異世界を中国拳法でぶん殴る! ~転生したら褐色ショタで人外で、おまけに凶悪犯罪者だったけど、前世で鍛えた中国拳法で真っ当な人生を目指します~

犬童 貞之助

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幕間劇

魔神の眷属、エボニーの観察

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 褐色少年が世話になった孤児院を訪ね、傷んだ外壁の修復や雑草刈りに精を出し、かつての恩を返している頃。遠く離れた隣国首都では。

[──♪]

 黒髪美少女(ただし股にはでこぼこもない)の外見をとる魔神の眷属けんぞくエボニーは、魔術大学内の散策を楽しんでいた。

 創造主より命じられている護衛も対象が警備万全な寮内にいるため、今は浮いた時間。ふらふらと構内を彷徨さまよう彼の足取りは軽やかだ。

「……あんな子、いたか?」
「いや、覚えがない。黒髪なんてすぐ気づくだろ」
「服装からすると、貴族か? 縁故で入ってきたのかもな」
「しっかし可愛いな~」

 そんなエボニーは並外れて可憐なだけに、歩いているだけでも大層目を引く。

 もっとも、かもし出される高貴な空気感に圧されるため、大半は遠巻きに見つめるにとどまる。

 それでも──。

「おい、そこのお前。ここの学生か?」

 ──時折こうして、声掛け事案に至ることもある。

[──?]

「ん? 僕が誰だ、だと? このアリム・カリフに向かい、なんと失礼な」
「新入生で間違いないようですね。大陸北部の一大都市、ミナレット首長の息子である坊ちゃまを知らないというのも、ここの学生では考えづらいことです。……悪名も通っていますし」
「おいこら、何が悪名だ。僕はただ首長の長子としての責務を果たすべく、世継ぎを生むに相応しい相手を探しているだけだ」

[……]

 エボニーの前で茶番を繰り広げだしたのは、赤く焼けた砂のようなちぢれ毛の美少年と、その少年とよく似た髪を一つ纏めにしている青年の従者。いずれもが、普段着とは思えないほどに煌びやかな衣服を身に着けている。

[──……]

 彼らが高貴な身分にあることを察した眷属は、創造主よろしく「面倒事なんぞ御免だ」と身をひるがえす。

「お嬢さん、申し訳ないがしばしお待ちを」

 が、少年の傍に控えていた従者とは異なる人物──狼を思わせる灰色髪の青年が、退路をふさぐように出現。逃走に失敗である。

「僕を前にして逃げようとは、ますますもってけしからん。美しい容姿でなければ視界から排除していたところだ」
「坊ちゃま、言動が滅茶苦茶身勝手になってますって。この子凄く引いてますよー」
「こんな言動ですが、坊ちゃまは気に入った方に対しては大層甘いお方です。お嬢さん、どうか少しお時間を頂けませんか」

[……──]

 退路を塞いだ青年の言葉にしばし黙考するエボニー。それでも結論は変わることなく、彼はこの場を脱することに決めた。

 偉ぶる少年や貴族の食事というものに興味惹かれはするものの、己の任務をおざなりにはできない。眷属としての使命感ゆえである。

 とはいえ、彼のことを育ちの良さそうな美しい少女と認識している少年たちにとって、この回答(ジェスチャー)は当然意に沿うものではない。

「なに? 付き合えないだと? 下手に出ればつけ上がる女だ。おいジャラール、お前が甘い態度だから舐められているぞ」
「坊ちゃま。舐められるも何も、いきなり見ず知らずの相手から話しかけられたのなら当たり前の反応かと思われます」
「坊ちゃまは世界の中心で生きてますからねー」

「うだうだと文句を垂れる暇があるなら早くその女を説得しろ。阿呆どもが」
「はいはーい。坊ちゃまの仰せのままにー」「アリム様はいつでも思うがままですね」

 己が口説くことを諦めた主に従い、青年たちはじわりとエボニーへ近づき言葉巧みに落としにかかる。

「というわけで、少しお時間を頂けないでしょうか? 可愛らしいお嬢さん。魅力的な貴女に相応しい場所へご案内しますから。それに、今なら俺たちもついてきますよー」
「先にも申し上げましたが、坊ちゃまはこれでお優しい方です。再考いただけないでしょうか? もちろん、食事のお代は全てこちらが持ちますので」

 傍から見れば美青年たちが美少女へ言い寄っているかのような絵面だが、当のエボニーは神造物であり性別を有さない。創造主たる褐色少年が知れば苦笑いしてしまう光景である。

[……──]

 頭二つ分ほども小さい少女へ甘い言葉をささやく青年たちと、口をへの字にゆがめて成り行きを見届けている少年。

 遠巻きの人垣ができてしまうほど珍奇な情景は──しかし、黒髪の眷属が本気を出したことで立ち消えとなった。

[──]

「「「!?」」」

 その場で建物の遥か上まで跳び上がる垂直跳躍に、闇魔法の足場を蹴って移動する空中機動。人外たる力を存分に使う常識外れの逃走である。

「……今のは、精霊魔法か?」

「ですかねー。闇の精霊なんて学内でもそういないはずですが、可愛いだけじゃないお嬢さんでしたね」
「優れた精霊使いであると同時に、身体能力もいちじるしく高いようです。あの跳躍は巨人さえも跳び越えそうでした」

 などという感嘆の声を背中で聞きつつ、エボニーは空を翔けて逃走完了。

 今日は護衛対象も終日寮にいるのだからと、そのまま大学を後にした。

◇◆◇◆

 あくる日の朝。

 大学近くの宿で食事を済ませ、エボニーは再び大学へと侵入する。昨日の逃走と同じく、上空からである。

 大学周囲には外敵の侵入を防ぐ魔術障壁が張り巡らされており、魔力に反応して作用する仕掛けとなっている。国の最高研究機関という関係上障壁の強度は極めて堅固で、高位の魔物であっても破ることは容易ではない。

[──]

 そんな障壁に守られた大学なれど、魔神が眷属の前ではその守りも用をなさない。
 己の魔力を完全に遮断しゃだんできる眷属にとって、魔力に反応する障壁など防壁たりえないのだ。

 いとも容易く構内へ入った彼はその足で学生寮へと向かう。護衛対象──創造主の友人たちの様子を見るためだ。

 美しい少女(ただし凸も凹もなし)から黒々とした液状の姿へと変じて、窓の隙間に建材の継ぎ目、天井の取っ掛かりを伝い暗躍するエボニー。

 人外というに相応しい、目撃者がいれば卒倒してしまうような動きをもって、彼は寮の一室にたどり着いた。

 扉の前にいた女性使用人の目を盗み、天井を這うエボニーは染み込むようにして室内へ侵入を果たす。

[?]

 湿気こもる室内で魔神の眷属が目にしたのは、タオルのみを守りとする二人の少女。
 彼が侵入した場所は上流階級の部屋にしつらえられていた浴室だったのだ。

 しかしなにやら、彼女たちは少しばかり言い争っているかのような雰囲気である。

「──こんな時に旅行って、本当に大丈夫なんですか? しかも帝国に向かうって……。家の用事なんて言ってますけど、ロウさんが目当てなんじゃないでしょうね」
「うふふふ。家の都合があるというのは確かですけれど、ロウさんにお会いできればと思っているのも否定できません。抜け駆けするようでごめんなさいね? ヤームル」
「む……」

[……]

 湯に濡れしっとりと輝く象牙色の長髪をまとめ上げ、美少女はあでやかに微笑んでみせる。

 対し、ヤームルと呼ばれた栗色の美少女はむくれて頬を膨らます。それは相手の言動への不満なのか、相手の双子山と自身の絶壁との差異から生じる嫉妬しっとなのか。

「はぁ。つい先日オディール様も言っていましたけど。エスリウさんがそんなにロウ君に入れ込むなんて思ってもいませんでしたよ」
「あら。そういう貴女もお気に入りという感じでしょう? 砂漠の調査以来、距離感がとても近くなっているようですし、今だって親し気に“ロウ君”と呼んでいることですし」

「あっ。これはちょっとした言い間違いですから。深い意味なんてないですから!」

 常日頃の淑女然しゅくじょぜんとした様子からは考えられないほど、慌てふためくヤームル。

 そんな珍しい友人の様子に生温かい笑みを送るエスリウだったが、思わぬ反撃が飛んでくることになる。

「というか! エスリウさんだってロウ君を部屋に連れ込んで以降、凄ーく距離が近づいた感じじゃないですか。しかもあの後も、ちょくちょく顔をあわせてたって聞きましたよ」
「あらあらあら。隠していたつもりはないのですけれど。そのことを知っているとなると、情報源はマルトですか」
「ええ。うちの使用人たちが彼女と会った時、ロウ君の話になったみたいで。その時に何度も会っているという話が出たようです」

 大学内において、学生の従者は専用の居住空間を与えられている。そこで交流を持つ使用人たちの間の話が、主であるヤームルにまで伝わっていたのだ。

 なお、エスリウの従者マルトはこの件について特に責任を感じていない。

 空間魔法の特訓をしていたことや魔神という正体を秘していれば問題ないだろう──そう彼女は考えていたのだ。

 少年との関係性を追求されることなど、人の機微きびうとい彼女は想定の範囲外である。

「きっとその話題となった時、聞かれるがままに答えたのでしょうね。純朴じゅんぼくなことは美点ですけれど、マルトの場合はいささか素直にすぎます」
「私も聞いた時は絵が思い浮かびましたよ。それでエスリウさん? 二人で密会して、どんな悪いことをしてたんですか?」
「ふふっ、気になりますか? 貴女が砂漠での日々のことを話してくれるというのなら、ワタクシも話すのはやぶさかではありませんよ」
「むぅ」

 機を逃すまいと攻勢を強めるヤームルに対し、エスリウは丁度よい機会だと探りを入れた。

 大砂漠で褐色少年と古き竜が激闘を繰り広げたというのは、この象牙色の魔神も知るところである。

 しかしながら、彼女が知っているのは少年が戦ったという事実だけだ。

 少年の同行者たちがどうやってその余波から逃げおおせたのか、それほどの激戦を繰り広げ正体が露見することがなかったのか。そういった疑問の数々は未だ解消されていない。

 砂漠から帰って以降、少年とより親しくなっているヤームル。それを見たエスリウは何らかの事態の進展、ないし秘密の共有があったのではないか、と考えた。

 魔神という正体など、人に言えない秘密の典型であろう。

(──ロウさんの正体をヤームルが知ったとすれば色々と納得するけれど。そう簡単に人が魔神を受け入れるとは思えないのよね。この子は魔族に対する恨みが少ない方だとは思うけれど、人族をしいたげた首魁しゅかいが魔神なのだし。……もし受け入れたのだとしたら、ワタクシも話してしまった方がいいのかしら)

 栗色の少女の答えを待つ間、思索に沈む魔眼の魔神。

 おとがいから垂れた水滴が、彼女の深い谷間へ幾度となく吸い込まれ──谷間に湖が生まれ始めた頃合いで、同じように考え込んでいたヤームルが口を開いた。

「砂漠での日々、ですか。エスリウさんは向こうでのこと、ロウさんから聞いてないんですか?」
「古き竜の大災害に巻き込まれたという話は聞きましたけれど、それ以外のことは何も。貴女がどうやってあの災害から逃れたのか、そしてどんな風に彼と仲良くなったのか。そういったことは語ってくれませんでしたから」
「……ちなみに、大災害に巻き込まれたって話、どんな説明でした?」

 振られた話題を掘り下げながらも、ヤームルは状況を整理する。

(エスリウさんって、どうにもロウ君の正体に気づいている風なのよね。この感じだと、私がロウ君のことをどこまで知っているのか確かめようとしているのかな。ぐいぐいと踏み込んでくる感じからすると、あの子が転生者であることと魔神であること、少なくともどちらかは知っているのだろうけど……。魔神ってことを知っているならそう踏み込むとも思えないし、転生者の方かな)

 等々、目の前の友人が魔神であるなどとは思いもしない少女である。

 かつて少年との会話で転生者が数多く存在する可能性について論じていたため、彼女の結論はそちらへ傾いてしまったのだ。

 ──故に、ヤームルにとってエスリウの回答は想定外だった。

「ロウさんが古き竜と正面から殴り合った、と聞きましたね。うふふ、剛毅ごうきなことです」
「ぶっ!?」

 ごく短く告げられた言葉は彼女も知る真実である。

 それは同時に、かの少年がこの世の頂点に並びうる存在であるということでもあり──。

「ちょっ!? エスリウさん、ロウ君が竜と戦ったってこと、知ってたんですか!?」

「ええ。反応を見る限りヤームルも知っていたようですし……彼が古き竜と争えるような存在──であるということも知っているのでしょうね、貴女は」
「っ!」

 ──エスリウにとっては、ヤームルがロウを魔神と知っているとする、その根拠にもなりうる情報だった。

 畳みかけられ動揺を晒している少女に対し、象牙色の魔神は続けざまに言い放つ。

「ロウさんのことをそうだと知っているのなら、もはや貴女には隠す必要もありませんか。ワタクシも“同じ”ですよ」
「同じって……転生者じゃなくて、魔神ってこと!?」

 己もまた魔神である──そうのたまった友人に愕然がくぜんとし、思わず問い返してしまうヤームル。なだらかな胸からタオルがずり落ちるが、お構いなしである。

「転生者、ですか?」
「あっ」

「……そういえば、本で読んだことがありますね。大英雄ユウスケ様がそうだったように、時折何らかの形で異なる世界の存在が迷い込むことがある、と。彼が歳に似合わぬ態度や実力を見せるのは、そういうことですか」

 失言に気づくも時すでに遅し。

 勤勉な学生であり人の世のことをよく知ろうとする風変りな魔神エスリウは、転生者という単語を素早く理解してみせた。

「疑問が浮かぶということは、ロウさんがそうだと知っているということ。……ねえヤームル、貴女どうやって彼がそうだと知ったの? 異世界からやってきた存在だなんて、姿かたちが同じである以上、傍目には判断しようが無いように思うのだけれど」
「そ、それは……」

 やってしまったと頭を抱える栗色の少女に、少女の言葉を咀嚼そしゃくしていく象牙色の少女。浴室を水滴が垂れる音だけが支配する。

[……]

 その様子を見て「創造主は罪な男だなあ」と感心する漆黒の眷属は、天井に張り付いたまま引き続き状況を注視するのだった。
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