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第2章 異例の異動

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 昨年、ネットニュースで会社を継いだのが宗一郎さんと知って、驚いた。
 家業を継ぐ気はないと、いつも言っていたから。

 彼と出会ったのは大学1年のとき、軽音のサークルで。
 落ち目の会社とはいえ社長令息。しかも、その出自を裏切らない正統派イケメン。

 サークル中の女子全員、彼に憧れていたといっても過言ではない。
 もちろんわたしもそのなかのひとりだった。

 だから宗一郎さんから飲み会の帰りに「付き合ってほしい」と言われたときは思わず「ドッキリじゃないですよね」と念を押したほど。

 
 なんでわたしなんだろうって本気でわからなかった。


 そのころの(いや、今もあんまり変わってないけど)わたしはまったくイケてなかったし。地方出身丸出しで、今どきの女子感なんて、ひとかけらもなかったと思う。

 でも、宗一郎さんは言ってくれた。
「きみの素朴さとよく笑うところに惹かれたんだ」と。


 とても大切にしてくれた。
 誕生日やクリスマスには、わたしにはもったいないほどの高級ブランドのバッグや洋服をプレゼントしてくれたり。

 それに素敵なカフェやレストランにもよく連れていってくれたり。

 友達には「いいな。玉の輿、決定じゃん」とやっかみ半分、よくいじられた。


 でも付き合いが長くなるにつれ、満たされない気持ちが心の底から泡のようにぷくぷくと浮かびはじめた。

 共働き家庭で育ったわたしにとって、パートナーとは〝対等〟であることがあたりまえだった。
 でも彼にとって、自分の彼女は〝庇護〟するものだった。


 着る服も行く店も選ぶのはいつも彼。そこにわたしの意思の入る余地はなかった。
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