのは、魔力的に変質した金属のことである。
硬質でありながら粘りもあり、比重も重すぎない金属。そんな良質な金属であるマナタイトで造られた武器は、鋼鉄製の武具では歯が立たないほど強固強力だ。
そんな武器ですら刃がこぼれてしまうのが、かの邪竜の肉体である。
「魔術でやった風でもないし、私の曲刀みたいにミスリルの武器なのかもね。それでも、竜の体が強化されてないときじゃないと無理だろうけど」
「ミスリルの武器ね~。リマージュの冒険者で、あんな高級品持ってる人いたっけ?」
「心当たりはないが、ここは人も物も集まる都市だからな。どこかから流れてきたのかもしれん。なんにしても、この状況ならありがたいさ」
戦慄するも素早く切り替えたアルベルトが号令をとり、彼らは未だ続く戦闘音へと近づいて行った。
◇◆◇◆
他方、戦火を逃れていた屋敷の一つ、ジラール公爵邸では。
「──おや。上空での戦闘は、君の読み通りの形で決着したみたいだね? バロール」
かつて青玉竜が氷まみれとした客室で、人の世を監視する太陽神が、貴族の妾として生活する魔神と睨み合っていた。
「その名で呼ばないでほしいものですね、ミフル。今のワタクシはルネ・ジラール、なんの力も持たない人間族なのですから」
「『不滅の巨神』が何を……ああ、僕が間違っていたよ。けれどルネ、何の力も持たないはずの君が、万物を滅する魔眼を輝かせるのはよした方がいい」
「全く、減らず口を。それで、読み通りの形というと、ロウ君が神獣を退けたということですか?」
ジト目のいう名の魔眼で太陽神の少年を黙らせた魔神は、本筋へと話を戻す。
「そうだね。それだけでなく、あのルキフグスの娘も休戦状態へ持ち込んだようだ。あの魔神は相当な食わせ者だよ」
「ワタクシでさえ手を焼く難物、フォカロルを丸め込んだ、ですか。……竜や魔神の魔力が入り乱れる上空を、全く問題とせず見通す。天則を嘯くだけはありますね、ミフル」
「君たちと違い、僕は直接『眼』を近くへ飛ばしているからね。詳細な把握ができて当然だよ」
小さな光球を弄ぶ金髪金眼の少年は、ふと表情を改めて象牙色の美女に警告を発した。
「つまりだ、ルネ。君があの魔神と影で会合をしていることは、僕たち神には周知の事実。僕が言わんとすること、分かるかい?」
「うふふふ。ワタクシの娘はロウ君と懇意にしていますから。娘と親しい関係にある子を知ろうとするのは、親として当然でしょう?」
神の警告に対し挑発で返すバロール。とぼけたような彼女の態度に、少年ミフルの眦はますますもって鋭利となる。
「……なるほど。つまり君は人の生活に飽き、再び魔神としての生に戻ると? 死と破壊を撒き散らすだけの悪鬼へと」
「ふふふ。そこまでは言いませんよ。ただ、貴方がたがロウ君を取り込もうとしている節がある以上、ワタクシもただ手をこまねいているわけにはいかない……そういうことです」
小さな身から陽光を迸らせる太陽神と、余裕の微笑みを浮かべて受け流す魔眼の魔神。
魔力をぶつけ合い調度品を粉砕しながら睨み合う両者だったが、脈絡もなく魔力の発散を引っ込めた。
「「!」」
直後に奔る蒼き雷光。卓に降り立つは銀髪の壮年男性。
ガラス窓を音圧で砕き顕れたのは、神とも魔神とも異なるこの世の上位者。月白竜シュガールだった。
「おや、月白竜。貴殿と直接顔を合わせるというのも、随分と久しいね」
「汝は常に我を監視していよう……しかし、ロウと神獣の戦いを眺める中、まさかバロールの魔力を感じようとは。狩るならば手を貸さぬこともないぞ? 太陽神よ」
「この部屋を破壊しておきながらその態度。よほど生き急いでいるようですね? シュガール。二柱ならばワタクシに勝てるなどとお思いか」
象牙色の長髪が揺らめいた瞬間、再び吹き荒れる魔力の嵐。壁面に亀裂を入れ床面をひびだらけにするその圧は、竜の登場が無くとも部屋を破壊し尽くすほどだ。
「フッ。貴様が積み上げてきた悪行の前では、この程度の破壊など比較にすらなるまい。己が行いを忘れ食ってかかるなど、度し難いな? バロールよ」
「ふふふ、月白竜の登場は乱暴だったけれど。実のところ、君も部屋の破壊してばかりではないかな? 今もこうして壁や床を軋ませているし、彼が来ずともこの部屋は崩壊していたことだろう」
「無断で部屋へ侵入したうえに、責任転嫁までしますか。神が聞いて呆れますね」
吐き捨てるように零し少年と男性を睨んだ美女だったが、ややあって嘆息した彼女は乱雑な言葉を投げた。
「それで? フォカロルが落ち着きベヒモスが退散した以上、貴方がたが長居する理由もないと思いますが?」
「抜かせ。あれほどの力を持つものがロウと接触している以上、動向を確かめぬなど論外。ましてや、貴様はあの娘の知己なのであろう? あれを通じてロウを取り込むなど、如何にも貴様が繰りそうな手だ」
暗に帰れというバロールに、誰が帰るかと一笑に付すシュガール。その険悪さ、正しく猿と犬の如しである。
「魔神同士の結託という可能性の前では、君の主張はあまりにも軽い。魔神ロウだけでも古き竜に比す力を持っているのだからね」
「だからこのまま居座り成り行きを見届ける、と。なんとまあ身勝手な主張でしょうか」
壊れてしまった椅子やテーブルの代わりを樹木魔法で創り出す、魔眼の魔神。彼女の創り出した椅子に座る太陽神とは対照的に、月白竜は立ったまま腕を組み己の主張を押し通す。
「『神獣』までをも退けたとなると、もはや上位魔神としての力を疑う余地すらない。それも生まれて間もない無垢の魔神だ。貴様の色に染められてはかなわん」
「あの子が無垢かというと、首を捻らざるを得ませんよ。あの子は既に己の色を持っていますから、ワタクシに染められるようなことはないでしょう」
「それは言えているね。あれほど幼いのに、あの魔神は駆け引きを知っている。人の世で生活してきたことが経験となっているのか、あるいは……」
かつてとある人間族を観察していたことを思い返し、仮説を再検討するミフル。
(あの魔力の淀み。人間族と魔神という差異はあれども、その濁り方はよく似ていたね。あの青年も少年に対し何らかの疑念を抱いていたようだし、彼の監視に力を入れるのも切り口としては面白そうだ)
内面でほくそ笑んだ少年が光の「眼」を飛ばしたところで、魔神の眷属である老執事がお茶菓子を持って現れる。
途中休憩を挟みつつも、彼らはにらみ合いを続行。魔神たちが上空に戻ってくるまでの間、屋敷では息の詰まる時間が続いたのだった。
「──クソッ! こいつら、何体でも召喚できるっていうのか!?」
「知るか! 今はとにかく、集中しろ!」
黒煙立ち上る中、竜信仰の一団が召喚した邪竜とそれを倒さんとする人々の戦いが、激しさを増していた。
「不味いね。この竜、普通の亜竜よりもずっと強い。力だけじゃなくて、魔法も息吹も凄い範囲だよ。たとえ騎士が防衛にあたっても、多くの犠牲が出そうだけど……アルベルト、どうする?」
「……こいつらは強いが、連携も何もなく暴れてるだけだ。強かろうがやりようはある──ベクザット、レルミナ! 攪乱しろ! 俺たちで決める!」
「軽く言って、くれるねっ!」
司令塔となっている青年から無理難題を吹っ掛けられた女性──レルミナは、悪態をつくも素早く行動。竜の懐へ稲妻のように切り込むと、守りの薄い関節部を曲刀でもって斬りつける!
「……っ! 硬いか」
鋼さえも切り裂くその刃は──しかし、表皮を浅く裂くにとどまった。金属を凌駕する手応えに表情を歪めつつ、彼女は続く邪竜たちの反撃を軽やかに躱していく。
「うぉ。レルミナさん瓦礫の上だってのに、本当速いな。あんな芸当できないし、俺は魔術でいくか」
同じように陽動を命じられた青年──ベクザットは、攻撃と回避の両立など無理だと遠距離を選択した。
足を縫い付けるような氷結魔術に、邪竜の息吹や魔法を乱す風魔術。打ち倒すというよりは翻弄することを旨とした魔術を次々放ち、邪竜の行動を制限し──。
「ハアッ!」
──ついに二人が竜たちの視線を独占したところで、死角より奇襲組が強襲。
大剣の切っ先が喉を抉り、勢いづいた大槌が頸部をへし折り、血走る眼球を猟矢が射貫く!
首を狙われた二体は絶命して倒れこみ、両目を射貫かれた一体は矢に込められた魔術が炸裂したことで大きくのけ反った。
「仕留めるっ!」
地鳴りのような悲鳴が響くと全く同時に、竜の下へレルミナが駆ける!
のけ反った後に灼熱の痛みを知覚した邪竜は、反射的に体を丸め込む。急所という急所が隠れたその守りは堅牢そのものだ。
「ふふ」
だというのに、間合いを詰めたレルミナは笑みを刻んで刃を構え──駆け抜けざまに横薙ぎ一閃。腕の守りごと一気に断ち切り、竜の首を真っ二つとしてみせた。
「うおおぉぉ。一撃って、マジか。さっきの陽動の時は、ひょっとして本気じゃなかった?」
「いや。相手が動かないなら破るのも容易ってだけだよ。それにレアの矢のおかげで、竜の肉体も強化度合いが落ちていたみたいだし」
「流石。だが、まだここが片付いただけだ。音や揺れを考えるにまだ居るかもしれないし、空で起きてる大爆発も気になる。次へ行こう」
どす黒い竜の血を避け瓦礫の上へ移動した二人へ、大剣を携えた青年──アルベルトが仕事を割り振っていく。邪竜という難敵を下しても、彼の意識にゆるみはない。
「衛兵どころか騎士だって容易に対抗できない相手だし、早めに動いた方がいいかもね~。レルミナさんもベクザットも、まだ動ける?」
「ええ」「まあ、なんとか」
「よし。それじゃあ、急ぐぞ!」
弓を構えるレアの問いに問題ないとの答えが返ると、アルベルトは彼らを率いて戦地へ向かう。
「──! これは……」
断続的に響く戦闘音を追った彼らの前に現れたのは、無残な姿でこと切れている邪竜たち。それも片手で数えきれないほどの、だ。
「邪竜たちの出血量が凄い。それに、損傷の度合いも激しい。急所を突くんじゃなくて、純粋な力で倒してるみたいだ。……ねじったり切り裂いたりしてるけど、やり口は同じ。多分、これをやったのは多くても二、三人だね」
「これなんか、竜の腕を丸ごと吹き飛ばしてるぞ? マナタイトの大剣でもやっとこさっとこ斬るってのに、どんな芸当なんだよ」
アルベルトが己の大剣を叩きながら零したのは、魔力的に変質した金属のことである。
硬質でありながら粘りもあり、比重も重すぎない金属。そんな良質な金属であるマナタイトで造られた武器は、鋼鉄製の武具では歯が立たないほど強固強力だ。
そんな武器ですら刃がこぼれてしまうのが、かの邪竜の肉体である。
「魔術でやった風でもないし、私の曲刀みたいにミスリルの武器なのかもね。それでも、竜の体が強化されてないときじゃないと無理だろうけど」
「ミスリルの武器ね~。リマージュの冒険者で、あんな高級品持ってる人いたっけ?」
「心当たりはないが、ここは人も物も集まる都市だからな。どこかから流れてきたのかもしれん。なんにしても、この状況ならありがたいさ」
戦慄するも素早く切り替えたアルベルトが号令をとり、彼らは未だ続く戦闘音へと近づいて行った。
◇◆◇◆
他方、戦火を逃れていた屋敷の一つ、ジラール公爵邸では。
「──おや。上空での戦闘は、君の読み通りの形で決着したみたいだね? バロール」
かつて青玉竜が氷まみれとした客室で、人の世を監視する太陽神が、貴族の妾として生活する魔神と睨み合っていた。
「その名で呼ばないでほしいものですね、ミフル。今のワタクシはルネ・ジラール、なんの力も持たない人間族なのですから」
「『不滅の巨神』が何を……ああ、僕が間違っていたよ。けれどルネ、何の力も持たないはずの君が、万物を滅する魔眼を輝かせるのはよした方がいい」
「全く、減らず口を。それで、読み通りの形というと、ロウ君が神獣を退けたということですか?」
ジト目のいう名の魔眼で太陽神の少年を黙らせた魔神は、本筋へと話を戻す。
「そうだね。それだけでなく、あのルキフグスの娘も休戦状態へ持ち込んだようだ。あの魔神は相当な食わせ者だよ」
「ワタクシでさえ手を焼く難物、フォカロルを丸め込んだ、ですか。……竜や魔神の魔力が入り乱れる上空を、全く問題とせず見通す。天則を嘯くだけはありますね、ミフル」
「君たちと違い、僕は直接『眼』を近くへ飛ばしているからね。詳細な把握ができて当然だよ」
小さな光球を弄ぶ金髪金眼の少年は、ふと表情を改めて象牙色の美女に警告を発した。
「つまりだ、ルネ。君があの魔神と影で会合をしていることは、僕たち神には周知の事実。僕が言わんとすること、分かるかい?」
「うふふふ。ワタクシの娘はロウ君と懇意にしていますから。娘と親しい関係にある子を知ろうとするのは、親として当然でしょう?」
神の警告に対し挑発で返すバロール。とぼけたような彼女の態度に、少年ミフルの眦はますますもって鋭利となる。
「……なるほど。つまり君は人の生活に飽き、再び魔神としての生に戻ると? 死と破壊を撒き散らすだけの悪鬼へと」
「ふふふ。そこまでは言いませんよ。ただ、貴方がたがロウ君を取り込もうとしている節がある以上、ワタクシもただ手をこまねいているわけにはいかない……そういうことです」
小さな身から陽光を迸らせる太陽神と、余裕の微笑みを浮かべて受け流す魔眼の魔神。
魔力をぶつけ合い調度品を粉砕しながら睨み合う両者だったが、脈絡もなく魔力の発散を引っ込めた。
「「!」」
直後に奔る蒼き雷光。卓に降り立つは銀髪の壮年男性。
ガラス窓を音圧で砕き顕れたのは、神とも魔神とも異なるこの世の上位者。月白竜シュガールだった。
「おや、月白竜。貴殿と直接顔を合わせるというのも、随分と久しいね」
「汝は常に我を監視していよう……しかし、ロウと神獣の戦いを眺める中、まさかバロールの魔力を感じようとは。狩るならば手を貸さぬこともないぞ? 太陽神よ」
「この部屋を破壊しておきながらその態度。よほど生き急いでいるようですね? シュガール。二柱ならばワタクシに勝てるなどとお思いか」
象牙色の長髪が揺らめいた瞬間、再び吹き荒れる魔力の嵐。壁面に亀裂を入れ床面をひびだらけにするその圧は、竜の登場が無くとも部屋を破壊し尽くすほどだ。
「フッ。貴様が積み上げてきた悪行の前では、この程度の破壊など比較にすらなるまい。己が行いを忘れ食ってかかるなど、度し難いな? バロールよ」
「ふふふ、月白竜の登場は乱暴だったけれど。実のところ、君も部屋の破壊してばかりではないかな? 今もこうして壁や床を軋ませているし、彼が来ずともこの部屋は崩壊していたことだろう」
「無断で部屋へ侵入したうえに、責任転嫁までしますか。神が聞いて呆れますね」
吐き捨てるように零し少年と男性を睨んだ美女だったが、ややあって嘆息した彼女は乱雑な言葉を投げた。
「それで? フォカロルが落ち着きベヒモスが退散した以上、貴方がたが長居する理由もないと思いますが?」
「抜かせ。あれほどの力を持つものがロウと接触している以上、動向を確かめぬなど論外。ましてや、貴様はあの娘の知己なのであろう? あれを通じてロウを取り込むなど、如何にも貴様が繰りそうな手だ」
暗に帰れというバロールに、誰が帰るかと一笑に付すシュガール。その険悪さ、正しく猿と犬の如しである。
「魔神同士の結託という可能性の前では、君の主張はあまりにも軽い。魔神ロウだけでも古き竜に比す力を持っているのだからね」
「だからこのまま居座り成り行きを見届ける、と。なんとまあ身勝手な主張でしょうか」
壊れてしまった椅子やテーブルの代わりを樹木魔法で創り出す、魔眼の魔神。彼女の創り出した椅子に座る太陽神とは対照的に、月白竜は立ったまま腕を組み己の主張を押し通す。
「『神獣』までをも退けたとなると、もはや上位魔神としての力を疑う余地すらない。それも生まれて間もない無垢の魔神だ。貴様の色に染められてはかなわん」
「あの子が無垢かというと、首を捻らざるを得ませんよ。あの子は既に己の色を持っていますから、ワタクシに染められるようなことはないでしょう」
「それは言えているね。あれほど幼いのに、あの魔神は駆け引きを知っている。人の世で生活してきたことが経験となっているのか、あるいは……」
かつてとある人間族を観察していたことを思い返し、仮説を再検討するミフル。
(あの魔力の淀み。人間族と魔神という差異はあれども、その濁り方はよく似ていたね。あの青年も少年に対し何らかの疑念を抱いていたようだし、彼の監視に力を入れるのも切り口としては面白そうだ)
内面でほくそ笑んだ少年が光の「眼」を飛ばしたところで、魔神の眷属である老執事がお茶菓子を持って現れる。
途中休憩を挟みつつも、彼らはにらみ合いを続行。魔神たちが上空に戻ってくるまでの間、屋敷では息の詰まる時間が続いたのだった。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました
夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。
スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。
ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。
驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。
※カクヨムで先行配信をしています。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~
みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった!
無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。
追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。
チートスキルより女神様に告白したら、僕のステータスは最弱Fランクだけど、女神様の無限の祝福で最強になりました
Gaku
ファンタジー
平凡なフリーター、佐藤悠樹。その人生は、ソシャゲのガチャに夢中になった末の、あまりにも情けない感電死で幕を閉じた。……はずだった! 死後の世界で彼を待っていたのは、絶世の美女、女神ソフィア。「どんなチート能力でも与えましょう」という甘い誘惑に、彼が願ったのは、たった一つ。「貴方と一緒に、旅がしたい!」。これは、最強の能力の代わりに、女神様本人をパートナーに選んだ男の、前代未聞の異世界冒険譚である!
主人公ユウキに、剣や魔法の才能はない。ステータスは、どこをどう見ても一般人以下。だが、彼には、誰にも負けない最強の力があった。それは、女神ソフィアが側にいるだけで、あらゆる奇跡が彼の味方をする『女神の祝福』という名の究極チート! 彼の原動力はただ一つ、ソフィアへの一途すぎる愛。そんな彼の真っ直ぐな想いに、最初は呆れ、戸惑っていたソフィアも、次第に心を動かされていく。完璧で、常に品行方正だった女神が、初めて見せるヤキモチ、戸惑い、そして恋する乙女の顔。二人の甘く、もどかしい関係性の変化から、目が離せない!
旅の仲間になるのは、いずれも大陸屈指の実力者、そして、揃いも揃って絶世の美女たち。しかし、彼女たちは全員、致命的な欠点を抱えていた! 方向音痴すぎて地図が読めない女剣士、肝心なところで必ず魔法が暴発する天才魔導士、女神への信仰が熱心すぎて根本的にズレているクルセイダー、優しすぎてアンデッドをパワーアップさせてしまう神官僧侶……。凄腕なのに、全員がどこかポンコツ! 彼女たちが集まれば、簡単なスライム退治も、国を揺るがす大騒動へと発展する。息つく暇もないドタバタ劇が、あなたを爆笑の渦に巻き込む!
基本は腹を抱えて笑えるコメディだが、物語は時に、世界の運命を賭けた、手に汗握るシリアスな戦いへと突入する。絶体絶命の状況の中、試されるのは仲間たちとの絆。そして、主人公が示すのは、愛する人を、仲間を守りたいという想いこそが、どんなチート能力にも勝る「最強の力」であるという、熱い魂の輝きだ。笑いと涙、その緩急が、物語をさらに深く、感動的に彩っていく。
王道の異世界転生、ハーレム、そして最高のドタバタコメディが、ここにある。最強の力は、一途な愛! 個性豊かすぎる仲間たちと共に、あなたも、最高に賑やかで、心温まる異世界を旅してみませんか? 笑って、泣けて、最後には必ず幸せな気持ちになれることを、お約束します。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!!
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる