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第4羽 精神疲労の果て
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三日前の日曜日、尚美と賢三叔父さんは映画を見に行っており、兄は例のごとく奴隷制度を復活させた遼の命令で映画新作ソフトのレンタルを命じられ、外出していた。
私はといえば兄と共同生活している部屋でヘッドフォンから流れる歌を聴きながら友達から借りたコミック雑誌を読んでいる最中だった。
視界の隅でドアが開くのが見え、兄が帰ってきたのかと思い「おかえり」と言った。
ゆっくりと歩いてくる下半身を見て私は飛び起きた。
兄ではなかった、遼だったのである。
口の端をぎこちなく上げ、目は異様な色を帯びていた。
異変を感じた私は壁まで体を移動させたが遼はゆっくり近づいてくる。
そして声をあげる直前、遼は蛇のように素早く移動してきて私の口を手で塞ぎ、もう一方の手で肩をがっちりと掴んだ。
恐怖と息苦しさとで喘いでいる私に顔を近づけ「おとなしくしろ、家から放り出されたいか?」と遼は激しい息遣いで言ってきた。
遼は私の上着を強引にまくりあげ、胸のほうへ震える手を滑り込ませる。
口はいまだ手で覆われ僅かに息が出来る状態だった。
力を入れた手で胸を揉まれ、私は悲鳴をあげることも出来ず頭の中が痛みでくらくらし眼球が飛び出しそうなる。
ふいに口を塞いだ手がなくなり、覆いかぶさっていた遼の体の重みが消えた。
「この野郎!」
兄の声が耳に響いた、これまで聞いたことのない恐ろしい声だった。
咳き込みながら上半身を起こすと尻餅をついた状態の遼が兄を見上げている。
その顔は“何を怒っているんだ? 冗談だよ、冗談”という、どこか人を小馬鹿にした笑みを浮かべていた。
顔を兄に向けると目を見開いて遼を睨んでいた。
そして顎を引き、その目が眠気に誘われたような目に変化した。
私は目が据わる、というのはこういうことかと頭の片隅でぼんやり考えていた。
と同時に兄が途方も無い、取り返しの付かないことを始めるのではないかという恐怖がこみ上げてきた。
遼も兄の雰囲気に只ならぬものを感じ始めたのか、笑みが徐々に消えていった。
「お兄ちゃん」
私は声をかけた。
だが聞こえてないのか、兄はこちらに見向きもせず遼へ歩き始める。
私は止めなければならないと思い兄の足にすがりついた。
兄は足を止め私に顔を向けた。
途端に魔法が解けたように遼が「このことは黙っていろよ、わかってるだろうな」と怒鳴り、勢い良く立ち上がると部屋から大きな足音をたて出て行った。
兄は下をむいたまま数回荒い深呼吸をし「大丈夫か?」と私に言った。
その瞬間、私の中の奴隷制度による思考停止状態がいっきに崩れた。
どうしようもない、惨めな気持ちがあふれてきた。
そして兄の足元で、あふれる涙を隠すように顔を両手で覆った。
「どこかへ行こうか?」
低い、くたびれた声で兄がそう言った。
「もうここには居たくない。どこか遠くへ行きたい」
涙声を抑えながら兄はやさしく私を抱きしめた。
それからの私たちは一つの方向へ突き進んでいった。
テレビでいつか見たことがある疲労骨折、金属疲労のようなもので、ある箇所に慢性的な負担がかかるとある日ぽっきり折れてしまう、その箇所が私達の場合心だったのだ。
場所は兄が一週間倉庫整理でアルバイトをしたことがあるビルに決まった。
そのビルは管理人を見たことも無く、出入りが簡単なうえ、屋上への鍵はつねにかけられていなかったからだ。
そういえば兄はどこへいるのだろう?
目に入るものといえば純然たる闇、上下左右の感覚もない空間。
これが死後の世界なのならそれでも構わない、ただ一人は嫌だ、一人っきりは絶対に嫌だ。
兄は、お兄ちゃんはいったいどこに……
つづく
私はといえば兄と共同生活している部屋でヘッドフォンから流れる歌を聴きながら友達から借りたコミック雑誌を読んでいる最中だった。
視界の隅でドアが開くのが見え、兄が帰ってきたのかと思い「おかえり」と言った。
ゆっくりと歩いてくる下半身を見て私は飛び起きた。
兄ではなかった、遼だったのである。
口の端をぎこちなく上げ、目は異様な色を帯びていた。
異変を感じた私は壁まで体を移動させたが遼はゆっくり近づいてくる。
そして声をあげる直前、遼は蛇のように素早く移動してきて私の口を手で塞ぎ、もう一方の手で肩をがっちりと掴んだ。
恐怖と息苦しさとで喘いでいる私に顔を近づけ「おとなしくしろ、家から放り出されたいか?」と遼は激しい息遣いで言ってきた。
遼は私の上着を強引にまくりあげ、胸のほうへ震える手を滑り込ませる。
口はいまだ手で覆われ僅かに息が出来る状態だった。
力を入れた手で胸を揉まれ、私は悲鳴をあげることも出来ず頭の中が痛みでくらくらし眼球が飛び出しそうなる。
ふいに口を塞いだ手がなくなり、覆いかぶさっていた遼の体の重みが消えた。
「この野郎!」
兄の声が耳に響いた、これまで聞いたことのない恐ろしい声だった。
咳き込みながら上半身を起こすと尻餅をついた状態の遼が兄を見上げている。
その顔は“何を怒っているんだ? 冗談だよ、冗談”という、どこか人を小馬鹿にした笑みを浮かべていた。
顔を兄に向けると目を見開いて遼を睨んでいた。
そして顎を引き、その目が眠気に誘われたような目に変化した。
私は目が据わる、というのはこういうことかと頭の片隅でぼんやり考えていた。
と同時に兄が途方も無い、取り返しの付かないことを始めるのではないかという恐怖がこみ上げてきた。
遼も兄の雰囲気に只ならぬものを感じ始めたのか、笑みが徐々に消えていった。
「お兄ちゃん」
私は声をかけた。
だが聞こえてないのか、兄はこちらに見向きもせず遼へ歩き始める。
私は止めなければならないと思い兄の足にすがりついた。
兄は足を止め私に顔を向けた。
途端に魔法が解けたように遼が「このことは黙っていろよ、わかってるだろうな」と怒鳴り、勢い良く立ち上がると部屋から大きな足音をたて出て行った。
兄は下をむいたまま数回荒い深呼吸をし「大丈夫か?」と私に言った。
その瞬間、私の中の奴隷制度による思考停止状態がいっきに崩れた。
どうしようもない、惨めな気持ちがあふれてきた。
そして兄の足元で、あふれる涙を隠すように顔を両手で覆った。
「どこかへ行こうか?」
低い、くたびれた声で兄がそう言った。
「もうここには居たくない。どこか遠くへ行きたい」
涙声を抑えながら兄はやさしく私を抱きしめた。
それからの私たちは一つの方向へ突き進んでいった。
テレビでいつか見たことがある疲労骨折、金属疲労のようなもので、ある箇所に慢性的な負担がかかるとある日ぽっきり折れてしまう、その箇所が私達の場合心だったのだ。
場所は兄が一週間倉庫整理でアルバイトをしたことがあるビルに決まった。
そのビルは管理人を見たことも無く、出入りが簡単なうえ、屋上への鍵はつねにかけられていなかったからだ。
そういえば兄はどこへいるのだろう?
目に入るものといえば純然たる闇、上下左右の感覚もない空間。
これが死後の世界なのならそれでも構わない、ただ一人は嫌だ、一人っきりは絶対に嫌だ。
兄は、お兄ちゃんはいったいどこに……
つづく
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