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第22羽 黒翼の巨人
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バス事故から一年が過ぎ、悠はアーチ状の屋根がある商店街を歩いていた。今日はクリスマスということで、天井に設置されたスピーカーから流れる音楽はクリスマス一色だった。毎年流れるお馴染みのクリスマスソングを耳に、悠は目当ての店に入り注文していたクリスマスケーキを受け取ると再び商店街の雑踏へ足を踏み入れた。
暫く歩くと悠は足を止めた。その視線の先には去年、兄と共に入り込んだ狭く薄暗い通路があり、つかの間悠は過去の思い出に引き込まれた。
あのバス事故による運転手や乗客の怪我は自分や琴音、尚美を含め全員軽症で医師の判断では二、三日の入院で問題ないということであった。
そして悠は琴音、尚美と同じ病院に再び入院することになったが、尚美の変化には戸惑いを隠せなかった。一人息子の死に、追い打ちをかけるバス事故のショックでいっきに十歳は老け込んだような顔だった。
それを前に、燻っていた黒い怒りが急激に鳴りを潜めた悠は、遼の死への悼みの言葉をかけると、尚美は疲れきった声で何度も「ありがとう」と繰り返した後、嗚咽した。
その後、憔悴している尚美が庭の散歩や上階のラウンジで窓を開け、庭を眺める度に悠はそれに付き添うようになったので、琴音に「悠、あんた偉いわ」と目を丸くして言われたが、それは兄の襲撃から守る為でもあった。しかし、結局それは起きなかった。
琴音は度々、仕事仲間と共に悠の四人部屋へ顔を出し、同室の患者をも巻き込んで賑やかに騒いだので、すっかり看護士たちから目をつけられてしまった。
でも悠はそれが嬉しかったし、琴音の仕事仲間たちからも気に入られ、冗談で行われたスナック「マルセイユ」への面接試験に琴音やその仲間たちと腹を抱えて笑ったが、やはり兄のことが常に頭から離れることはなかった。
程なく、琴音と尚美は予定通り退院したが、悠だけは治りかけの両足に大きな衝撃を受けていた為、更に数日長く入院した。
そして次の日に退院というところで悠は昼間の臨時ニュースで再び祐樹の姿を見ることになったのだ。臨時ニュースの画面には遠くの空に巨大なカラスの群れが写っており、さながら空に墨汁をまき散らかしたようだった。
その巨大な黒い塊の下から徐々に大小多数の線が地上に伸び、森や煙突のある工場、並んでいる鉄塔などへ伸びていった。そこでどこかの事務所内を映すカメラに切り替わり、次いでそのカメラが左の窓ガラスを映した。そこには煙突を背景に耳をつんざく甲高い声をあげ、数え切れない程のカラスがお互い正面から激突したり、掴み合ったまま地面に落下していく場面が映されており、それに合わせ現場のリポーターらしき男性の音声が画面の字幕と共に英語で流れた。
『この大規模なカラス同士の争いは、ここロサンゼルスだけではありません。全米中、世界中で起こっているのです。それを我々はなす術もなく、ただ見ているだけです。人を襲うカラスの間でいったい何があったのでしょうか? それは神のみぞ知ることなのかもしれません』
そこでスタジオにカメラが戻り、キャスターが「日本でもカラス同士の争いが各地で起こっています」と言うと、全国のテレビ局がとらえたカラスたちの争っている映像が次々と流れた。そして自分の住む地方テレビ局が撮影した映像で悠は身を乗り出しテレビに見入った。
黒い翼の奔流のなか、ほんの数秒だが焦げ茶色の頭部をしたカラスが他の数羽と正面から勢いよく衝突し、錐もみ状に激しく弾き飛ばされる映像が映ったのだ。
“お兄ちゃんだ! お兄ちゃんはムエゼを知っていた。だからあの計画に…”悠は思った。
「凄惨な争いです。勢力をめぐってでしょうか? それともカラス達の間で何か変化があったのでしょうか?」
女性キャスターの声を耳に悠は両手で顔を覆って泣いた。
自分を取り戻した兄に、そして今度こそ本当に死んでしまった兄に。
そこへ何かを呼びかける女性たちの声で、過去の思い出から賑わう商店街の片隅へと悠は戻った。
暫く歩くと悠は足を止めた。その視線の先には去年、兄と共に入り込んだ狭く薄暗い通路があり、つかの間悠は過去の思い出に引き込まれた。
あのバス事故による運転手や乗客の怪我は自分や琴音、尚美を含め全員軽症で医師の判断では二、三日の入院で問題ないということであった。
そして悠は琴音、尚美と同じ病院に再び入院することになったが、尚美の変化には戸惑いを隠せなかった。一人息子の死に、追い打ちをかけるバス事故のショックでいっきに十歳は老け込んだような顔だった。
それを前に、燻っていた黒い怒りが急激に鳴りを潜めた悠は、遼の死への悼みの言葉をかけると、尚美は疲れきった声で何度も「ありがとう」と繰り返した後、嗚咽した。
その後、憔悴している尚美が庭の散歩や上階のラウンジで窓を開け、庭を眺める度に悠はそれに付き添うようになったので、琴音に「悠、あんた偉いわ」と目を丸くして言われたが、それは兄の襲撃から守る為でもあった。しかし、結局それは起きなかった。
琴音は度々、仕事仲間と共に悠の四人部屋へ顔を出し、同室の患者をも巻き込んで賑やかに騒いだので、すっかり看護士たちから目をつけられてしまった。
でも悠はそれが嬉しかったし、琴音の仕事仲間たちからも気に入られ、冗談で行われたスナック「マルセイユ」への面接試験に琴音やその仲間たちと腹を抱えて笑ったが、やはり兄のことが常に頭から離れることはなかった。
程なく、琴音と尚美は予定通り退院したが、悠だけは治りかけの両足に大きな衝撃を受けていた為、更に数日長く入院した。
そして次の日に退院というところで悠は昼間の臨時ニュースで再び祐樹の姿を見ることになったのだ。臨時ニュースの画面には遠くの空に巨大なカラスの群れが写っており、さながら空に墨汁をまき散らかしたようだった。
その巨大な黒い塊の下から徐々に大小多数の線が地上に伸び、森や煙突のある工場、並んでいる鉄塔などへ伸びていった。そこでどこかの事務所内を映すカメラに切り替わり、次いでそのカメラが左の窓ガラスを映した。そこには煙突を背景に耳をつんざく甲高い声をあげ、数え切れない程のカラスがお互い正面から激突したり、掴み合ったまま地面に落下していく場面が映されており、それに合わせ現場のリポーターらしき男性の音声が画面の字幕と共に英語で流れた。
『この大規模なカラス同士の争いは、ここロサンゼルスだけではありません。全米中、世界中で起こっているのです。それを我々はなす術もなく、ただ見ているだけです。人を襲うカラスの間でいったい何があったのでしょうか? それは神のみぞ知ることなのかもしれません』
そこでスタジオにカメラが戻り、キャスターが「日本でもカラス同士の争いが各地で起こっています」と言うと、全国のテレビ局がとらえたカラスたちの争っている映像が次々と流れた。そして自分の住む地方テレビ局が撮影した映像で悠は身を乗り出しテレビに見入った。
黒い翼の奔流のなか、ほんの数秒だが焦げ茶色の頭部をしたカラスが他の数羽と正面から勢いよく衝突し、錐もみ状に激しく弾き飛ばされる映像が映ったのだ。
“お兄ちゃんだ! お兄ちゃんはムエゼを知っていた。だからあの計画に…”悠は思った。
「凄惨な争いです。勢力をめぐってでしょうか? それともカラス達の間で何か変化があったのでしょうか?」
女性キャスターの声を耳に悠は両手で顔を覆って泣いた。
自分を取り戻した兄に、そして今度こそ本当に死んでしまった兄に。
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