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第6羽 カラス
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飛び下りから一ヶ月と二十八日、悠は退院した。
両手の松葉杖を使いながら迎えに来た琴音の車に乗り込み、琴音の住むマンションへと向かった。
ラジオからはカラスの襲撃による死者が全世界で十万人を超えたと報じているが悠の耳には届いてはいなかった。
兄である祐樹の死を琴音から知らされたのは一週間前だった。
悠をかばうように抱きしめて背中から落下した祐樹は即死だったという。
だが、そのおかげで悠は奇跡的に頭部や内臓の主だった箇所に怪我は無く、助かったのだという医者の言葉も添え
て伝えられたのだ。
「生きなくちゃね」
琴音がさらりと言った、だが重い響きがこもったその言葉が、底なし沼に首まで沈んだ悠が掴んだ細長い木の根っこであった。
琴音の住んでいる3LDKは十階建てマンションの三階にあり、中に入ると悠は自分の部屋に通された。
日当たりのいい六畳のロフトでクローゼットもあり、既にベッドまで置かれていた。結婚して子供が出来たらこの部屋をあてがうつもりだったけど、それはいつになるやら、と琴音はカラカラ笑った。
大した荷物もなかった為あっさりと引越しは終わり、悠はベッドの上に寝転がった。
夕方になり琴音はシチューとパンを用意して出勤したので3LDKには悠だけであった。
退屈なときは退屈で、忙しいときは忙しい病院生活から開放され、安堵の溜息を吐き出した悠だったがふと尚美と
遼の顔が浮かびあがってきた、思い出したくも無いあの連中。兄と私を追い込んだあの連中は今もぬくぬくと暮ら
しているのだろう。
思考停止状態から抜け出た今、自分でも驚くほどドス黒い怒りがこみ上げてきた。
そこへ、もう関係ない、というもう一人の自分の声がした途端、兄の顔が浮かんできた。
今この安住の地へ来れたのも兄のおかげなのだと思うと悔しさと悲しみの底なし沼へまた悠は沈み始めた、悠は目を閉じて歯を食いしばった。
ここで沈んでしまったら二度と這い上がれなくなりそうに思えた。
生きなくちゃね、という根っこを両手でしっかり掴み、腕に力を込めた。
もう兄におんぶで抱っこな生活は戻って来ないのだ。
そのとき、不意に自分の名を兄に呼ばれた気がした悠はベッドの上で体を起こした。
ベッドの枕側には大きなガラスの戸があり、戸の向こうはリビングと繋がっているベランダがある。
その方角から聞こえたような気がした悠は松葉杖で起き上がるとガラス越に外を眺めた。
ベランダから十メートル離れて電線が見え、そこにカラスが一羽止まっていた。
カラスは身動ぎせず、じっとこちらを見ている。
つづく
両手の松葉杖を使いながら迎えに来た琴音の車に乗り込み、琴音の住むマンションへと向かった。
ラジオからはカラスの襲撃による死者が全世界で十万人を超えたと報じているが悠の耳には届いてはいなかった。
兄である祐樹の死を琴音から知らされたのは一週間前だった。
悠をかばうように抱きしめて背中から落下した祐樹は即死だったという。
だが、そのおかげで悠は奇跡的に頭部や内臓の主だった箇所に怪我は無く、助かったのだという医者の言葉も添え
て伝えられたのだ。
「生きなくちゃね」
琴音がさらりと言った、だが重い響きがこもったその言葉が、底なし沼に首まで沈んだ悠が掴んだ細長い木の根っこであった。
琴音の住んでいる3LDKは十階建てマンションの三階にあり、中に入ると悠は自分の部屋に通された。
日当たりのいい六畳のロフトでクローゼットもあり、既にベッドまで置かれていた。結婚して子供が出来たらこの部屋をあてがうつもりだったけど、それはいつになるやら、と琴音はカラカラ笑った。
大した荷物もなかった為あっさりと引越しは終わり、悠はベッドの上に寝転がった。
夕方になり琴音はシチューとパンを用意して出勤したので3LDKには悠だけであった。
退屈なときは退屈で、忙しいときは忙しい病院生活から開放され、安堵の溜息を吐き出した悠だったがふと尚美と
遼の顔が浮かびあがってきた、思い出したくも無いあの連中。兄と私を追い込んだあの連中は今もぬくぬくと暮ら
しているのだろう。
思考停止状態から抜け出た今、自分でも驚くほどドス黒い怒りがこみ上げてきた。
そこへ、もう関係ない、というもう一人の自分の声がした途端、兄の顔が浮かんできた。
今この安住の地へ来れたのも兄のおかげなのだと思うと悔しさと悲しみの底なし沼へまた悠は沈み始めた、悠は目を閉じて歯を食いしばった。
ここで沈んでしまったら二度と這い上がれなくなりそうに思えた。
生きなくちゃね、という根っこを両手でしっかり掴み、腕に力を込めた。
もう兄におんぶで抱っこな生活は戻って来ないのだ。
そのとき、不意に自分の名を兄に呼ばれた気がした悠はベッドの上で体を起こした。
ベッドの枕側には大きなガラスの戸があり、戸の向こうはリビングと繋がっているベランダがある。
その方角から聞こえたような気がした悠は松葉杖で起き上がるとガラス越に外を眺めた。
ベランダから十メートル離れて電線が見え、そこにカラスが一羽止まっていた。
カラスは身動ぎせず、じっとこちらを見ている。
つづく
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