あちらの悪役令嬢は、前世が猫だったようです。

藤 都斗(旧藤原都斗)

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それは反則じゃね?

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 静まり返った室内、公爵令嬢の寝室。
 天蓋付きの大きなベッドですやすやと眠る公爵令嬢の傍らに、黒ずくめの男が立っていた。
 いつの間に現れたのか、音も気配も無く、ふとした瞬間にはそこに居た。 

 まるで幽霊であるかのような存在感の無さは、男が本当に生きた人間なのかすら曖昧にさせた。

 その腕が動く。

 殺意も無ければ、動いている気配も無いそれは、静かに、そしてゆっくりと滑らせるように刃を構えた。
 いつの間にそんな凶器を出したのか、いつから持っていたのかさえも希薄なそれらは、確かな技術の賜物なのかもしれない。

 瞬間、その凶器は公爵令嬢の白く細い首へ振り下ろされた。

 寝室のベッドに赤い華が咲いた​───────かに見えた。

 ぎぃん、という鈍い音が響くと同時に、それまで希薄だった男の気配と表情に、初めて驚きが付与された。
 男が確かに振り下ろした刃は、白く細い筈の首に受け止められた・・・・・・・からである。

 ぱちりと公爵令嬢の瞼が開かれる。
 それに気付いた男は、慌てたように距離を取ろうと踵に力を入れた。
 が、それよりも早く、公爵令嬢の右腕が男の腕を掴んだ。

 余りの力の強さに、男の表情が歪む。

 ふと、にっこりと花が綻ぶように微笑んだ公爵令嬢が、静かに口を開いた。

 「やぁ、お勤めご苦労様」
 「……!?」

 それは、聞き覚えのある男の声・・・だった。

 「こんなに早く引っかかってくれるとはね、そんなに焦っていたのかな?」

 ゆらり、公爵令嬢の姿が歪む。
 羊皮紙のインクが擦れてしまった時のように、令嬢である筈の存在は全く違う人物へと変化した。
 
 流れるような白金色の髪と、一房だけの紫紺色。
 髪と同色の瞳の奥を紫紺色に光らせた青年は、楽しそうに笑った。

 「幻影だと!? お前、一体何者だ……!」

 男の記憶が正しければ、目の前に居るのは公爵令嬢の側仕えの青年だった筈である。
 それが何故、こんな高等魔法を使えるのか。
 
 「…………いや、なんで俺の事知らねぇのよ、調査不足にも程があるよね? もしかしなくても下っ端?」
 「……!?」

 金属が擦れるような音が響き続けている。
 それは、青年が刃物を持った男の手を掴み続けているからだ。
 青年は喉元に刃を向けられたまま、涼しい顔で男を見ている。

 「あー、なるほど、だから生かしておけっつー事ね、めんどくせぇなぁ」

 「くそ、離せ!!」

 掴まれていない方の腕で、刃を突き立てる。
 しかしそれも見えない鎧のような何かに防がれ、ぎぃん、という鈍い音が響いただけで終わる。

 こうなれば、もはや最終手段を取るしかない。
 男は己の腕に刃を向け、歯を食いしばった。

 凄まじい痛みが来る事を覚悟して、己の腕を切り落とそうと力を込め─────それさえも、見えない鎧に防がれた。

 「あんた馬鹿ァ? そんなん許す訳ねぇでしょうよ、つーか逃げられると思ってんのマジで馬鹿過ぎない?」

 「何だと……!?」

 「何って、捕縛する為に色々してるに決まってるじゃん」

 そこで男は自分の体が自由に動かない事に気付く。
 どれだけ力を込めようと一切言うことを聞かない。
 その焦りと恐怖に、男はとうとうパニックを起こした。

 「くそ、くそ、くそぉぉおおおお!!」

 叫ぶ勢いのまま、舌を噛む。
 ぶちぶちと肉が裂ける音が響き、奥歯に仕込んであった致死性の毒が男の身に広がる。

 だが、次の瞬間それらは全て無かったことになった。

 「俺はギンセンカ、次期王国魔術師団長候補、ギンセンカ・リクドウインと言えばさすがに分かるだろう?」

 キラキラと眩く光るのは、王家直属の魔術師でも使えるかどうか怪しい、治癒魔法の輝き。

 「……!!」

 「あぁ、言っとくけど直ぐに治すから意味無いよ、毒もすぐ治せる、たとえどんな毒だろうとね」

 そう言ってにっこりと笑う青年は、男には悪魔そのものに見えたのだった──────
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