あちらの悪役令嬢は、前世が猫だったようです。

藤 都斗(旧藤原都斗)

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そうなったかぁ

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 深呼吸するように、息を吸って、吐く。
 目の前の男性を改めてじっと見詰め、声を上げた。

「公爵様」
「なんだい?」

 口元だけの笑顔が、非常に怖い。
 目が一切笑ってないから本当に怖い。
 だけど気持ちを伝えるのはとても大事な事だから、もう一度だけ目を閉じて、開く。

「私は、知らない男と彼女が結婚する事を許せそうにありません」
「そうだね」

 同意するように頷いたご当主様の目は、やっぱり全然笑ってないし俺に対する殺意しかない。
 それでも必死に食らいつくように、言葉を口にした。

「しかし、だからと言って私が彼女の伴侶になるなど烏滸がましく、そして自分自身も許せません」
「ふむ、何故だか聞いても?」

 ぐっと言葉が詰まってしまった。
 何も言葉が出て来なくて、口を開いたり閉じたりを繰り返してしまう。
 それでも何か答えなければ、と無理矢理思考を捏ねくり回し、ようやく出て来た言葉は、何とも陳腐なセリフだった。

「それは……、分かりません」

 何も分からない。
 何か理由はある筈なんだけど。

 でも何一つ出てこない。

「私は、彼女には相応しくない、それだけは断言できます」

 こんなにも色々と欠如している人間が、彼女に相応しい訳がない。
 人としての当たり前にある筈の、必要な色々が足りてない事は理解している。
 だけど。

「しかし彼女は公爵令嬢です、結婚も婚約も、しない訳にはいきません。
 ですから、彼女が本当に誰かを好きになるまで、防波堤くらいにはなりたいと思ったんです」

 本当は凄く嫌だし、その相手が俺であってくれればどれほどマシだろうとは思う。
 いや陰キャの童貞で愛猫一筋の前世を考えると、それはそれで嬉しいのだが、それでもやっぱり困る訳で。

 けど、それくらいしてあげたいのは、嘘偽りのない本心だ。

「そうかい……」
「はい」

 どこかしら若干含みのある言葉に、キッパリと返事をする。
 ふと、ご当主様は目を細めてにっこりと笑った。

「では、それはそれとして」
「はい?」

 なんか嫌な予感がするんですけど。
 そう考えた次の瞬間、無情にもその予感は的中してしまった。

「一回、本気で戦り合おうか」

 は?

 え、ちょ、待って待って待って。

「…………あの、何故ですか?」
「婚約するにしろしないにしろ、君がクロエを任せて良い人間かどうか、親として知っておくべきだよね?」

 有無を言わさない確認の取り方にしか感じられないのだが、気のせいだろうか。

「本来ならこの家に来た当初に戦りたかったけれど、その時はそれどころではなかったし、今ならちょうどいいよね?」
「……えっと」

 いや、うん、ちょうどいいかな?
 これちょうどいいのかな?

「君は確かに、この世の中で誰よりもマシな男だよ?
 だけどね、親としては、技量や人間性、その他もろもろを見定めてから、娘に近付いて良いかどうか考えたいんだよ」
「分かります」

 むしろ分かりみしかない俺は真顔で頷く事しか出来ない。
 振り子人形くらいには勢い良く頷けてしまいそうだ。

「じゃあ、戦ろうか」
「かしこまりました」

 そしてそのままの勢いで同意してしまったが、もはや胸中には納得しかない。
 しかし、疑問というか、納得出来るけどしたくないというか。

 えっと。

 うん。

 どうしてこうなった。

 
 


 
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