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第3章 とまどい? ときめき? ルームシェア

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「だから、きみのための出費は、まあ、保険みたいなものなんだ。だからプレッシャーを感じる必要はまったくないんだよ」

 芹澤さんの表情が期待に輝く。
「だから、もう、やめるなんて言わないよね?」

 でも、わたしは即座に否定した。
「いえ、それとこれとは話が別です。自信がないのは本当のことなので」

 彼はちょっと眉を寄せ、右手で顎をさすった。

「じゃあ、ぼくがどうしてこんなことを計画したのか、もう少し詳しい話をさせてもらえないかな。その上で、断るというのなら仕方がない。きっぱりあきらめるから」

「わかりました。それなら」
「ありがとう」
 そう言って、ほっとした笑顔を浮かべた。

「ぼくはね。会社で必要とされていない人間なんだ」
 そう話を切り出した彼は、自嘲気味に顔を歪めた。

「副社長だなんて持ち上げられているけど、実態はただの祖父と叔父の傀儡でね」
「かいらい?」
「つまり、操り人形ってことだよ」

 一瞬、苦虫を噛み潰したような顔をして、それから残っていたワインを一気に空け、手の甲で口を拭った。

「今のところ、ぼくの会社での役割は、スポークスマンとして世間の注目を集めることと接待だけ。つまり、実力じゃなくて、ぼくの外見だけが重用されてるんだ。いわば、ホストみたいなもんだよ」
 
 ホストって……

「会議で発言したところで、ほとんど取り上げられもしない。もちろん社員たちは『副社長』と言って立ててくれるけど、腹の底ではおもしろくないはずだよ。一族の人間というだけで、こんな若造がふさわしくない地位についていることが」

 言葉の端々にやりきれなさが滲んでいる。

 そうか。
 地位や財産や容姿に恵まれたこの人だからこその苦労というのもあるのか。

 周囲に認められない立場というのは、確かにつらい。
 タレント業を始めてから、誰からも認められてこなかったわたしにも、その気持ち、よくわかる。
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