35 / 64
そりゃそうなるわ
しおりを挟む薬を盛り、始末する。
王妃からの勅命は、たったそれだけだ。
それは簡単なようでいて、とてつもなく難しい。
だがしかし、それでも王家を支える影の者である男にとっては、もはや慣れた仕事だ。
王妃の為に用意された薬はいつも同じ物で、そして、それは貴族の間でも有名である。
だからこそ誰が何の為にやったのか、すぐに分かる。
それは王家に仇なす者だ、と判断されたのだと知らしめる為だ。
この毒を盛られた家の者は、ただそれだけで大人しくなる。
誰だって国から目を付けられていると分かっているのに、叛逆する為の行動を取ろうなどするはずも無い。
王妃から目を付けられただけの哀れな女性ばかりが標的となっていたのは、王妃の影響力が弱くなる事を避ける為にも、必要な事だと思われる。
逆らえば殺されると分かっていて、王妃を止めようとする者など、この国には居なかった。
最近はめっきりその数が減っていたが、それでもきっと、これも必要な事なのだろうと男は己に言い聞かせた。
そして男は、公爵家の天井裏に忍び込む。
公爵令嬢の私室は既に手に入れた屋敷の見取り図から把握していた。
難無く侵入を果たした男がする行動は、ひとつだけだ。
厨房に入り込み、公爵令嬢専用の食事を把握した後、それに毒を仕込む。
たったそれだけの行動で、沢山の女性達が犠牲となって来た。
何の障害もなく、むしろ拍子抜けしてしまう程の簡単さで作業を終えた男は、恙無く任務が終わった事を確認する為に、その食事がきちんと公爵令嬢に運ばれたのを見届ける。
あとは、公爵令嬢が無事に毒殺出来た事を確認するだけとなった。
天井裏から人知れず、食事を出された公爵令嬢と、付き添いの青年の姿を確認。
銀色のスプーンで掬われたそれを公爵令嬢の口に運ぶ青年の姿を、男は冷静に見詰めた。
しかし。
確認するように一度だけ匂いを嗅いだ公爵令嬢が、次の瞬間飛び上がった。
『フシャアアアア!!』
公爵令嬢の足が当たったのか、テーブルごと用意された食事がひっくり返る。
余りの予想外の出来事に、男の時が止まった。
何せあの毒は無味無臭だ。
一体何が起きたのか、さっぱり分からない。
『あぁ、お気に召さなかったのかな、他の物を用意して貰わなきゃ』
青年が困ったように眉根を寄せるのを見て、そういえば公爵令嬢は猫の演技をしている、のだったかと思い至る。
本当に前世返りしているのかもしれないが、結局は始末しなければならない事には変わりないので、男はどちらでも良いと思っていた。
方法を変えなければ。
冷静に判断した男が天井裏から姿を消したのと、青年が天井を見上げたのはほぼ同時。
青年は誰も居なくなった天井を見上げたまま、小さく口の端を上げ、獰猛な笑みを浮かべたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています
六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。
しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。
「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
【完結】婚約破棄、その後の話を誰も知らない
あめとおと
恋愛
奇跡によって病を癒す存在――聖女。
王国は長年、その力にすべてを委ねてきた。
だがある日、
誰の目にも明らかな「失敗」が起きる。
奇跡は、止まった。
城は動揺し、事実を隠し、
責任を聖女ひとりに押しつけようとする。
民は疑い、祈りは静かに現実へと向かっていった。
一方、かつて「悪役」として追放された令嬢は、
奇跡が失われる“その日”に備え、
治癒に頼らない世界を着々と整えていた。
聖女は象徴となり、城は主導権を失う。
奇跡に縋った者たちは、
何も奪われず、ただ立場を失った。
選ばれなかった者が、世界を救っただけの話。
――これは、
聖女でも、英雄でもない
「悪役令嬢」が勝ち残る物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる