婚約破棄を告げた瞬間に主神を祀る大聖堂が倒壊しました〜神様はお怒りのようです〜

和歌

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剥がれてゆくもの

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 リリア・ウィルハートは、不機嫌をめいっぱい顔に浮かべて、王宮の一角に与えられた自室のベットに飛び込むようにして大の字に寝転がった。

「褒めに来てくれたって、良いはずでしょ」

 よく通る声で誰とは無しに抗議する。

 昨日は冷たい雨の中を、民衆の前に出て祈りを捧げた。それによる快復の兆しの報告は、昼を過ぎても未だ無い。

 過去を振り返っても、祈りの効果が結果として認めれる兆候が起きるまで、日数が掛かることは幾らもあった。それでもリリアの胸中には、功を急ぐ焦りが芽生えていた。

「やっぱり……聖堂じゃ無きゃ駄目だったんじゃないかなぁ。聖堂以外で、祈った事ないもの。もされちゃったし……」

 ベットに寝転がり、質のいいクッションを抱きしめて呟くそれは、失敗したかもしれない理由を求めている。

 結果を出してしまえば、何もかもが解決され、そこから明るい未来が開けるのだと、昨日まで思っていた心がじわじわと萎んでゆく気がしていた。
 
 悪い考えを振り払うように起き上がると、自室の端に控えている侍女を呼ぶ。

「ねぇ、レオンは今日も会えないの?」
「はい。王太子殿下は当面の間、公務を優先され、私的な時間はお持ちにならないそうです」

 何時になく淡々と応える侍女に、リリアは不機嫌も顕にため息をつく。



 侍女は己が仕える相手の反応に、小さな憤りを感じていた。

「いくら大変な時だからって! 休まないと身体を壊しちゃうでしょ。ねぇ、休憩の時間なら、取れるんじゃない?」

 思いやりのある良い提案をしているのだと、リリアは言う。

 しかし、侍女の女は疑問を抱いた。
 宮勤めの長さ故のそれも勿論あるが、彼女自身も子爵家の出で、下級貴族と言えど上に立つ者の心得や義務は多少なりとも理解している。

 国の一大事に、私事にかまけては居られないという王太子の判断は正しいだろう。
 他方、それでも休息は必要だと言う弁も間違いでは無い。だが、そこにリリアが関与する必然性など無い。

 王宮の安全な場所で守られて暮らしている弊害で、リリアが水に窮する事態や市井の置かれた状況の全容を理解出来ずに、軽く捉えてしまっているのは否めない。
 それでも想像力を働かせるでも無く、どこか身勝手な望みを含めた提案を平然と口にする事に、腹の底に憤りが湧く。


 ほんの数日前まで、自身が仕えるこの少女と、王太子が恋仲であると信じていた。
 しかし今となってはそれすら疑問に思えている。

 ここは王宮で、相手は王太子だ。
 私用であれ何であれ、二人が共にいる時は必ず自身を筆頭に側仕えの者がその場に居合わせる。

 確かに、数日前まで毎朝顔を見せていた。事ある毎に茶の席を設け、庭園を並び歩く事もあった。
 だが、恋人と呼べるほどの、例えば愛を囁き合うような何某かがあったかと問われれば、一つも思い当たらない。
 顔を合わせる頻度で言えば仲睦まじいと言えはしても、高貴な生まれの者が異性に接する際の、節度ある距離を逸脱する事は無かった。

 敢えて言うのなら、王太子の婚約者であるはずのアリシア・フィルハーリスの扱いが蔑ろにされていたのは事実で、むしろそれを理由にリリアと恋仲なのだろうと理解されていたように思う。

 そんなアリシアの言動も、大罪人のように扱われる程の事をしたかと問われれば、それも甚だ疑問だ。

 リリアの専属侍女に抜擢されて以来、常に傍に控えていた。侍女の女は起こったことの全てを見てきたのだ。
 苦言や諌言はありはしても、罵詈雑言は無かった。むしろアリシアはいつも、王太子に何かを話そうとしていただけのように思う。
 
 じわじわと今更になって湧き上がるいくつもの疑問に、血の気が引いていく。

 だからとて、侍女の身では憤りも疑問も、表に出す術はない。務めて顔に出さぬようにして、粛々と少女の願いを近衛に伝えた。
 近衛兵は困ったような顔をして、首を横に振る。


◇◆◇


 ユージーンは王宮の客間で、険しい顔をして長椅子に背を預け、天井を仰いでいた。

「猊下、お疲れのご様子ですね……」
「アダム卿は、昨日の成果を急いている様子でね」

 昼食前に押し掛けてきたアダム・ウィルハートに、結局昼過ぎまで付き合わされた後だった。
 アダムはあれやこれやと遠回しな言葉を使い、その癖に決して結論は言わせない。

「しかし彼は、結論よりも今は、自分達にとって都合よく解釈し利用できる言葉が欲しいのだろう」

 ユージーンは息を吐いて遠くを見る。

 昨日の祈りの儀とやらが、一朝一夕に効果を齎さなかったとしても、その理由などいくつでも用意出来るだろう。
 仮にユージーンが現状に否定の言葉を口にしたとして、今はまだ不調だというアダムによる弁明が続くだけの事だ。

 ユージーンもまた、決定的な答えを出せる状況には至っていない。

「今朝から病人が出たという報告があったそうだね。それで、場を凌ぐ説得力のある言葉を探しに来たといったところか」

 メイアは静かに頷く。

「低温と雨に加え、精神的疲弊も大きい中で一つところに人が集まれば、体調を崩す者が出る事はある程度予測の範囲内ですが、熱病が如何程のものかは調査段階です」

「事実として、医者も治癒士も機能しない中での事だ、事態の悪化は考えられる。救援は、物資だけでは足りないだろうな」

 気を取り直して目下の救援について策を講じていると、外からはやぶさの鳴き声がした。

「ジュノーから報せの伝書のようですね」

 メイアは窓を開けると、器用に足に括り付けられた手紙を解いてユージーンに渡した。

「二通あるな。ジュノーからはアリシア嬢に関する報せ、もう一つはアルフレッドから……」

 二通の文書に目を通し、ユージーンは思案するように目を細めた。

「ことは、ラーヴェにも及んでいるようだ」
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